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イグ恋!-愛機のF-15が美人になっていてー  作者: 室内あるみ
第三話「テイクオフ」
27/50

暑い昼下がり

 ニコニコの笑顔を携えてイーグルは汗をかきつつ走ってくる。汗は大粒でぽたぽたと垂らし、息も上がっていた。

「アテネさん見ました?私、飛べますよ」

 近づいてきてジャンプしたイーグルの体を受け止めつつ、後ろのテーブルに置いてあったペットボトルに手を伸ばして渡す。だがそれを受け入れる前に、頻りにジャンプして喜びを全身で表すイーグルにペットボトルを押し付けて、頭にチョップした。

「おう分かった分かった、とりあえずお茶飲め」

 喜びを自身の長いポニーテールを揺らし続け喜びを表現するイーグルは、ペットボトルを飲みながらも笑顔を浮かべている。

「ぷはー。暑い」

 時間で温くなってしまったペットボトルの中身を全部飲み干したイーグルは空のペットボトルを弄びながらも大きく息を吐く。

 球粒の汗が浮かんではコンクリートに落ちて、顔に浮かんだ汗をタオルを渡して拭かせた。

 下地島は昼を迎え始めているが、技術者や整備士のほぼ全てが自身のノートパソコンや機材に顔を向けて集中している。昼食は基地からC2を飛行させて保冷したパックを持ってきているが、それを待っている間には俺とイーグルは暇を持て余していた。隊長は技術者とデータの方を眺め議論をしている。一ノ瀬三尉は未だ警備の方に身を当てて、ほとんど顔を出していない。

「お前ってさ」

 氷水を入れたたらいの中に入れておいたゼリー飲料を取り出し、嚥下する。ドロドロした口触りを喉に流し込みながら汗を拭うと同じようにゼリー飲料を取り出して両手で小さく持って飲んでいるイーグルにパイプ椅子で並んで座りながら話をすると、楽しそうに聞き返してくる。

「なんですかぁ?」

「飛べるってこと言ってなかったのか?」

 喉に引っかかていた疑問を口に出すと喉の辺りがすっきりして、気持ちがいい。ずっと不思議で仕方がなかった、自分の存在がF15MJの人型であるとは最初から認識していたはず、ならば飛べるかどうかも分かっているハズ。

「話してたんですけど、安全が第一だって」

「あーそういうことか」

 もし飛行に失敗でもしたら大怪我は間違いないし、そもそもジェットで音速の速さを飛ぶのは生身の姿では危険でしか見えないし、飛べる理論も分からない。

 でも、実験さえすれば飛べることは分かりつつある。機械を装着すれば体の周りに膜が展開され全身を覆うこと、その膜はマッハのソニックにも耐えうるレベルの強度を持っていること。翼下に展開されたミサイルは普通に発射回路の電気が走っており、イーグルがマスターアームをオンにして発射すれば撃ち放たれることが分かっている。

 これだけでも恐ろしいことだが、イーグルにとっては悪用するつもりは全くないんだとか。そもそも本来の心がF15MJでしかないので、自己意思が薄いのではないかとは、連れてこられた精神学者の診断である。

 様々な方法でイーグルのことを丸裸にしようとしているこの実験だが、イーグルの負担も少なくない。顔には出さないけれど彼女は疲れていて、お腹も空いているはずだ。何かご褒美とかあった方がいいのだろうか。なんか現金なようなだけれどそれが一番やる気出るよな・・・でも、かといってそれでイーグルが喜ぶかどうかで聞かれたら正直なところ分からないし。

 イーグルの見た目は大学生か新卒程度だけれど思考はちょっと子供っぽい。何が好きなのか、もう少し子供であればスイーツを用意すれば喜ぶだろうが食の好みも把握していない。

 こうやって面倒を見ろとは言われてるけれど、イーグルは俺のことを知っているのに、俺はイーグルのことを全く知らないんだよな。そこまで彼女が経験を積んでいないというのもあるが、好物ぐらいは見つけた方がいいよな。

 そう考えると今後も忙しくなりそうで嬉しいような、なんというか言い表せない気持ち。なんだかスッキリしない心にインクを垂らしたような気分だ。落ちたインクは点々のように広がって落ちて、すっきりしない色の水面に波紋を描く。それで波紋を描いたインクが重なり始め思考は更に深まっていく。

 そこまで考えが落ちたところでギュッと手を握って思考を握りつぶす。俺が変に思考の海に溺れてどうする。大変なのはイーグルなんじゃないのか、そう気づいた時には手の中のゼリー飲料は潰れて中身を吹き飛ばしていた。

