ロボ転生 天国の果ては超古代ロボへと続いている
不幸な行き違いというものはどこにでもある。
中にはそれが取り返しの付かない凡ミスとなることもままあるだろう。
俺は願った。その親切そうでおっとりとした女に願ったのだ。
お前は死んでしまったので来世を選ばせてくれると言うものだから、うかつにも相手が完璧な仕事をすると思いこんでいたのだ。
君たちは信じられるだろうか。
俺は願ったのだ。
ロボットに乗りたい。それも最強に強くて、でかくて、選ばれた者だけにしか操縦できなくて、ついでにメンテナンスフリーなやつが良い――と。
彼女はやさしく俺の願いを受け入れてくれた。
だがその善良な女神は、俺の言葉を聞き間違えたのだろう……。いやあるいは俺のかつ舌が単純に悪かったのか……。
ロボットに乗りたい → ×
ロボットになりたい → ◎
俺の願いは聞き違いか、言い間違えか、それとも悪意だったのか、どちらにしろとんでもない意味に曲解され……。
鋼の肉体へと生まれ落ちていた。
君たちは信じられるだろうか。
機械の身体に魂が宿るなどという非科学的な話を。
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目覚めればそこは格納庫だった。
SFチックに光る外壁と無数の巨大人型兵器がいくつもいくつも並ぶ胸熱世界だった。
だがもはや説明しなくとも君たちはわかっているだろう、この通り俺もロボだ。
どうも整備兵たちの話によれば、地上では来る日も来る日も戦争が繰り返されているらしかった。
しかし幸いにも俺は未完成品だったらしい。
1体、また1体と物言わぬ同僚が格納庫より姿を消していき、やがて俺だけになっていた。
まさかその最終決戦兵器に俺の魂が宿っているとも知らずに、彼らは最後まで開発を続けた。
だが現実はドラマチックにとはいかない。
俺を愛した科学者も整備士も歳老いてゆき、気づいた頃には誰も格納庫を訪れなくなった。
彼らの悲願は叶ったのだろうか。平和な時代が来たのだろうか。それとも大戦争で人類ごと滅びたのか。
……俺は確認を放棄した。
信じられない? いやそういうものらしいから仕方ないのだ。
俺はロボ。電脳の自律系統を持つ無機物と科学の結晶。
その性質のせいか人の盛衰にすら興味を失い、ただただ惰眠を貪ることに決めていた。
なにせ動力が無尽蔵だったということもある。
つまり何もしていなくとも自分で自分を食わせていける特別仕様だった。
否、人ではなくロボットの流儀に合わせて言い直せば、本当の最終決戦が訪れるその時まで……俺という機械は己の保守を続けていったのだ。
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300年という月日はごくごくわずかな内部パラメーターの変化でしかなかった。
地上では当たり前に時が流れていようとも、変化の存在しないこの格納庫ではただの数字でしかない。
けれどもその格納庫の時が350年ぶりに動くことになった。
来訪者が訪れたのだ。
それは決戦の幕開けを奏でるトランペッターか、あるいはただの迷い人か。
350年ぶりに俺はスリープモードより復帰することになった。
「ついに見つけた! これが聖典に記されし伝説の古代機! 破滅より世界を救う巨神ヘルヘイム!」
うら若い黒髪の女の子だった。
眠る前はSFワールドにどっぷり浸かっていたはずなのに、その子はジプシーみたいな布切れをまとい短剣を腰に差している。
そのあまりに小さいちっぽけな生物が、希望に満ちた瞳で俺を見上げていた。
「聞こえるかヘルヘイムよ! 今こそ約定を果たし世界を救ってくれ! 我々には貴方のお力が必要だ!」
「…………ソレッテ、俺ノ、コトカヨ?」
「しゃっ、喋ったっ?!!」
おお、君たちは信じられるか?
