私、迷惑でしたか?
お茶が喉を通ると、熱さを扁桃腺あたりがじんわりと温まっていくことで感じていく。
一度息をつくと、それまで濁っていた視界が一気にクリアになっていくような感覚がして、思考回路もショート寸前で熱々だったのが落ち着いて冷静になった。
「まぁ、まだ決めなくていいだろ?」
「そうですね、今日一杯は」
「あ、でも!私はイーグルって名前いいと思いますよ」
対面に座りため息が伝播した一ノ瀬三尉と顔を合わせると睨まれた。
取り繕うようにフォローしてくれた099号機の言葉を耳に入れつつ、一ノ瀬三尉の次の言葉を待つと意外な返事が返ってきた。
「まぁ試しにそうやって呼んでみるというのは当然ありです」
「じゃ、じゃあ!」
嬉しそうな顔を099号機が覗かせると、一ノ瀬三尉は一呼吸を置いて湯呑を持つ。そして俺をもう一度睨み。黙って圧力をかけてきた。
再び顔を俯かせると深呼吸をして呟く。
「よろしくな、イーグル」
「よろしくお願いします、イーグルさん」
「はい!」
飼い主が遊んでくれた子犬が如く尻尾が振り回されていそうな幻覚を見ながら、会計を済ませようと財布を取り出し、伝票に目を通す。
その後も嬉しそうにしゃべる099号機、改めイーグルと一ノ瀬三尉の女子トークに耳を傾けつつ、小銭入れを揺らす、端額がちょうど出てきてラッキーと思い現金で払うことを決意。
少し財布が軽くなるが、服は基地が出してくれるわけだし、当分の買い物の予定もない、まぁいいやと思いつつ席を立つ。
「アテネさん、アテネさん、なんで私をイーグルって呼ぶのが抵抗感あるんですか?」
それは純粋な目だった。子供が疑問を持つように人間としての経験が少ないイーグルにとっては遠慮という言葉はない、それができれば大人だからだ。
「何にもないさ、俺の個人的な思いだ」
「私も気になります」
モールの通路を歩きつつ、誤魔化すように手を振ると一ノ瀬三尉までもが傍にやってきてそう言った。
「俺が目指していたのはイーグルドライバーだ、イーグルが人間になってその面倒を見るなんて思ってもいなかったんだ」
「イーグルドライバー・・・」
「パイロットって面倒な生き物ですね」
一ノ瀬三尉が毒を吐くようにそう言い張った。確かにそうだ。面倒な考えをして、面倒な価値観で生きている変な奴らでしかないのだろう。でも、同じパイロットなら誰でも共感してくれるはずだ。それまでの長年の夢を叶え、全男子の夢の的である仕事に就いたのに、蓋を開けてみれば乗る戦闘機は人になって、パイロットも辞めさせられるかもしれない。そんな状況で冷静に居られる人間など居ない。
しかしてそんな気持ちも他人からしてみれば子守から逃げるための言い訳でしかなく、共感も中々得られるわけがなかった。
「まぁ、でも俺の思いとイーグルの存在は関係ない。飛行機に戻るにしろ、このまま人間として生きていくとしても、面倒を見る。何度も命を救ったのがお前の意思だったのだからその恩を返すだけだ」
この言葉は真実だ。決して今まで嘘をつき続けていたというわけではないが、本当の気持ちだ。
防衛部長の語った通り、俺は星が降ってきた日に気を失ったにもかかわらず墜落することなく那覇の空まで帰ってくることができたのだから。他にもC整備直前でタイヤバーストをして死にかけたことだってある。でもそういう時099号機に乗っていた俺はこうして生きている、そこにここにいるイーグルの意思があったことが認められている以上、意気地になる必要もないのだ。
「本当にオカルトでしかないですが、まぁ当人たちがそう認識しているなら特に私が口をはさむ余地はないですね」
一ノ瀬三尉が効いてきた冷房に震えるように薄手のカーディガンを羽織りながらそう言う。
「アテネさん、私、ご迷惑でしたか?」
俯いたイーグルが歩いていた俺の背中を掴むようにしてそう語る、その言葉は弱弱しかったけれど自身の意見を吐き出したばかりの俺は認識していなかったようで、少しだけ嫌味ったらしく、こう言ってしまった。
「まぁ、正直びっくりしたよ・・・な?」
「イーグルさん!」
俺の言葉に跳ね返ったようにイーグルの小麦色のカーディガンが揺れ、背中にかかっていた引っ張る力が抜けていく。
振り返ると、イーグルは顔を抑えながら走っていく。
俺と一ノ瀬三尉は取り残されたまま、それを追いかけるのを一瞬躊躇い、気づいた時には人波に彼女は消えていた。