「アテネさん?」

 イーグルは隣のパイプ椅子から立ち上がり、顔を下に向け思考の海に溺れていた俺の顔を覗いてくる。

「あーうん、午後の実験は楽そうだから、飯食ったらまた頑張ろうな」

 そうやって誤魔化しながらゴミを手の中で踊らせて、レジ袋に放り投げた。

「はい!」

 イーグルも真似して丸くした袋を放り投げるが見事にゴミ箱代わりのレジ袋から外れて、ゼリー飲料の殻は外に転がり落ちた。

「あー・・・」

 ガーンという音が後ろでなっていそうなぐらいに顎を開けたイーグルは投げた姿勢のまま固まった。

「全くなにやってんだか」

 そう言いながら手を伸ばし、地面に落ちていた殻をゴミ袋に入れるとイーグルの頭をポンポンと触ると、イーグルが触っていた俺の右手を両手で掴んでゴシゴシする。どうしたのかと疑問に思った俺は、顔を横に振り向けるが、彼女はにへらーと笑いながらゴシゴシしていた。

「アテネさーん」

 声が蕩けている。

「どうしたよ」

 手を握られたままにされながら返答すると、やっぱりにへらと笑っているイーグルが、甘えた声を出す。

「あと5分なでなでしてくーださい」

 全く我儘なことを言う。今時触っただけでセクハラなんて言われるのにこの愛機、ボディタッチに抵抗感が無さすぎる。

「もうやってるだろ」

 そう呆れさせながらも腕に力を込めて乱雑にゴシゴシした。イーグルの綺麗に纏められた濡れ羽色のポニーテールが揺れる。イーグルの声は蕩けたままだが、それでも手を握る力は強いまま、こんなこと言ってホントはもっと撫でてほしいってか?勘違いするぞコノヤローと、感情をこめつつ、頭を触る手の力を緩めた。

「あーぐちゃぐちゃにしないでください」

「いいだろ、やれって言ったんだから」

 パイプ椅子に座ろうとするとそれでもまだ撫でられていたいのか隣のパイプ椅子に座りこんでくるイーグル。本当に俺が勘違いしたらお前はどうするつもりなんだよ全く、という説教の言葉は今は仕舞っておく。これが彼女なりに緊張感の解し方なんだろう。そう思うことにして、周りでニヤニヤ見守っている整備士や技術者連中にガンを飛ばすと、彼らはいそいそと自分たちの仕事に戻っていった。

「そーうじゃないんですぅ」

 そうやって野次馬連中を何処かにやった後、イーグルが握っていた俺の手を更にギュッと握りしめる。

「どうしたんだよ」

「私、アテネさんの役に立てるか全く分かんなくて、それに人型になっても309の皆さんのために働けるかも分からなくて、不安だったんです。でもこうやって確かめれば、私はまだイーグルという本質を失っていなくて、まだ皆さんのために働けるって思ったら嬉しくて」

 そこまで手を顔に握りしめ近づけて祈るような形でイーグルは語る。

「だけど嬉しすぎちゃって感情が制御できなくて・・・だからアテネさんに更に塗りつぶして貰おうって思って」

 なんでそこで俺の名前が出てくるかはよく分からないし、彼女の嬉しさがあり過ぎてたまらないというのも滅多に無くてイマイチ共感できないが、まぁ本当に嬉しいことなんだろう、それだけ言葉にしたいと思えるなら。

 それぐらいのことだったらお安い御用だ。俺のナデナデ程度で塗りつぶされる感情の波だったんなら、いくらでも消してやる。それが相棒ってものだろ?

「でも、アテネさんの手が気持ちよくて、ダメになっちゃいそうですぅ」

 いよいよ蕩けすぎたイーグルの声はボヤボヤとしか聞こえない。ただ分かったのは「ダメになる」という言葉だけ、暑さでやられたのかとスポーツドリンクをたらいから取り出し手渡すと、イーグルはごくごくと飲み干していく。

 やけに蝉のうるさい中、食事を載せて追加の機材を持ってきたC2のエンジン音が鳴り響き始めた頃だった。もう予定の三分の一は進んでいて、明日には飛行実験に入れそうな、そんな順調な昼下がり。

 イーグルは蕩けていたが、ようやく顔を引き締めると、滑走路の方を向いて「ご飯だ、ご飯ー」って上機嫌で歌っている。

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