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イグ恋!-愛機のF-15が美人になっていてー  作者: 室内あるみ
第一話「私の名前はイーグル」
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この感情は寂しさ

 その言葉を聞いた瞬間、私は何も考えず走り出していた。何も、何もかも考えていなくて、考えられなかったのだ。とんでもない女だ、何も言わずに走り出して、どこかに逃げたのだから。

 私に土地勘というものはない。そもそもこれまでは基地の中を格納庫からアラートハンガーまで牽引されたり、時折別の基地に用務飛行で飛行するだけで後はほとんど空、しかも一面に広がる太平洋と東シナ海上空。海の上に標識なんてものは存在しなくて自分の位置は、レーダーサイトに監視してもらうか、INS、慣性航法装置の計算だよりだ。

 よって、このモール施設も名前を聞いただけで実際に来たことはなくて、走っていってもどこにたどり着くか分からなかった。それでも、その場には居られなくて、ただただ走っていく。逃げるように、いや逃げるために。私がなんのために人の形を得たかなんて知らない、けれど、おそらく良かれと思ってやったのに、蓋を開けてみれば迷惑だった、その事実だけで私は十分に辛かった。何も考えないまま、ただ上に進んでいく。下に行けば人混みに飲まれそうで、そして追いかけてきた2人と顔を合わせそうで。

 嫌だった。嫌われるのは。あの2人が今の私にとっての唯一の仲間と言って語弊はないのだ。そんな2人に否定されるのだけは絶対に嫌だった。否定されたくない。だから、そもそも逃げてしまえば否定をされないのだ、肯定もされないけれど。

 そんな間違いだらけの思考回路で逃げることを選んでしまった。逃げてしまった。

 いつの間にか階段は全部上り終えていて、屋上の看板が目の前にあった。その方向に歩いていくと、聞きなれたジェット音、高バイパス比のターボファンエンジンである民間機のエンジン音が耳に入ってきた。音はそのまま上を横切って、ドロドロとした音は消え去っていく。おもわずそれを追いかけ屋上駐車場の扉から駆け出し、外に出ていく。冷房で冷やされた体が、外の暖気で産毛立つ。

 もう、ジェットの音は遠くへ過ぎ去っていた。残るのは夕日に照らされた飛行機雲の水蒸気だけ。他に何も残らなかった。

 目を思わず細めてしまう。それほどまでに夕日は眩しかったが、時間がたつにつれ目が慣れてきて、そして日が落ちてきて、海面に浮かぶ夕日が綺麗で思わず涙が出てきた。

 いつも見ているはずなのに、何故か涙というレンズ越しに見る夕日の光は心に突き刺さる。

 逃げるなんて2人とってはこっちの方がよっぽど迷惑だったんだろうなって、ようやく自覚したときには涙があふれ始めてきていて、人間になったのは今日だからどうやってやれば収まるのかも分からなくて、ただ溢れるのを感じているだけだった。

 この感情は何だろう。

 イーグルと呼んでもらった時は、嬉しかった。

 迷惑だと思われたときは、悲しかった。

 じゃあ今は?

 人として未熟な私にはこの感情が何か断定できるだけ経験がない。きっといつかこの感情が分かるときは来るのだろうか、それとも分からないまま飛行機に戻ってしまうのか。

 何だかそれだけは嫌だった。それは今の感情を増幅させたような思い。

 日が完全に落ち、残光と駐車場の照明が涙を照らす。あふれるような勢いだったのが収まってきて、自身を嫌悪するような感情が出てきた。

 私は一体何がしたい?

 謝りたい。

 何ができる?

 何もできない。

 じゃあ、諦めるの?

 それは違う。

 感情の激流で涙のレンズが分厚くなったような気がする。視界が揺れ、照明の光が万華鏡のように見える。そうして黄昏ていると、誰かが後ろにやってきた。

 もう、どうにでもなれ。

「イーグル!」

 懐かしい声が耳に入ってきた。涙が自然に収まった。そうだ、この感情は、寂しさだ。

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