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トラジックマジック  作者: 秋内宏騎
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もう一つの記憶

「元帥、あなたに大逆の疑いがあります」


はじめ彼は何を言われたのかわからなかった。

「何のことだ?」

「元帥閣下に謀反の疑いがございます。恐れながら連行させていただきます」

「謀反だと! この私が謀反を疑われているのか? 陛下は? 陛下はなんとおおせになっておられるのだ」

「陛下は“白日であるならば日は天に昇りその姿を見せるものである”と」

「…つまり陛下は私に捕まれと、そうおっしゃりたいのだな」

「……」

無言のイエス。それが連行官の答であった。

彼の中で忠義という言葉が揺らいでいた。

もはや私への信頼など、とうに失せてしまったのだろう。

彼は主の心の離れを理解するとともに、もう主への忠誠を誓えなくなっていた。

しかし、この連行官たちに付いて行けば、己がどのような目に遭うか容易に想像がつく。

自白の強要。

そのための拷問。

おそらく拷問は謀反の意思を認めぬ限り終わることはないだろう。

そして認めようが認めまいが確実に彼には死が待っていた。

「私は……私はどうしたらいいのだ…」

都督大元帥と呼ばれ、敵国であるキンの軍を幾多も破り、国のために戦い続けた彼にとってこれほどまでに悩ましい事態は訪れたことは無かった。

敵国の侵略をうけ、己の命を投げうってでも戦い、いつしか一軍の将となり希代の英雄として名をはせ、奪われた首都をついに奪還する目前まで来ていた矢先。

「もう私は不要だというのか。陛下にお目通りを願う。申し開きをさせよ!」

「なりませぬ。宰相どの自らが閣下を取り調べるとのこと。陛下へのお目通りは叶いませぬ」

「あの宰相が疑いをかけ、奴自身が調べて何になるか! 奴にとって都合のよい結果になるだけではないか!」

「閣下、勅命ですぞ! 陛下は宰相どのにこの件を委任なさいました。もはや宰相どのが取り調べることは陛下がお取り調べになることと同義にございます」

彼は認めたくなかった。

拳を振り上げ、力の限りその拳振り降ろして自らの潔白を述べるのだった。

「私は謀反など起こさん。天に誓って言おう。天は全てを知っている。私が無実であることもやつのでっち上げであることも!」

だが叫びむなしく彼は連行官に連れられ、そして拷問を受けることになる。

爪を剥がされ、指を切られ、片目を潰され、熱湯かけられ、様々な拷問を受けた。

だが彼は一向に認めることはなかった。


「天は全て知っている」


それだけを彼は言い続け、そして獄中の中で息をひきとった。


ちょうどその瞬間、フェイウェイの目が覚めた。

呼吸があらく、動悸があった。今見た夢を思い返すと思わず息がつまりそうになった。

起き上がると汗が額から滴り落ち、掛け布を濡らす。

辺りを見渡すと枕元を中心に寝具が濡れていた。

「……夢か」

フェイウェイは外套を羽織り、船室を後にした。

夜も深いこの時間、船のデッキには誰もいなかった。

フェイウェイは大きく手を拡げ、潮風を身にまとい、まるでそれは何かを洗い流すかのように風に身を預けた。

近頃は見なくなっていた夢。

まだ、名前をユエフェイと名乗っていた頃の夢。

そして、消し去りたい過去の夢。

だがフェイウェイはここにいた。

「何故俺はここでいきているのだろうか?」


ユエフェイとして彼は確かに死んだ。

フェイウェイは自分が息をひきとった瞬間までの記憶を持っていた。

だが、フェイウェイの体には拷問の傷跡すらなかった。


そして、全く見知らぬ国にいたのだ。

最後の記憶は自国の獄中であるというのに。

彼は自分がいる場所が見知らぬ国であると気づくのに少し時間がかかった。

ひとまず自分がユエフェイという名であることを隠し、別の名を名乗ることにした。

何故なら、自分は先ほどまで獄中にいて、そして無実を証明したわけでもなく獄中の外にいたのだ。つまりフェイウェイは何らかの方法で脱走した可能性があった。そう、彼はお尋ね者として手配されているはずなのだ。

