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イグ恋!-愛機のF-15が美人になっていてー  作者: 室内あるみ
第三話「テイクオフ」
30/50

テストドライブ

 長い長い滑走路は何もなくて、視界の半分を陽炎の虚像が揺らめいているように見えるほどだ。だが反対に上側、空は真っ青に澄んでいて、ジェットのドロドロした音、コンプレッサーから空気が供給される音がなければ戦闘機の中にいるとは思えないほど綺麗な光景だった。

「アテネ、マックスパワー、GO」

 機内無線で隊長の声が響く。無線のノイズのピリッと刺激するような雑音が緊張を走りさせ、体の表面に汗が浮かび出てきそうだった。

「ラジャー、TA50テイクオフします」

 操縦桿を押し引きしても動かない。サイドスティック方式だから当たり前と言えば当たり前だ。F15のような操縦桿方式は力を籠めないと操舵できないが、F16(ファイティングファルコン)やかのF22(ラプター)のようなサイドスティック方式は全く力を籠めなくても思った通りに旋回する。これはサイドスティック方式の飛行機が通常の飛行機よりリラックスした姿勢で操縦するという点から導き出された方法だ。俺的にはあまり戦闘機に乗っているという実感が沸かないため好みではないが、TA50は加速度の高いF404エンジンを活かし、一気にトップスピードまで登る。

 サイドスティックを軽くこちらに引き寄せると、機首がふわっと上がり、一気に上昇していく。

 いつ乗っても早い加速だ。慣れない。

 F404を搭載した戦闘機の代表格であるF18ホーネットはその格闘性能、運動性能の良さに、加速度の良さが必ず付け足される。それほどまでにF404エンジンは加速に優れたエンジンなのだ。

 F100やJ79がパワー番長ならば、加速番長。最高速に至るまでの加速は他のエンジンの追随を許さない。

 体が僅かに上を向いた方向、リラックスしたまま、操縦桿を押して逆Gをかけつつ水平飛行に移った。

「飛行ルートは」

「ダンパー26に乗って南の訓練空域に入る」

 ダンパー26って言うと・・・右足に付けた航空図を読み、距離と高度を確かめる。あと5分上がると乗る、民間ラインだ。基本的に訓練飛行として下地島からの直通として使われている。

 水平飛行に移ると、海面がやけに凪いでいるのが分かる。

「今日は釣り日和っすねー」

 機内無線に呑気に呟くと、隊長も一度ため息をついて返答してくる。

「私語を慎めって言いたいが、今日はスクランブルじゃねーしな」

「あ、やっぱ黙っときます?」

 ダンパー26の上に乗るまでに緩やかに右旋回しつつ、モニターのスイッチをおして天候をチェックするが、オールカラーの液晶に白色の雲は全く浮かんでいない。

「いいわ、話題に乗る。俺の息子がな、釣りやってんだが。今日、朝早く出て行ってな」

「釣りは朝早いですよね」

 そうか隊長の息子さんって言うと、今年で大学生か。満喫してんだろうなぁ。

 俺だってF15と出会わなければ普通に大学に通っていたのか、なんだか想像できない。俺は結局こういう仕事の方が向いているんだよなぁ、多分。普通に大学に行って普通に就職して、ってそんな未来を考えられなかった。

「それでな、出かけるのが被ったんだよ」

 その言葉の後についてきたのはため息。何かあったのだろうか。ちょっとした疑問が浮かび、聞いてしまう。

「なんか気まずくなっちゃったり?」

 大学生なんてまだまだ子供みたいなもので、反抗期を拗らせているようなものだろうか。

「そう、なんだよー。俺が転勤多くて、軽く拗ねちまっててな。うまく行ってないっちゃ行ってないんだ」

「まぁ、その内働きだしたら苦労も分かりますって」

 空自のパイロットは一度所属すれば長い間そこで固定されるが、隊長のように部隊を転々とするパイロットも珍しくない。特に隊長職ともなると色々な部隊を見て回って学ばなけらばならないのだ。だから転勤も多いのだろうし、小さいころからいろいろなところを転々とさせられた息子さんにも思うところがあったのだろう。学生とかそこらへん大変だろうし。

「そうなんだけどなぁ、家庭がぎくしゃくするのも考え物だぜ?」

「ですね」

 雑談をしていると空域が近づき始めた。呼吸を整え、スティックを握りしめて確かめるように、ロールで1回転する。

「よし、そろそろ空域だ。那覇管制、これより訓練飛行に入る。最低高度は2000ft、飛行は30分。予定通り開始する」

「じゃあ、ドライブしますよ」

「おう高度だけは切らないようにな」

「ラジャー」

 グッと操縦桿を握りしめ、スロットルを押し込んで加速した。

 機体は素直に一瞬だけ身を上に踊らすと、一気に急降下する。スロットルを引きながら限界速度を超えないようにエアブレーキを展開しつつ緩やかに水平に戻し、ラダーを蹴りだして風に合わせた。

