死刑の無い国
「体温、平熱。脈拍、血圧、ともに正常。点滴、交換完了。視覚、聴覚、ともに反射反応あり」
「バイタルチェック、ご苦労」
「おはようございます、所長」
「また午後から、小学生の団体が終末医療の社会見学に来るから」
「はい。お任せください」
「頼んだよ。ところで、今日で何日目だね?」
「引き継ぎ資料によれば、生後で百四十三年五ヶ月と二十九日、ここに収容されてからだと、八十七年と六ヶ月ちょうどです」
「じゃあ、五十代半ばで無期懲役が執行されたわけだな。罪状は?」
「ここに箇条書きされている部分です」
「どれどれ……。恐喝、窃盗、放火、強姦、殺人。凶悪犯罪のフルコースだな。終身受刑者治験活用法が施行されなければ、とっくに首を吊らされてただろうに」
「死刑が廃止されたのは、倫理的配慮のほかに、罪を犯した人間を絞首するのは、死によって罪から解放するという意味で、安楽死処分に該当してしまうのではないかとの考えが広まったからです」
「その通り。凶悪犯を延命治療の被検体として役立たせることを決めた法曹界のトップは、きっと医学界のトップと手を組んでたんだろうな」
「その推測は、あながち間違いではないでしょう。長寿医療の研究材料が調達できないでいる状況と、凶悪犯罪者の収容所に空きが無くなっている状況とで、利害が一致したとしても何の不思議もありません。また、この法律が広く社会に認知されるようになってからは、犯罪発生件数は激減し、平均寿命は百歳を超えています」
「そりゃあ、そうだろう。骨と皮ばかりに痩せて、ろくに動いたり喋ったりできなくなっても、スパゲッティー状態で無理矢理に生き続けさせられるとあっては、怖気づくと決まってる。しかも、そのありさまを水族園のカバのように、ガラスを隔てた向こうから遠慮なしに見られるのだからね。それに、医療サービスが飛躍的進歩を遂げていることも、喜ばしいことだ」
「はい。でも、私には、こうして恐怖で支配する方法は、賢明だとは思えません」
「……君さ。毎日、なにかと忙しそうだけど、暇が欲しくないか? 前にメンテナンスを受けたのは、いつだね?」
「失言でした。撤回します」
「ウム。私は寛大だから、聞かなかったことにしよう。看護ロボットが、余計なことを考えてはいけないよ。それじゃあ、またあとで」
「おつかれさまです」