ロスタムのとある物語
「ここがロスタムか」
ロスタム。
ベイオース大陸を二つに分ける西側の国。青年は自分の背丈程ある布に包まれた棒状のものを背負って、船から降り、港へと足を踏み入れた。
日は高く日差しも強い。くせのついた赤い髪が潮風にたなびき、その整った顔立ちを露わにする。
「フェイウェイ!」
青年は名を呼ばれ振り返った。
「依頼料だ。受け取れ」
と声の主は金の入った巾着をこちらへ放り投げた。
「いつもより、多めにしといたぜ」
「ありがとう船長。助かります」
船長と呼ばれたひげ面の男は照れ臭そうに笑った。
「いいってことよ。今度こそ見つかるといいな」
「ええ。見つけて見せますよ」
そう、必ずだ。
ロスタム王国北の港町であるガーゼリから南にある森の中。
少年は必死で追った。そして追いついた。
「姉さんをどこへやった!」
開口一番、彼は姉の所在を前にいる男たちに聞いた。
「小僧、今すぐ帰れば命は助けてやる」
「そんなことはどうでもいい。いいから姉さんを返せこの変態野郎ども。」
「なんだとこのくそガキ!」
「リーダー。こいつ殺ってもいいっすか?」
リーダーと呼ばれた男は部下に、
「かまわん好きにしろ」
危険な笑いを浮かべ、三人の男は少年に迫り、腰に帯びた剣を抜き、危険な光を目に浮かべた。他の男たちは去り、その場には少年とその三人の男たちだけが残された。
「死ね!」
言うが早いか、男の一人は少年に剣を振り降ろした。少年はかろうじてその斬撃をよけ男の剣は空を切った。だがすぐさま他の斬撃が少年を襲う。今度は少年にはよけきれそうになかった。
少年は、死を覚悟した。そして、目を閉じ助けられなかった姉へ、
「ごめんなさい姉さん。やっぱり、俺には無理でした」
心の中で謝罪した時、
「ぐあぁ!」
自分以外の、誰かの悲鳴が上がった。
「えっ…」
少年は辺りの様子を目にした。今先程まで自分を襲っていた男たちが倒れているのだ。
代わりに赤毛の男が槍を携え立っていた。
「ケガは?」
そう聞かれ、ただ、ないとだけ答えた。
「姉さんが連れさらわれたんだ」
ここ最近のこと。ガーゼリ周辺の町や村を中心に誘拐事件が多発しているのだという。それも、若い娘ばかりを狙った誘拐である。そして、少年の姉も誘拐された。噂によるとある能力者が中心となった組織が絡んでいるという。少年そうは語った。
「ほう。能力者か。それは厄介な話だな」
赤毛の男ことフェイウェイはそう口に漏らした。
「ああ、だから大人たちも関わりたくなくて、動いてくれないんだ。」
「それでお前が一人でここまで来たと、そういうわけだな」
フェイウェイの確認に少年はコクっとうなづく。
「能力者か」
いにしえの時。
世界はある為政者により統治されていた。
彼には自然を司る力があった。彼には人の心を読む力があった。その力を使い彼は世界を統治した。だがある時、彼は謎の死を遂げこの世を去った。それ以後、人々の中に妙な力を持つ者たちが現れた。
人は彼らを“能力者”と呼んだ。
「それで、お前はこのままあいつらを追うのか?」
フェイウェイは少年に聞いた。
「ああ、当り前さ、この先に開けた場所がある。あいつらも、きっと姉さんもそこだ。」
少年は今にも飛び出しそうな勢いで立ち上がった。フェイウェイはしばらく黙り、そしてこう言った。
「やめとけ」
少年は信じられないという様な目をし、フェイウェイを見返した。
もう一度フェイウェイは言う。
「やめとけ。あんな奴らに関わるな。今度こそ死ぬぞ」
「関係ない!あそこには姉さんがいるんだ。おれのたった一人の家族だ!」
少年は言い終えるとフェイウェイに頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。でも、あんたの指図は受けない。俺は行く。」
「そうか。まあ勝手にしな。生きてたらまた会おう」
「あんたなんかと二度と会うか臆病者!」
そう告げると少年は走り去って行った。
「たった一人の家族か…」
男たちは仲間の帰りを待っていた。
「遅い、小僧一人に何を手間取っている。」
