実験開始
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実験当日が訪れた。岐阜の飛実からC2と呼ばれる戦術輸送機に機材を搭載し、人員も運んできた集団は那覇で俺とイーグル、一ノ瀬三尉に隊長の4人と機械を追加で積むと更に南西方向へ下地島飛行場まで飛行する。
下地島、周りに人気のない島で、民間機も含めた訓練用飛行場として人気のスポットであり、長いランウェイと使われていない格納庫があり、戦闘機程度であれば発着可能な規模を持ち機密を守ることも可能。まさに実験にうってつけだった。
下地島飛行場ランウェイ17に着陸したC2が機材を降ろし始めると、やけに静かなのが気になり、隣で作業を見守っていた隊長に耳打ちする。
「なんか今日、民間居ないんですかね?」
本来ならこんなに朝早くても1機ぐらいは訓練でターボプロップの地方線用機が飛んでいそうなものだが、C2がエンジンを止めたら滑走路には静寂が訪れ、長い長いランウェイの向こうには陽炎が見えた。
「今日は貸し切り。報道規制も張って、飛行にも備えてる」
「飛行?!」
誰が飛ばすんですかという言葉は、飲み込んだ。飛実の整備士が開けた格納庫の中には1機の機体が置いてあり、その機体は複座だった。隊長と俺が乗るのだろう。
機体はT50、ゴールデンイーグル。韓国とアメリカの共同開発した高等練習機だ。日本も次期練習機の候補として入れていたとは聞いていたが下地島まで持ってきていたとは。しかし、F404ターボファンエンジンはあのF18ホーネットと同じ設計のエンジンだ。半分の出力とはいえ1基でも軽戦闘機程度の能力はあるのだろう。事実中小国は軽戦闘機TA/FA50として導入している。
そんな機体を用意して何をするのかと思ったが、この実験は公式でありながら秘密にしなければならない秘密作戦。おまけに下地島は中国が主張するラインとの目と鼻の先ともいうべき最前線。そして自衛隊は通常の動きをすべて報告しなければならない。これだけの条件を付けたうえで独自の護衛をつけないというプランを思いつかない人間は居ない。だからあのゴールデンイーグルにはAIM9X、短距離AAMにハイドラロケットが搭載されているのだ。おまけにC2の中に居た人間のほとんどが武装し空港周りを警備している。イーグルに関する情報をなんとしてでも漏らしたくないという防衛省の意地を感じた。
「イーグルさんの準備できました!実験第一段階開始します。格納庫1番に集まってください!」
技本の整備士がこちらに向かって大きく手を振っているのを見た隊長に肩を叩かれる。そろそろ行こうということなのだろう。あのイーグルのことだ、朝こそ威勢はよかったが今は尻尾を股の間に挟んだ犬が如く委縮しているのではないだろうか。一ノ瀬三尉は警備の方に行ったし、今は見知らぬ人たちの中に一人のハズだ。
本来なら俺が付いておくべきだったのだろうが、隊長がこうしてゴールデンイーグルの方に連れてきたせいで離れざるを得なかった。それにしてもT50か、アメリカでの飛行訓練以来か。もう2,3年経つことになる、操縦方法は簡単な練習機だ、あとは感覚を掴めるかどうか。
格納庫から背を向けるとすぐさま飛実のメンバーは格納庫を閉める。早歩きで隊長の後ろを追いかけると、奥の格納庫からイーグルが呼びかけてきた。
「アテネさーん!」
「今行く!」
手を振り返すと、走るスピードを速めて隊長を追い越す。
わざわざ着こまされた対Gスーツが重く、踊るように揺れるが、押さえつけつつ、イーグルの元に向かった。
イーグルはダイバースーツのような服に腰の部分と踵にアダプターのようなベルトを巻いており、その肌の周りには計測機器なのであろう線を引っ付けて座っていた。見た目はさながらフランケンシュタイン。
計測機器から伸びる紐が技本のスタッフの持つノートパソコンの根元に付けられたミキサーに接続され、更に電源が格納庫の外にある電源と繋がれている。
格納庫は密閉され島の蝉がうるさく鳴く中、蒸し暑さと汗が体の奥底から湧き上がってきた。
フライトスーツの襟元を緩めると、技本のスタッフである白衣を着た男が実験の段階についての説明を始めるところだった。
「実験は3段階あります。まずは機械の稼働実験。次に機械の性質実験、そして順調に進めばTA50の援護及びC2の管制による飛行実験の3フェイズからなっています、機械は外部パソコンの接続を受け入れる形になっていまして、これが奇妙なことにメーカーで行われていたシステム調整用のアダプターを噛ませることによりシステムアップまで干渉できました、おそらくイーグルさんの装着していたアダプターを接続し起動することにより操作も可能だと思われます」
機械を模した絵がホワイトボードに描かれPCの絵とコードの絵で接続されている。更にそこへイーグルの腰についているアダプターを接続すると指揮棒で指示された後、隊長が手を挙げた。
「309飛行隊の宇月一佐だ、一つ質問がある」
「なんでしょう?」
立ち上がるなり、周りを見回すように見た隊長は一つ呼吸をして自分を落ち着かせるようにした後、提案を出した。
「イーグルちゃんが必要になるまではどれくらいだ?時間が欲しい」
隣で座っていたイーグルと顔を見合わせて少しだけ微笑みあう。隊長、割と過保護だ。イーグルのことを心配して休憩時間を取らせようとしてる。イーグルも分かったのかこちらの耳に口を寄せて、小声で「優しい人ですね」なんて言うほどに。ちょっと心配のし過ぎかもしれないが今回の実験先走って大失敗するより少しずつでも成功していく方がいいのだ。それこそ予定日は2日取ってあるし、1フェーズが半日で済めばいい、ぐらいのタイムスケジュールを組んでいる。だから当然休む時間も多くあるのだ。だのに隊長はイーグルのことを第一に考えている。他人事だけど何だか嬉しいような気分になるぐらいの過保護っぷりだ。
「そうですね、あと10分ほどこちら側のセットアップに必要なので5分で用意お願いしたいです」
「それだけありゃ十分だ。わりぃな話を割っちまって」
一礼すると、周りに頭を軽く下げるようにした隊長は、自分の席に座った。なんだか周りの空気まで和んでしまって、隊長はそんな空気にしたのを居心地悪そうにしている。悪いことじゃないけれど、ピリピリしていたメンバーに笑われるぐらいには空気を緩めた隊長には感謝しかない。
「かまいません。以上で質問はありませんね?099号機人型変化現象のカギを掴む実験です。今日の実験何事もなく終わるようにしましょう」
研究員の言葉で全員が立ち上がり、席を離れ自分の仕事に戻っていく。
そんな中、イーグルが振り返って、立ち上がっていた俺の体に抱き着いてくる。
一体どうしたんだと思ったが、やっぱり彼女もこの実験は不安なんだろう。そんな気持ちを受け入れられるのは相棒の俺だけだ。抱きしめるとイーグルの背中が跳ね上がるように踊るが、すぐに抱きしめる両手の力が強くなり、抱きしめ返される。
「落ち着いたか?」
「はい、いきなりすみません」
「いいよ、これくらい。相棒だろ?」
「そうですね・・・よし!頑張ります」
両手で握りこぶしを作ってそう言い放ったイーグルは体中には張られた計測機器のシールと押さえつけるように確かめた。
「その調子」そうやって励ました俺は、隊長の隣のパイプ椅子に座り、イーグルの実験を見守りながら扇風機の風を受けることにする。