 呼吸が止まりそうになりながらも、血が流れ。Gがかかると目の前が真っ暗になりそうになるがそれも一瞬だけだ、すぐさまクリーンになった視界に入るのは水平線と雲、そして海面。スティックをゆっくりと引いて、立て直す。水平飛行に移りながらもすぐに空域の端に来ているのでインメルマンターン、縦旋回の半分で止まり横に捻る。

「おう、アテネそんなものか?もっと派手に飛ばしてくれていいんだぞ」

「派手にって言われても・・・やりますよやってやる!」

 豪快に笑う隊長の姿にイラっと来た俺は、左スティックを押して加速しつつ、右スティックを引き、ラダーを合わせた。

 空気を突き抜けるように上昇するゴールデンイーグル、鋭く飛びながらスロットルを引くと速度が落ちて、空中に留まるように機首を水平に向けるように止まる。

 バーティカルリバース、速度を空中で0にしてレーダーからも消え去る技だ。そして息を抜くと、一気に揺れる。0GになったTA50は重力と風に揺らされるように木の葉のようにキリキリと舞い落ちる。

「ふうっ」

 腹に力を込めながら揺れるマスクのパイプを視界に入れて、両方のスティックを押す。ドンと音を立ててエンジンがアイドルからフルパワーに叩き込まれると機体はコントロールを取り戻し、加速する。

「バーティカルリバースかよ、いいぞ来い、もっと来い」

「いいんですか?本気で」

 楽しそうに笑う隊長の声が耳に入る。まだまだこれぐらいじゃ何ともないらしい。俺が後席だったら既に結構キそうな操縦を20分みっちりしているのに隊長の声は芯が通ったままだ。年齢と共に体力も落ちるはずなのに全く疲れを感じさせない。呼吸も荒れていない。

 ここまで来たら、本気でドライブしてやる。

「いいぞ、やれ。次の機動飛行で終わりだからな」

「ラジャー、次、カリプソ行きます」

「おしGO」

 操縦桿を握りしめると、曲技飛行の演目にも入れられる機動を取った。

 下地島に夕陽の残光が残る中、2番格納庫で俺と隊長は説教を受けている。

「で、なにか言い訳は」

 俺と隊長は仮眠から開けるなり、整備士たちに囲まれていた。

 TA50まで連れていかれると開口一番、こう怒られた。

「どんな練習飛行をしたら、こんなにチェックが必要なほどに草臥れるんだ!」と。そりゃF15はマッハ2.5まで出す戦闘機、普段それに乗っている感覚でドライブしたわけだから最大速度マッハ1.5のTA50には多少荷が重かっただろうが怒られるほどに荒く操縦はしていない。

「普段が柔いんだろ。309だったらみんなこれぐらいだぞ」

 そうだそうだ、と隊長に同調して頷くと整備士に睨まれる。というかもはやガンを飛ばされていた。完全に怒らしたというか余計な仕事を増やしたというか・・・頭を下げる。確かに最近ドライブされてなかった練習機を飛ばす機動ではありませんでしたごめんなさい。

「そうですよ!コブラさんはともかく、ギブリさんやアテネさんはじゃじゃ馬なんですから、それぐらいでへばるこの航空機が弱っちいんですよ!」

 追いかけてきていたイーグルがTA50を指差し、「気に入らないんですよねこの航空機、同じイーグルだし」とかなんだ言いながらやさぐれた。

「そもそも練習機だからな、こいつ!」

「本当にすみませんでした」

 頭をおとなしく下げる。今回ばかりは俺が悪かった。今後飛ばすかもしれないと思うと限界まで操縦を引き出したくて多少乱暴な操縦をしてしまったかもしれない。

「まぁ、ドライバーが分かればいいんですよ。ギブリさんはともかく」

「ちょっと待て俺がともかくってなんだ!」

 隊長がヘルメットを持ち上げて言い放った整備士に向かって突き出す。

「だってギブリさん、アテネさんを煽ったでしょう?」

「そ、そうだが」

 狼狽える隊長。整備士は詰将棋で最後の一手を指すが如く慎重に言葉を選んでこちらの罪悪感を突き刺す。

「ログ、見れるんですよ飛行開発実験団だと」

「うぐ!」

 隊長はそこまで言われるともう言い返せないようで、項垂れながら、小さく謝った。

 実験の第3段階はもう始まる。

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