プロローグ1
歌が聞こえる。ジェットの旋律に乗せ、口ずさむような歌声で。意識が遠くなる。
呼吸は早くなり、体の感覚がなくなった。
もう、動けない。
▽
みーんみーんと蝉が遠くで鳴き、熱風が扉の隙間を縫いかい冷房と混ざり合う。
コンクリートで作られた土地ならではの建物様式である部屋の中で天井を見上げる様に座っていた男は徐に立ち上がり、風の入る入り口から自販機の置いてある奥の方に向かって歩いた。
「んだらばったすーいすーいと」
機嫌よく鼻歌を歌う男は自販機の中に硬貨を数枚ちゃりちゃりと放り込んで、電気が点灯するのを待つ。
男は緑色のつなぎのような服を身に纏い、冷たいコーヒー缶を取り出すと思い切りよくその場にジャンプしプルタブを捻った。
カシュっ・・・
そう音を立てながら中身を僅かに零した缶は、男に冷たい感触を提供しながらくしゃりと潰された。
そして、そこで男は気づく。
「いっけね、防衛部長からアルミ缶は回収するから潰すなって言われてたの忘れてた」
ガーンと落ち込む男、不器用に潰した缶をゴミ箱に投げ入れながら再び足をガラスで出来た入口のドアに向け、背中を柱に押し当て座り込み、暑さと冷房の涼しさを半分に割って楽しむ行動に戻った。
「馬鹿か」
一連の流れを見ていた人間はジュースのプルタブを捻り、首に手をあてそう呟いた。
「馬鹿って言い方はないだろ」
扉に右手を当てながら柱に体を押し当て冷たいなどとボヤボヤ言っているその様は阿保丸出しではあるが、男はもう一人のつなぎを着た男の発言が気に入らないようである。
行動で表せという説教があるが彼にはまさにその言葉が合うだろう。
一体何をしたいのか傍目から見ても分からない行動をした男は、ジュースを握った男に微睡んだ瞳でにらみ続ける。どうも日光の温かさに気が抜けているようであることはもう一人の男にとって理解に難くない。
「暑さで脳みそ溶けたか?」
「かもしれん、至急冷やしてくれ、オーバー」
「CQ、アテネは暑さにやられた模様、自業自得のため放置を進言する、オーバー」
「あー、こちらアテネ、コブラへ撤退は許可できない。繰り返す撤退は許可できない。アテネを回収しアラートパッド中、最も涼しいところに急派移送せよ、終わり」
ふざけあう2人のつなぎ姿の男たちが示し合わせたように笑い声を上げる。
アテネ、と呼ばれた暑さに溶けた男が転がり落ちるようにアラートパッドと呼ばれる建物の空調が吹きすさぶ場所へ体を動かしていく。
コブラと呼ばれた男は未だ面白そうに腹を捩らせながら、アテネの寝ころんだままの腹に軽いキックを入れ追い返していた。
そんな中、空気に僅かな振動が入りそこそこな音量でベルが鳴り響く。
ジリリリリっ
2人の男の間で緊張が走り、アテネは立ち上がり、コブラは備え付けの内線に駆け寄った。
「こちら第9航空団!」
「スタンバイ、EEZ上空を高速で飛行中の中国機と思しきシンボルが消えた。アラート機はスタンバイに入れ!」
「スタンバイ!」
コブラがそう叫ぶと2人はアラートパッドにある2方面の扉に分かれるように飛び出す。
2人の男は、それぞれの乗機が用意されているアラートハンガーに走ったのだ。
2人はパイロット。
それも超音速で飛行するF15のパイロット、通称イーグルドライバーなのだ。
アテネは走る。ゴミ箱を蹴飛ばすように踏み散らかすとそのまま壁のようなクッションの入れられたドアに体でタックルを決め込み、自身を待ち受けるF15の片翼に目を向けて異常に気付く。
あるはずのイーグルがない!走った先、コクピットへの梯子がかけられているハズの場所には敷き布団のように敷かれた何かに寝ころぶ少女が居た。