ACMデビュー
スロットルを押し出すと、F404は素直にアフターバーナーに点火しイーグル2、イーグルの加速する背中に追随する。加速度はF404でも追い付くのが困難なほど、最大パフォーマンスを出してトントンと言ったところだ。
「早いっすね、F404でも追い付くのが大変そうだ」
「マッハ突入まで3秒前だ」
そして息を飲んだ瞬間、イーグルは音速の先に突入した。TA50もソニックムーブを出したままイーグルを追いかけていく。
「マッハ1.2」
イーグルの顔つきは真剣だ。横に隣り合って動画を取っている俺たちは体にかかるGに耐えつつ、なんとかTA50の出せるマッハ1.5まで追いかけようと最高のパフォーマンスを出そうとする。下手に力を入れずに。入れてしまったらサイドスティックは素直にその感情を受けて機首を上げてしまうから。焦るな俺。
「マッハ1.3」
「耳がツーンとします・・・」
イーグルが呑気にそんなことを言いながらアフターバーナーを更に吹かしていく。こちらはもうアフターバーナーを焚かなければ追い付けないというのに超音速機であるイーグルは平然と速度のパワーアップでマッハを超えてしまう。
「1.4、1.5・・・追い付けません」
ピシっと音が鳴ったように感じた時には既に置いていかれ、イーグルのアフターバーナーの気流に揺らされていた。TA50の軽いカーボンファイバー製の胴体は簡単に持っていかれ、不安定な姿勢に陥るが、隊長はカメラを回し続ける。
「よし、撮れた!ホエール、イーグル1はマッハ1.5までの動画撮影に成功」
機体を留めるように飛行させながらも隊長が報告を続ける。対Gの呼吸を続けながらも声を出し続ける隊長の姿に素直に尊敬しながらも、機体のコントロールを気流から奪い返すことに成功する。
「ホエール、ラジャー。イーグル1は2を追尾したまま速度スケールを計ってください」
「ラジャー」
操縦桿を握りしめ、レーダーモードを単機照射にして、モニターを見る。速度スケールがサーチされるたびに早くなっていく。マッハ2.5、ホエールからその速度でホールドする指示が出され、イーグルは息を呑みながらも出力で押し出していく。
「出力重量比が変わっているからもっとスピードが出るかもしれないと危惧していましたけれど速度は止まっていますね」
「あぁ、やっぱり大本はF15という前提があの機械を動かしているみてぇだな」
オカルトと言っても何かの理論は必要らしい。再現の際限はあるようでジェットの吸い込みにイーグルの綺麗なポニーテールが吸い込まれるのは膜によって防がれていて、オマケにジェットの衝撃も膜は吸い込んでしまうらしい。
先ほど隣り合って飛んでいて目にしていたとはいえ俄かにも信じがたいことだった。音速の衝撃を防げる膜など実用化されてしまえば、SSTなどの無茶をしなくても、コンコルドやTu-144のように無理をしなくても楽々と音速の世界を超えることのできる旅客機を安全に作ることができるだろう。それはまさにオーパーツ。そういう言葉が似合う。人類の科学では証明できない事実でイーグルは飛んでいる。この映像を全世界に投稿でもしてもおそらくはCGXやアニメーションなどの合成だと疑われて終わるだけだろう。それなのに実際に触れた俺たちにとっても分からないことだらけなのだ。それが事実であるともわかっているのでどうやって整理をつければいいのかも分からない。
隊長が考え込むように言う。
「他の事例もあったら試験してどう扱うか迷ってるんだろうなぁ」
それは他の事例もあったらという仮定の話。まだどこからも報告されていないその不思議現象は、他でも起きる可能性のある事例だった。
「ですねぇ、量産できれば運用も、とは思いますが」
「ま、土台無理な話だな」
そして、イーグルのような存在が量産されればそれだけを集めて新しい戦術を考えることができる。人型で兵器を積めてRCS(レーダー反射面積)が小さい。その利点はステルス戦闘機に近かった。
けれど、こうやって現れてから4日経ったのにまともにニュースにもならないということは、他の事例は無いのだろう。それかよっぽどの機密にされているのか。
現れる条件というのも未だ絞り切れていない。少なくとも1年前の宇宙ゴミがトリガーになっていることは分かっているが他の事例が存在しないことにより一切証明ができないでいた。
超音速飛行とそのまま上昇飛行の実験を終えたイーグルが舞うように降りてきて、フワッと編隊の先頭に並んだ。
「成層圏まで行ってきました」
「生身で成層圏、ねー」
「どうだった?」
「綺麗でした!」
喜ぶ子供が親に報告するように語るイーグルに愚痴るような口調で唸った隊長はそう語る。
正確には膜が張られた状態で、であるが、それでも生身と言えば生身だ。温度が透き通れば、イーグルのダイバースーツ姿では凍え死ぬような温度だろうに、イーグルはピンピンしている。そのことに隊長は全く納得がいかなかったようだが、俺は深く考えることなくイーグルに人になって、言葉を語れるようになって行った成層圏の感想を聞いてみる。返ってきたのは簡単な言葉だったが、声の奥にはまだ抑えきられない喜びがあるらしく、その感情を聞いて取れる。
イーグルが上昇してから40分、高度4万フィートにホールドして旋回していた編隊に、高度1万6000まで一気に飛び上がったイーグルはエンジンの思うがままに上昇できた。
けれど、気圧は乗り越えられないようで、先ほど音速に突入したときに耳がツーンとしたように、彼女は降下の際に頭が痛むと訴え、ゆっくりと降りてきた。膜は呼吸を止めない。つまり空気とは干渉するのだろう。それでも体表に風圧はかからないようだが。けれどそうやって少しずつでも彼女の謎暴いていくうちにイーグルをどう運用するか隊長の腹の中では決まってきたようであった。
無線に管制の声が鳴り響く。
「イーグル編隊は最後の実験、ACMに移ってください」
「イーグル1ラジャー」
「イーグル2、了解です!」
イーグルが右旋回すると同時に操縦桿を押して左に旋回する。空気の流れる音を聞きながらもようやくTA-50の操作感になれてきたと思う。いくらイーグルが人型だからと言って、旋回半径が縮まるというわけではないだろう。むしろ対Gの訓練をしてもいないイーグルの方がただただ不利なだけだ。
それぞれ反対方向に離れた後、旋回して一気にヘッドオンに入る。交差した瞬間互いにコールする。
「「ファイツオン!」」
今回はパワーで負けている長い時間旋回戦に持ち込むのはこちらが不利。相手が短くターンできるかもしれないという不安もあるし、早いうちに6時を取った方が勝ちだろう。
そう判断するなり、操縦桿を押す。
横に吹っ飛ぶように旋回すると、縦に旋回していたイーグルは頂点からまっすぐ降下してきて背面を取ろうとする。
さぁ、食いつけ。
ここまで美味しいエサはないだろ?そうやって、イーグルから伸びるアフターバーナーの航跡をキャノピーの頂点にあるのを目で追いかけながら、睨む。
イーグルは誘われていることにも気づかず、後ろを取ってきてレーダーのFCS(戦闘用レーダー波)を照射した。ハイパワーモードでサーチするF15のレーダーは高性能だが、そのレーダー波に掴まる前に機首を曲げ、一気に旋回する。追いかけようとサーチを切ったイーグルはドッグファイトに乗ってきた。