よくよく考えてみると生まれて初めて喋ったんじゃないかってこの事実を。
黒い女の子が驚きとともに後ずさり、それからまた少年みたいな瞳で俺という古代兵器を見上げ憧れた。
「おお、なら聞いてくれヘルヘイムよ! 今地上は大変なことになっているんだ! このままじゃ……僕たちは……、お願いだどうか貴方の力を貸してくれ!」
「……ヘーー、ソウナンダナ」
人類滅びてなかったようで何よりだ。
しかし助ける義理も無い。そのヘルヘイムとかいう世界を滅ぼしそうな名前もなんというか厨二っぽくてこそばゆい。
……巨大ロボに憧れるその瞳に、わずかばかりの共感を覚えながらも、いやこれ立場逆だったら良かったのになぁ……とか思わざるを得なかった。
「貴方は人類を危機から救う為に神々に生み出されたのではないのかっ!!」
「エ、シラナイ……。ソウナンダ?」
俺という決戦兵器がうん百年使われずこのガラクタ置き場で封印されていたその理由、何となく理解した。
当時の戦いが終わって要らなくなったんだ。で、今更必要になったから力を貸せという。
「わかった……ならば代価を支払おう……。僕は、一国の王女であり次期女王! その僕が貴方の御子となり一生を捧げよう! だから頼む、ヘルヘイム!」
「イヤ、ベツニ、イラナイカナー……?」
人間の肉体だったらちょっと考えたものの、いまいち機械の身体じゃ喜びも半減以下というもの。
むしろ再びスリープしてこの先も永遠に自己保守していたい、なんておかしな方向に機械の本能が働く。
「ショウガナイナ……ワカッタ……」
「ああっありがとう! ありがとうヘルヘイム!」
だが黒髪の彼女はあまりにもしつこく、最終的に何を勘違いしたのか我が身を生け贄に捧げようとしてきた。
格納庫を血や腐った死体で汚されたら気分が悪い。
そのロボに憧れる少年のような心に免じて、今回だけは協力してやることにした。
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彼女をコックピットに入れて、生まれて初めての地上に出た。
現状確認のために高々と空に飛翔すると、そしたら見える見えるすなわち人類超ピンチの光景だった。
ざっと見るだけで近隣は城一個を残して全滅していたのだ。
しかも敵は人ではない。異形の怪物たちだったとくる。
「チョット、チョットキイテナイ。ナニコノ、セカイノオワリ」
「大丈夫だよヘルヘイム! 僕と君の力を合わせれば、人類はもう一度立ち直れる! これは僕と君による大反攻の序曲なんだ!」
「マジカヨ」
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それからというもの、魔族と呼ばれる巨大生物たちをブレードでぶった斬っては焼き払い、ぶった斬っては爆殺し、気づいたら半年が経っていた。
さんざん黒髪の王女様に操縦されまくって、なんかもう自分が自分の身体じゃないみたい……。
いや事実、戦闘中は自律系統全て奪われるとかざらだった。
索敵やら支援やらをしながら、シート越しに感じるやわ肌の感触だけが記憶に残っている。
「そんなっ、どうしてヘルヘイムッ!!」
魔界の扉を閉じると世界は平和を取り戻した。
けれど力場の生成にエネルギーを使い過ぎてしまったようだ、機械の肉体に長い休眠モードが必要になった。
「オワカレダ、ヒメ。ショウネンノ、ヒトミヲモツ、ショウジョヨ」
「なぜだ! 僕はまだ契約を果たしていない! 貴方の御子になって一生を捧げる約束だったのに!」
黒髪のお姫様は泣いた。
だが機械の心は人情に乏しく突き放すことすら簡単だった。
「イラナイ。シアワセニ、ナリナ……ハナシハ、チガッタガ、タノシカッタヨ。……サヨウナラ」
「そんな……そんなのってっ! ああっ、ヘルヘイム! 貴方が人間だったらっどんなに良かっただろう……。僕の……僕のヘルヘイム……!」
