昼食はカレー
静かなエンジン音を響かせて、白鯨の愛称がつけられたC2輸送機が滑走路35に進入してきた。
整備士や技術者たちは未だに作業を続けているが食事が楽しみなのかワクワクしているのは丸わかりだし、イーグルに至っては即興の音頭を作って鼻歌代わりに口ずさんでいる。
「それにしても熱いなぁ」
暑いではなく、熱い、なのだ。滑走路のアスファルトが熱を持つと、10メートルもない先の方にゆらゆら揺らめく陽炎が格納庫を覆っている。本当に夏の沖縄、それも緯度が更に南に来たこの下地島は本当に暑い。体を刺すように日光が当たり、肌はすぐに日焼けしそうだ。イーグルも太ももの上から首までを覆うダイバースーツと、踵の辺りのサポーター以外には流石に熱いだろうと買ったサンダルとラッシュガード、そして腰にタオルを巻き全身を防護している。
「ですねぇ、でもようやくご飯ですよ、ご飯!」
俺は楽し気にポニーテールを揺らすイーグルの背中を見ながら対Gスーツの重量と分厚さで大汗をかき、結局第一格納庫の中に戻ったが、イーグルは楽し気に軽い身を躍らし、格納庫の外に出た。
たらいの中に入れておいた氷はほぼ解けていて、中に入れておいたスポーツドリンクやお茶、そしてゼリー飲料は温くなり始めており、今しがたお茶を取り上げた隊長は不味そうな顔をしてお茶を飲んでいる。大方冷たい飲み物が欲しかったのだろうが、あいにく着陸してきたC2から氷を取って入れてくるまではクーラーボックスの中身も空なのだ。
「暑いなぁ、飯食べる気失せそうだ」
「ですよね。昼食はカレーだそうですよ」
「それなら何とか食えそうだな」
隊長が隣のパイプ椅子に腰かけながらぼんやりと喋る。なんだか疲れ切っているようだ。
本当に食欲はないようで、疲れたような様子を隠す様子がない隊長を見るのは珍しい。けれどカレーだと中身を伝えるとなんとか腹には入れるという意思を見せて、隊長は頬を叩き気合を入れた。が同じ対Gスーツを着込んでいる隊長が満足にこの暑さの中動けるわけもなく、パイプ椅子に座ったまま背中を放り出して倒れている。那覇基地では割とよくある光景であり、パイロットが暑さにバテるのは何処の基地でも同じことのようで整備士たちは同情するかのような目で俺たちを見ていた。
C2が着陸した後、バックで格納庫に向かって後部ランプを展開すると、中から食事を入れた台車とクーラーボックス、氷の入って保冷車が降ろされる。氷は各所に置いてあるたらいの中に補充され、クーラーボックスは交換されて、朝に持ってきた分は全部C2に積まれた。食事は各所に配られ始め、カレーの入った紙食器と紙パックのお茶が手渡される。
「アテネさーん、ギブリさん!一緒に食べましょう!」
ふんすと両手を握りこぶしにしたイーグルがカレーを三人前もって歩いてくる。
隊長は無言の視線でこちらを睨み、パイプ椅子をもう一つ持って来いと主張する。ただし無言で。自分で歩いて取りに行けばいいのに、もう暑さに溶けてやる気も出てすらいない。まぁ、朝から技術者たちと討論を続けていたのだし、こうやってイーグルのために働いてくれるのはとてもありがたいことなので、こちらも無言で頷き返しパイプ椅子を取りに格納庫の奥の方に歩いた。
パイプ椅子を持って戻ると隊長とイーグルは先に座って待っていてくれた。パイプ椅子を広げて座ると、カレーの紙食器を手渡され、プラスチックのスプーンを袋から取り出す。
「なんか遠足みたいですね」
そうウキウキしながら語るイーグルに白い眼を向けながら、隊長が突っ込む。
「イーグルちゃん行ったことないだろ」
「知識ならあります!」
そこでフンスと息巻いた彼女の様子を見て隊長が背筋を伸ばし閃いたかのように聞いた。
「その知識ってどうやって集めたんだ?」
確かに。言われてみれば学習するといってもインターネットと繋いでいたわけでもないのにどうやって意識を持ってから学習したのだろう、AIでも他の情報がなきゃ学習できないのに環境もないイーグルはどうやって完全な人の肉体を得ても問題ないぐらいに知識を集積したのだろうか。
カレーを一掬いすると視線をイーグルの方に向ける。咀嚼しながら、俺も気になると無言の視線を向けると彼女は手をツンツンと指先を合わせて恥ずかしがりながらこう言った。
