プロローグ2
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099号機には命が宿っている。
誰が言ったことだろうか、もう定かではない。だが那覇基地では常々に囁かれる噂であった。那覇基地に所属していた機体が謎の飛翔体を迎撃した際、パイロットが帰投時一時的に気を失ったものの「何故か」那覇基地まで何もない空を独りでに飛んで見せたのだ。
それ以来、那覇基地では密かに099号機に命が宿っていると冗談めかして言ったものだ。
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目の前には少女、いやある程度成熟した女性が倒れている、否眠っている。実に気持ちよさそうに眠っている。那覇の差し込む太陽の光で暖められたハンガーには海風が吹き、気持ちがいい。けれども、こうもぐっすり眠れるものなのだろうか、俺は訝しみながら近づいた。
本来ならスクランブルがかかった時点で集まってくる整備士たちが誰一人走ってこないのも不思議だ。
「んんっ」
女性が身を捩る。起きたのか?
「ぐーすぴー」
いや寝てる。
服装は水着のような、密着した肌色成分多めなダイバースーツで、腰からはベルトのようになったアダプターが伸びていた。
更には、ハンガーの置く側に伸びるように置いてあるハズのF15の後部胴体の場所に変わった台車とノズルのついた機械も置いてある。
一体なにがどうしたら、F15が美人になって、本体が機械になるんだ?
俺は驚愕と事実を感じながらも現状を理解した。
「あのー起きてー」
一言。
「すみませーん?」
二言。
「生きて・・・ますよね?マジで大丈夫?」
三言目。
俺が声をかけると女性は体を捩らせながら唸り声を上げ始めた。
「うーん、アテネさん。点検って言ってIFF擦ったらだーめーでーす。変な気持ちになっちゃう」
寝言だろうか。実に不思議だ。何故俺のTACネームを知っているのか。なんで俺が飛行前に念入りにIFFアンテナのブレードを触るのか知っているのだろうか。不思議だ、怪しすぎる。一体この女性は何者で俺の099号機はどこへ行ってしまったのだろう。
寝返りを打ちながら寝言を呟いた女性の口元を見ると、やけにプルついている。化粧はしっかりしているみたいだ。
って一体何を考えてるんだ、俺は!
「あーもう余計なこと考えさすなよ!」
「ふぇ?」
思わず大声で叫ぶと女性が身を打たれたように飛び起きた。俺の足元でお姉さん座りをして目を擦る女性はやけに色っぽい。
「あれ・・・アテネさんが私よりも大きい」
やはり俺のことを知っているらしい。というかさん付けということは少なくとも工作員やスパイの線は消えた。
「君は誰だ?ここにイーグルっていう戦闘機が置いてあるハズなんだが」
そう問いてみると女性は首を傾げ、そしてアッという声を上げ、周りを振り返る。
「私、F15MJの099号機ですけど・・・私人間になってる?」
「何処からどう見ても君は人間にしか見えないが」
突然、ここに置いてあった俺の愛機のナンバーを語った女性が手をにぎにぎとさせた。
誰なんだ一体?というかイーグルはどこに行った?アラートハンガーから戦闘機が盗まれるなんて言うことそうそうあるか?
「えへへーこれでアテネさんに一方的に触られるんじゃなくて触れられるー」
「君はさっきから何を言っているんだ!」
「え?アテネさんでしょ?」
「あぁ」
「いつもIFFブレードを触られる099号機ですよ?」
いつも、IFFブレードを、触れられる、099号機?この女性が?映画か小説の読み過ぎだろう、そんなことあるはずがない。俺が099号機の改修されたブレードを触ることを何故知っている?というか後ろの機械はなんだ?
気でもおかしくなったような発言の数々に頭を痛めつつ、こめかみに指を押し当てながら言葉を選ぶ。
「あぁー君がそのーイーグルの099号機だとしよう。本体何処に行った?俺スタンバイ掛かってるんだけど」
「スタンバイ?あ、そうか誘導路にホールドできませんものね」
何故那覇基地で滑走路前にホールドしないことを知っている?なんで誘導路に出ることがスクランブルへのもう一段階であることを理解している?
俄かに彼女の発言が現実味を帯びてきた。
「君が099号機だとしよう、何故人型に?」
「分かりません!」
元気のいい返事が返ってくる。本当に何も知らないのか?本当は事実を知っていて揶揄ってるのか?どっちでもいいがとりあえずこの事態をどうすればいい?
「ちょっと待ってくれ、君と後ろの機械の処遇を検討する。5分待ってくれ」
とりあえず社会人の基本のホウレンソウだろ。
そう呟きながら、基地の内線に電話を入れ、警備部と整備士たちを呼び寄せた。