イーグルはどうなるのか
午後の実験が始まる。イーグルはラッシュガードを脱ぐと、踵に尾翼、腰にF15MJの本体を模した機械を着て、計測機器を身に纏い稼働させた。
尾翼がパタパタと地面に平行になった後上下に動き、主翼もフラップが展張されて、エルロンが動く。
エンジン音が大きくなる中、風が格納庫に吹き、F100エンジン特有の制動音が鳴り響き、出力が落ちると、整備士たちがわらわらと集まり、再び機械のチェックをした後、整備を進める。
整備の工程はほとんど実機のF15をミニチュアにしたようなもので大まかな手順は変わらず、ネジやナットの規格が小さくて困ったがなんとか代用品として工具をスケールダウンしたものを使って代用することで各部のチェックを行うことができた。
エンジンの燃料はJP4で問題なく、C2から積めることで連続稼働の分を補うことにも成功している。
そしてここまでで分かったことは2つ。
1つ目はイーグルは機械から飛び出す膜で防護されるためマッハ1程度までであれば機動を取ることも可能ということ。だが推奨の戦闘速度は訓練を受けていないイーグルの肉体も見積もって800キロ前後。巡航速度は最大でマッハ2.5まで出していいという実機さながらの数値が出た。これによってイーグルを援護するには同じ速度の航空機を調達した方が良いということになり、これはTA50を単座化などの軽改装で戦闘機とすることになる。燃料は本来の燃料タンクの大きさと現在の大きさがエンジン出力と消費のそれぞれの部門で比例していなかったので、推定されることに、イーグルは燃料が積める量が少ない。つまり行動可能半径は小さく、空中輸送するべきだということを俺が提案した。
2つ目は、イーグルが機械の操作を熟知していたことだ。
イーグル曰く自分の体で、いつも手順を見ていたからすぐに実践できたということだが、隊長はこのことを知ると何か深く考え込むような仕草を見せた。
「でも機械とF15の操作って違うよな」
確かに。どうやって操作しているんだろうか?コントローラーの類を持っているわけでもないし、思考を使って動かしているのだろうが、その仕組みが分からない。
「思考で操作ってのは分かるんですが、もしかしてその仕組みがイーグルの存在の根幹なんじゃないですか?」
だから逆転の発想でこう考えた。イーグルがもしも扱うコントローラーだったら全ての辻褄が合うのではないだろうかと。
「仕組み、コントロールコンピューターがイーグルちゃんということだな」
隊長も頷き、再び思考の海に耽る。その間もイーグルはエンジンを稼働させたり主翼を動かしたりさせて飛行実験に向けたチェックを行っていた。
だがそんな中、俺と隊長はイーグルという存在に関する謎でうんうんと首を上下に振りながら考え込んでいる。
イーグルという存在がF15MJ099号機であるという証拠がいくつも重なっていく中、ただ一つ疑問として残っていることもあった。
それはどういう仕組みで人となったのか。
場合によっては人類の誕生の秘密を握るかもしれない。だって一から肉体を作ったのだから。それ以外にも思考を持ったままある程度成長した肉体を持ったという事実が、彼女の存在が明確になっていく中置いて行かれる。
どうして、何の目的があって。どこでどうやって肉体を得たのか不思議なものでしかないのだ。所謂オカルトで満たされている彼女の誕生の秘密。
それが明確にならない限り、彼女の存在を公表することは不可能だろうというのが技術者と隊長の議論の結果だった。
「099号機は用廃機ってことになるんですかねぇ」
「おそらく、な」
空自にはある程度の予備数が用意されているがそれでも損失というものは責任がでかい。何しろ戦闘機を丸々一つ失っただけでなく、用廃の場合は廃棄のための予算も用意しなければならないのだ。