そこには二、三十人の黒服の男たちと、手足を縛られた若い娘たちが十数人、そして御大層な刺繍の施された赤い服の男が一人偉そうな態度でふんぞり返っていた。
「早くせんか。こんなところでぐずぐずできんのだ」
「申し訳ありません」
「私はもう疲れた。早く家のベッドで寝たいのだ」
先ほどリーダーと呼ばれた男はただ頭を下げたその時、
「姉さんを返せ」
その声に男たちは一斉に振り向いた。
「お前はさっきの小僧。仲間はどうした?」
「仲間?どっかで昼寝してるさ」
不敵にこたえる少年の返答に男たちは殺気立ち、赤い服の男は、
「早くこやつを殺せ」
とわめいた。それに応じて男たちは剣を構え少年を取り囲んだ。
「どうやってあの三人を殺したかは知らんがこれで逃げられん」
そう男たちは少年に告げた。
「これじゃあさっきと同じじゃないか、あそこに姉さんがいるってのに、ちくしょう」
少年は己が無力さを呪った。
男たちが剣を振り上げ、死の宣告を下そうとしたその時、事態は一変した。
「邪魔」
ただ一言の乱入と何かが稲妻のごとく走り少年を囲む一角が崩れさった。
「なんで、あんたここに…」
少年の前に現れたのはフェイウェイだった。
「また会ったな」
少年は驚いていた。他の大人がそうしたように見捨てたのだと思っていた。
だが少年は思わず、
「何しに来た。俺は助けなんかいらない」
と悪態をついていた。
しかし負けず劣らず、フェイウェイも憎まれ口をたたく。
「おれはお前を助けに来たわけじゃない。俺もこいつらに用があってな。お前はついでだ」
「あっ、そうかよ」
それには微笑みで返し、フェイウェイは男たちを睨みつけ、槍を構え直した。
「面倒は嫌いだ。一斉に来い。少年、じっとしていろ」
少年は息を飲んだ。この人数を相手にどうする気なんだ。
だがそれは杞憂に終わった。
何かが爆発した。
弾丸の様な速さでフェイウェイが突進した。あまりの速さに男たちは対処できず、動揺した。横に一閃が走る。その瞬間何人か吹き飛ばされたのだ。
「何!」
男たちは驚愕するつかのまにまた一閃。さらに一閃。
「はああ!」
フェイウェイの気合と共に槍が縦横無尽に動き、死体を量産した。そして辺りが静かになった時、立っていたのは少年とフェイウェイ、そして赤い服の男だけであった。
「お前が頭か?」
フェイウェイは赤い服の男をにらみつけた。
だがそれに、赤い服の男は不気味に笑い、
「もうお前には必要ないことだ!」
言い終わる前に掌低を突き出し、炎球を飛ばした。
迫る炎球にフェイウェイは何もせずじっと動かなかった。そして炎球はフェイウェイを飲み込む。
「にいちゃん!」
少年は叫び、男は笑った。男は完全に勝ち誇り高笑いを上げた瞬間。
雷が落ちた。雷撃が燃え盛る炎を消し飛ばしたのだ。
「俺が普通の人間だったら死んでいた。」
フェイウェイは生きていた。だが、彼の周りには炎の代わりに電気がほとばしっていた。
男は驚愕していた。そしてそれが恐怖に変わるのに時間はかからなかった。
電気はフェイウェイの槍に集まり球体を作る。
「俺も能力者だ。」
お返しと言わんばかりに電気の塊は男に向かい、そしてその身を焦がしつくした。
まだ息はあった。フェイウェイは男のもとに寄った。
「お前が頭か?」
男は首を横に振った。
「じゃあ誰だ?」
「大…神官……さ…ま…」
言い終わらぬうちに、男はこと切れた。
海は夕日に染まり、日の終わりを告げようとしていた。そんな海を眺めランスと少年は話していた。
「にいちゃんは妹さんを探してるのか。」
「ここにはいなかったがな。だがあてはある。大神官と呼ばれる奴はこの大陸じゃあ一人だけだ。東の国、アルム王国に行くよ。」
少年は、見つかるといいねっと別れを惜しみつつ、応援した。そして、
「俺の名前はジンっていうんだ。にいちゃんは?」
ジンと名乗った少年は、フェイウェイに名を聞いた。
「フェイウェイだ。」
「なんか変わった名前だね」
「ほっとけ。こっちでは馴染まないだけだ」
二人はにらみあい、そしてプッと笑いあった。
「じゃあなジン」
フェイウェイはジンに別れを告げ、船に向かった。ジンはフェイウェイに手を振り続けた。感謝の気持ちを込めて。
それはまだ季節が夏を告げたばかりの頃だった。