「操縦席に座ったパイロットさんの知識を検索していました。私もよく分かっていないんですけど操縦していたパイロットさんの脳をサブコンピューターのように使っていたみたいです」
「操縦士の脳をサブブレインに・・・つまり自己意識を機械内コンピューターでやって、情報は外部から入れる方式で学習していたわけか」
隊長が考え込むようにスプーンをカレーの中に置く。イーグルは両手をブンブンと振り回して必死に「害を与えたわけじゃないんですよ!」と弁明しているが、隊長は息をついてそれを止めさせた。
「害があったら、とっくに気づいてたって。気づかないぐらいに隠れていたってことだよイーグルちゃん」
「そうだぞ、今更もし害を加えてたって言われても俺はイーグルの味方になるし」
隊長は怒っていないよ、と言いつつ。カレーを掬う手を止めたままだ、まだ何か気になることでもあるのだろうか。便乗しながらも俺は疑問に思い、三角形に座っていた隊長の方を向いて聞いてみる。
「いや、な。初期からある程度意思を持っていたのかどうかが疑問なだけだ」
「初期から?」
「最初にお前が気絶したときがあるだろ?あの時に自己意思を確立したって言うけれど。実際は生産時点で意思が少しでもあったなら他の機体も同様のケースがあり得るなと思っただけだ」
そう言うことか。そもそも全ての飛行機に意思があってイーグルが表面化した氷山の一角だという可能性だ。ただ露見したのがイーグルだけっていうパターンもあり得るし、もしその場合は他の機体も人になってしまうという懸念がある。隊長にとっては不完全というか、まだ暴き切れていない存在が増えることが許せないのだろう。
「それは、ないです」
だがイーグルははっきりと否定した。
表情に迷いは一切無くて、珍しくキリリとした表情を見せている。
「私が意思を持ったのはアテネさんを助けたかったから。その事実は話しておきます」
カレーが気道に入り込みかけ咳き込む。俺を助けたかったからってまた勘違いしそうになること言いやがって。
「あの宇宙ゴミの時に気絶したパイロットを助けようとして意思を持ったってことですよね!」
改めて、俺が訂正するとイーグルは何故か不機嫌になりスプーンを握りしめた。
どうしたんだと思い振り返ると、イーグルは首を横に振り否定する。何もないらしい。何もないことはないだろうに隠すらしい。まぁ本人が言うつもりがないなら聞かないけれど。
「聞いてくれないんだ」小声で何かをいうイーグル。
思わず振り返り、もう一度聞いてしまう。
「何か言ったか?」
「何もないですー」
何だかスッキリしないな。言いたいことがあるならはっきり言ってもらいたいが、もう一度聞いても、恐らく教えてくれないのだろう。一ノ瀬三尉に時間があったら聞いてみよう。
そこで隊長は手を叩き、顔を持ち上げる。何か思いついたらしい。イーグルと2人そろって顔をそちらに向けると隊長は指をピンと立てて、物事を教える教師のように口調を作り、語り始めた。
「そうだ、今のイレギュラーは宇宙ゴミしかないんだよ」
カレーを掬いつつ視線を伺わせる。
「他の例が起きるとすれば、同じ日か宇宙ゴミの迎撃に出た飛行機が怪しいってことですか」
そこまで言ったところでカレーを咥え、咀嚼していく。隊長もようやくカレーに手を付け、食べ始めた。
「あぁ、そうだ。アテネの言う通り。共通項はそれぐらいしか思いつかない」
「じゃあ、イーグル以外の例が出てくる可能性もあるってことですね」
あの星が降った日、宇宙ゴミは各地に飛んでいった。だからその内を探していけば同じような現象に襲われた戦闘機が現れてくるのではないだろうか。
「もしかして、お友達がいるかもしれないってことです?」
呑気な口調でカレーを食べながら話を聞いていたイーグルは首を傾げながらも中々に鋭い質問をしていた。
「そう言うことだ」
満足そうに頷く隊長の様子を見ながらぼんやりと呟く。
「でもそう簡単に同じ存在が見つかりますかねぇ」
「見つかるさ、もう当たりは付けてる」
だが隊長は「そうでもないさ」と前置きした後、こう言った。当たりは付けているとはどういうことだろう他の軍にも戦闘機が人型になったところがあるのなら、イーグルと是非会わせてやりたい。
「ホントですか?!」
「ホントホント。まぁ那覇に帰ったら話せるだろ」
そこまで言ったところで技術者の一人が隊長に耳打ちすると、隊長は「早く食べるぞ」とせかしてきて会話は止まった。