もはや勅命に背き罪人となった今、こうなればのこのこと本名を名乗るわけにいかなかった。


フェイウェイは開き直ることにしたのだった。

だが別の名を名乗るにしてもどう名乗ってよいのかわからなかった。

そんな時、妹となったフェイランと出会ったのだった。

「早く助けてやらんとな」

今の自分を与えてくれた大切な人。

そしてまた、自分を必要としてくれた。


守らなければ。

必要とされるならば。


フェイランとはそんな女性であった。


「次のアムル王国はもうすぐだぞ」

不意に後ろから声がかかった。

「船長」

「朝には着く。着けばお前とはお別れだ」

「船長には本当にお世話になりました。わざわざ船の護衛として雇ってまで私を乗せて、本当に感謝します」

「おいおい俺は何もしてねぇぜ。雇っただけだ」

「いえ、見知らぬ私を信用して船に置いてくれました」

「そ、それはお前の腕が良かったからだ、実際助かったよ。こっちこそありが…ってもういいから寝ろ! この話は終わりだ。さあ部屋帰りな!」

何やら顔をあらぬ方を向かせながら船長はフェイウェイを追いたてた。

「ハハハ」

その様子にフェイウェイは思わず笑ってしまった。

「笑うな!」

船長は気恥ずかしげに怒鳴りながらそそくさと船室へと帰っていった。

「ありがとうございます船長」

フェイウェイは彼には聞こえないように静かに礼を述べた。


東の地平線の藍色がかすかに薄まり、陽が顔を覗かせつつあった。

もう夜が明けるのだ。

ベイオース大陸を東西に分かつ西の国、アルム王国。

数刻の後、アルム王国北の港の一つに船は入港した。

「ここはアルムの一番北西の港だ。ここから首都を目指すには南東に向かって行くのが手っ取り早いが、南北に山脈が連なっているからな。大きく迂回するか、登るか」

船長の案内に耳を傾け、フェイウェイは一つ尋ねた。

「登る方が早いですか?」

「山道があるから迂回するより早いが、今通れるかわからん。噂だが、王都で何やら騒がしいみたいだ」

「騒がしい?」

フェイウェイは怪訝な顔をした。

「ああ。アルム王暗殺の未遂があったとかなかったとか」

「はっきりしませんね」

「そりゃそうさ。暗殺などそもそもなかったと王国側が主張してるからな。だが、何故か王立師団兵の連中、誰かを探してるみたいだ。やつら山道やら関所の検問を強化している」

「なるほど、そういうわけですか…」

「詳しい事情は知らんが、おそらく事件はあったと見て間違いない。まあ、俺ができるのはここまでだ。それと、これが今日までの依頼料だ」

船長はおもむろに懐から袋をフェイウェイに手渡した。

「ありがとうございます」

「礼なんかいいから早く行っちまえ。……がんばれよ」

船長は手を差し出した。

「はい」

フェイウェイはその手に応じて握手を交わし、別れを告げた。


アルム王国には王立師団という国王直属の軍隊が存在する。

軍隊の規模はさほど大きくなく、総数五千にも満たないと言われている。

だが、そこに所属する者は等しく皆能力者であると言われ、うかつに逆らうこともできなかった。また彼らには 多くの権限が与えられ、その中の一つに“捜査権”というものがあった。

王国には警察官に相当する警備官という官職が存在し一般兵がその任あたり、捜査を行うが、それとは関係なく王立師団兵は捜査を自由に行うことができるのであった。

つまり、警備官の捜査を無視し、むしろ捜査の主導権を握れる立場にあった。

といった風に王立師団はあらゆる部署の主導権を握れるといった特別権が与えられた特殊な軍であった。

「厄介な奴らが相手だな。関わると面倒だ」

フェイウェイは嘆息をもらす。

当初の計画としては山道を通るつもりであったが、どうするか。

とにかく今日はこの港で宿取って考える必要があるか。

フェイウェイは宿を探すことにし、それらしい店を探す。

さすがに港街だけあって賑わっている。通りには多くの出店が並び、その前には多くの客が見物し、通りは込み合っていた。出店に並ぶ品物の数も豊富である。ロスタムでよくみかけた葡萄酒、あちらのものであろう果物。こちらで取れる魚介類など多数あった。装飾品も特徴的である。フェイウェイのいた国の物であろうか、翡翠を使ったブレスレットがあった。フェイウェイはしばし時間を忘れてそれを眺めていた。


辺りを見渡したてみたが、やはりフェイウェイと同じ黒の瞳をした者は見かけなかったが、黒髪の者はいくらか見かけ、様々な人種の者が行き交っている。また、どこの民族であろうか、布で頭を覆う者たちもいるのだが、コブを二つ背中につけた馬を引いている。