ロボに憧れるその心にせつなだけ付き合っただけ。
動力続く限り生きる機械と人間ではあまりに寿命が違い過ぎる。
「コレデヤット、ユックリ、ネムレル……。サヨナラダ、ヒメ」
帰巣本能のままに俺は格納庫へと飛び立ち、再び長い長い眠りへとつくのだった。
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膨大な月日が経った。
エネルギーは十分に確保されたが、役目無き俺はただただ惰眠を貪り続ける。
夢の中であの黒髪の王女をときどき思い出し、それから次はどんな人間が己を目覚めさせるのかと期待する。それが果てしなく続いた。
あるいは世界が滅びている可能性もあるだろう。そうなれば誰もここを訪れることも無くなる。
そう考えると、たった一人の我が操縦者が恋しくてたまらなくなる時もあった。
しかし幸い世界は滅びていなかった。
次なる来訪者が俺の目の前に現れたからだ。
「ヒメ……イヤ、チガウ……」
あの少女によく似た女だった。
だが明らかに別人、生きているはずもなく、ファンタジックなあの服装もしていなかった。
けれども彼女に似た人間が来たということに、何か意味があるのかもしれない。
出会って早々だが彼女の願いを叶えてやることに決めた。
見れば見るほどよく似ている……だが、本当のヒメはもう生きてはいない。それだけは変わらない現実だ。
「ヨクキタ。オマエハ、オレニ、ナニヲ、ネガウノダ」
「フフフ……そうか、聞き分けの良いアーティファクトのようで助かったぞ」
もちろん性格も違う。どこか高慢な女だった。
しかしヒメと同じで、その眼差しに何か強い意志を持っているところが気に入った。
「ならば簡潔に言おう古代の決戦兵器ヘルヘイムよ。今地上は氷河期なのだ。……つまりここまで言えばわかるな?」
「イヤ、マッタク……」
気温の変化などこれも些細なパラメーターの変化に過ぎない。
だが久しぶりに人の身になって考えてみれば……それこそ人類滅亡級の驚異であることがわかった。
「鈍い人工知能だな……。ならばお前にわかるように言おう。今日まで溜め込んだエネルギー全てを差し出すか、動力部を僕に引っこ抜かれるか、どちらかを選べ」
「…………」
なんと脆弱にして傲慢な生命だろうか。
魔界の扉一つ閉じる方がよっぽど簡単な願いだった。
まさか自分を憧れのロボとしてではなく、ただの暖房器具にしようとするとは……。
「ナラバ、ダイショウヲ、シハラエ。ワレノ、ミコ、トシテ、イッショウヲ、ササゲルト、チカエ……」
「クククッ……たかがそんなことか! いいだろう僕をお前にくれてやる! それで人類が生き繋ぐことが出来るなら十分だ、好きなだけ僕という女を独り占めするといい!」
ヒメによく似た彼女をコクピットに入れると、少しだけ機械仕掛けの心が温かくなった。
だがいずれ彼女も死ぬだろう。
その後は海底火山に生物が群がるように、氷河期の人間は俺という無限のエネルギー炉に寄生するに違いない。
だからこの役目を無事に終えて、次にこの格納庫へと来訪者が現れるときは……。
今より文明が後退していることを切に願う。
「ヘルヘイム……お前の中は暖かいな。どうしてだろう、なぜだかわからないが、ここいるだけで、どこか懐かしい気持ちになるよ……。ああ、ああ……僕のヘルヘイム……」
俺は都合の良い暖房器具ではない。
人類が憧れて止まない、最強の超巨大ロボなのだから。
さらにあえて蛇足するならばメンテナンスフリーで、それも選ばれた者だけにしか操縦の出来ない――
「これが操縦系統だろ? さあ行くよヘルヘイム、一緒に、凍てついた地上へ!」
おかしい、操縦出来ないはずなのだ……。
俺はまだ彼女を適格者として選んでなどいない。
それなのに……なぜ?
なぜ彼女が俺の操縦系統を奪ってしまっているのだ……?