そこで幕僚が考えた作戦が廃棄予算を、イーグルの運用部隊設立に関する予算の元金とすること。それだけでは足りないので防衛費の内の機密費の僅かを使うがそれでも廃棄予算の使い道も、そして099号機が存在しなくなるという事実の付け合わせもできるということだ。
ただし責任を取るため、誰がどう壊したか、なんて理由も作らないといけないため、その協議が明日の午後那覇基地で取られることになっていた。
「まぁ、一番楽だったのはアテネがベイルアウトしたって言うことにしてイーグルちゃんの存在を隠し通すことだったが、まぁそれも難しいしなぁ」
「まぁ基地に張っている人もいますから、飛んでもいないのにベイルアウトとはどういうことだって言われかねないですからね」
「そこなんだよなぁ」
2人してため息をついた後、たらいの中に入れて冷やしておいた缶コーヒーを2本取り出し、同時にプルタブを捻った。
カシュっと音を立てると、イーグルの実験も一通り終わったようでイーグルがラッシュガードを着てこっちに走ってくる。
腰を下ろすとたらいの中からオレンジジュースの缶を取り出して放り投げる。
缶は放物線を描くとこちらに向かっていたイーグルの両手の中に収まり、彼女の腕に冷たさを伝える。暑い中、急に冷えた缶を触ったせいでやけどのように手をびっくりさせたイーグルは、両手で大きく缶をお手玉にしながら走り込む。
格納庫の奥に入ってきて、パイプ椅子に座りこんだイーグルは汗を垂らして缶のプルタブを触るが、まだ冷たすぎて手を思わず離していた。
「貸してみろ」
「あ、ありがとうございます」
その両手からオレンジジュースを引っ張り上げるとグローブを付けたままの両手で力づくに掴み、左手のグローブの手のひらで抑えながら、右手の人差指で引っ張る。
気持ちの良い音を立てて気泡を出したオレンジジュースが僅かににじみ、それをイーグルは顔を近づけて飲みながら受け取った。
整備士の一人が駆け寄ってきて俺と隊長に耳打ちする。
「今日の夜中に飛行していただきます。飛行前にチェックしてください」
「分かった、アテネ、前は譲るよ。お前アメリカで飛ばしたことあるだろ?」
「了解」
「イーグルさんは整備の調整が終わったらC2の中で休んでください」
「了解でーす!」
時計を見るとまだ3時前、この後TA50のチェックをしても午後4時前。仮眠を十分に取れる。
ジュースを飲んだイーグルは慣れたように整備士の集まっている方へと走っていき最後のチェックに向かった。
「俺たちもいきますか、隊長」
「そうだな、今日はゆっくり後ろで見てられる」
ヘルメットとエアーマスクを繋げて手に抱えた俺は、パイプ椅子から立ち上がり対Gスーツの重みをもったままTA50の置いてある第2格納庫に向かって足を向ける。
隊長もゆっくりと立ち上がりながら歩いてきた。2人そろって歩くとユラユラと未だ天辺の方にある太陽の光で影が作られていく。
陽炎は目の前に立ちふさがり、入道雲が西の空に立ちふさがり、そして僅かに吹く熱風。汗をぽたぽたと垂らしながら、TA50の元まで歩くと梯子を登り、マスクをコンプレッサーにつけ、対Gスーツも接続するとAPUを始動させた。
整備士が目の前に立ちふさがりエンジンスタートの印である、右手を上にあげるジェスチャーをする。
「隊長、エンジンスタートまでするんですか?」
「あぁ、一応テストフライトまでやっておきたい」
そこまで聞いたところで一息つくと、周りを見て確認しておいたTA50の全体像が頭の中で浮かび、エンジンをスタートさせると液晶コクピットであるTA50はメインモニターに灯りを灯し、高バイパス比であるF404ターボファンエンジンが音を立ててタービンを回し始める。
警告音と共に立ち上がっていくTA50のジェットの呼吸に心を震わしながら、サイドステイックを握りしめ、パワーを上げた。
「了解、管制への連絡はお任せします」
「ラジャーだよ」
サイドスティックの操縦稈を握りこむと、大きく息を吐いて、前へと出力で押し出し操縦桿を抑えつつ、滑走路へとランナップしていく。




