プロローグ
地上の下、約4万由旬、1由旬が7kmぐらいだから、つまりえーと、めちゃくちゃ下に、ここ、地獄がある。
今となっては針の山も血の池もただの観光地。ビルが乱立し、電波が飛び交う現代の地獄で私、フチ子は生きて(死んで?)いる。
今日から花の新社会人!しかも一生安泰公務員!これから始まる、私の地味でデスクワークなお役所仕事!
「は?デスクワーク?お前の仕事はバリッバリのフィールドワークだぞ。絶望淵子。」
待て待て待て。こいつはいったい何を言っているんだ。フィールドワークですって!?私がバカだから?確かに高卒だし、生前何してたかも忘れちゃうような記憶力しか持ち合わせてないけど、だからってティーンの女の子に肉体労働しろっていうわけ!?冗談じゃないわよ!
「あの・・・私、肉体労働はちょっと・・・」
「肉体労働?お前、ほんとに自分が何をするのか分かってないんだな。呆れたぜまったく。」
「ちょっと待ってください!私まだどの配属なのかも教えてもらってないんですよ!自分の仕事内容なんて知るわけないじゃないですか!」
「あ?お前オヤジから何も聞いてないのか?そうかそうか、そりゃ悪かったな。そこに座れ。まあそんなにカリカリすんな。」
何なのよこの男は!私のことバカにして!まあ謝ってもらったから別にいいけどね。それにちょっとカッコいいし。
「あの、それで、私の仕事って何なんですか?えーと」
「鬼塚だ。」
「鬼塚さん。」
「うーん。どこから話せばいいのかねえ…とりあえずフチ子、日本の人口が減ってるのは知ってるか?」
「え?日本の人口なら増えてるはずじゃ・・・」
「ああ、すまん、地上の方だ。ていうか地獄のことを日本なんて言ってるやつなんていねえよ。」
そう、地獄のことを日本なんて呼んでる人はいない。一応、天国と地獄が統合されたものに日本という名前があてがわれているけど、紛らわしいからみんな地獄って呼んでる。それは政府の方も容認してるんだけど、地獄じゃ印象が悪いから、地国って表記するように促してるけど、これも全然浸透してない。
「地上の方ですか?すみません、地上のことはさっぱりでして・・・それに私、生前の記憶がないんです。」
「・・・そうか、じゃあめんどくせえけど、いちから説明してやるよ。今、日本の人口は確かに減少している。上の方じゃ晩婚だの少子化だの騒いでるが、それは根本的な原因じゃない。根本的な原因はここ、地獄での転生率の低さだ。分かってるとは思うが、上で誰と誰が結婚して何人子供が産まれるかなんてのは、閻魔のオヤジがお天道様に渡す転生希望者リストによって決定される。だけどどうだ、地獄の連中ときたら、人権問題で地獄での罰が廃止されてからというもの、死ぬ恐怖がないだけマシとか言って転生したがらねえ。上で人が死ぬばっかで誰も転生したがらねえから、日本の人口は減る一方。その分、地獄の人口は増えてくばかり。この状況を危惧したオヤジが設置したのが転生促進委員会、俺たちの職場だ。分かったか?」
「え?ごめんなさい。お天道様がどうとかってところからもう一回説明してください。」
「ああ!もういい!早い話が、お前は地獄の連中に転生するよう説得しにいきゃいいんだよ!分かったらとっとと行け!」
そう言うとこの男は、状況が飲み込めずに途方にくれている私を無理やり部屋の外へと引っ張りだしてしまった。
「何なのよもう!転生するように説得しろって言われても具体的にどうすればいいのよ!」
社会人初日、早くも私、フチ子は絶望の淵に立たされてしまいました……
部屋の中では男がひとり物思いに耽っている。
「あいつも記憶がないのか・・・」
一話へ続く。