「すごいな。ここは」

思わず感嘆していた。

フェイウェイはラクダを見るのは初めてであった。

見ていて飽きない街の様子につい時間を忘れそうになった。とにかく安そうな宿を探さねば。

フェイウェイは改めて宿を探し始めた。

少し歩いて人通りのとある街路へと入った。

人の流れから察し、どうやら買い物を終えた人々はここに向かい、これから買い物に向かう者はここから来るらしい。ここにおそらく宿が集中しているのだろう。

宿泊施設が集中した場所の付近は大抵色街であり、例に漏らさずここも艶っぽい雰囲気が漂ってきていた。

「近くにいい宿あるけど泊ってく?」

「いい娘揃ってるよ!」

「にいちゃん。いい顔してるね~安くするよ!」

と男女問わず客引きが声をかけてくる。

昔とある友人はこういった場所で今の奥さんを娶ったそうだが、それを見習う必要はない。

「いくらだ?」

などと聞いたのはほんの戯れである。とフェイウェイは自分に言い聞かせた。

言いわけ見苦しく、つい表情が崩れそうになる。だが自分を保つため、足早にその場を立ち去り、近くにあった普通の宿屋に入った。

「すごいな。ここは……」

先ほどとは違う意味を込めて漏らした言葉だった。

思わず入った宿であったが料金は良心的で、部屋もそれなりに整っていた。

一階は酒場になっており、その上階が客室となっている。

まだお昼にもなっておらず、酒場はオープンしていない。夜には騒がしくなるのだろうが、今は静かである。

とにかく今必要なのはこの国の情報である。


今現在どこに大神官がいるのか。

王立師団の動向。

朝廷の内部事情。


フェイウェイはこの国の内情に詳しい人物を探さねばならなかった。

「主人。国勢に詳しいやつを知っていますか?」


ひとまずフェイウェイは宿の主人に尋ねることとした。

「そうだな、ここに来る常連ならいくらか知ってるだろうが、どういう種類の話が聞きたいんだ」

「そうだな、とりあえず宮廷内部の情報に詳しいやつ知らないか? 最近色々あるんだろここ?」

「お客さんよく知ってるね。ここに来たばかりでしょうに」

「旅の噂さ、よくは知らない。だが、聴いておかないとこの国では動きづらそうでね。実際どうなんです?」

「それこそ俺なんかに聞かず、よく知ってる奴を紹介するよ。とその前に…」

「わかってます」

フェイウェイはおもむろに貨幣をいくらか宿の主人手渡した。

「まいどー。代金の分ちゃんと紹介するよ。そいつはこの街で兵士をやっている。中央の情報も届くようで、俺とは古なじみだからか、よく内情を話してくれる。毎日来てるからそいつから聞けばいい」

「ありがとう主人。感謝します」

「代金分さ。信用が第一だからな。俺の名前はレント。お客さんは?」

「フェイウェイです」

「変わった名前だね。北西の人かい? 確か以前シルクの国から来たって言ってたやつらもそんな感じの名前だったな」

フェイウェイは少し返答に困った。

「いえ、ずっと東の国ですよ……」

「へえ~そうかい。他にもあるんだな、そういう国が」

「ええ」

フェイウェイの語りにくそうな様子にレントは話題を変えることにした。

「ところでフェイウェイさん。あれはもう見たかい?」

「あれとは?」

ここについたばかりのフェイウェイには見当もつかなかった。

「街の中央広場で“挑戦料一人十金、勝てば千金、”と銘うって腕試ししてるやつがいるんだ。一昨日から始まり未だに賞金は払われていない。見たところあんたも武人のようだし興味ないか? 夜まで時間があるから見てくるといい」

「なるほど。そいつはどんな男なんでしょうか?」

「う~ん。見たらわかるよ。きっと」

なにやら含みをもたしてレントは薄く微笑むのだ。

「わかりました。では早速見に行ってきます。ありがとうレントさん」

「ああ。いってらっしゃい」

フェイウェイは宿を後にした。

千金というと一カ月は遊んで暮らせるだろう。

十金というと良質な宿に三泊できるぐらいだ。

挑戦料にしては高いがその分賞金がでかい。一かいの武人がそれだけの金を用意できるのか疑問であるが、負けていないところみるとやはり強いのであろう。

どんな男であるのか、一目見ようとフェイウェイ中央広場へと向かった。


だが広場から聞こえてきたのは、

「さあ次にあたしに挑戦する奴はだれだ!」

というそれは、よく通る声であった。

男にしては高く細い声であった。人垣の輪は中央を大きく開き、決闘の舞台を形作っている。その舞台上に声の主はいた。

「次は俺だ」

別の声が名乗りを上げる。

フェイウェイは人垣をかき分け円の中央へと進み、そのさなか得物同士が激しくぶつかりあう音が大地を響かせ足を伝ってフェイウェイに届く。

フェイウェイが舞台に臨んだ時、挑戦者が敗れた時であった。

ギャラリーから歓声があがり、その歓声に応えるように、

「さあ、次の挑戦者は誰?」

と聴衆を煽る者がいた。

フェイウェイは目を見張った。

それは長剣を携えた女性であった。

日差しは強く照りつけ、辺りを強く照らす。


まるで、勝者を祝うように。


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