5
時の流れというのは驚いてしまうほどに早いもので。だが早く時間が経てばいいのにだなんて考えているととても長く感じてしまうのだから不思議なところだ。
そんなわけで卒業式である。
三者面談のあの事件のあともヒロイン観察を続けていた愛乃だったが、吃驚するほど桔梗は必ずゲームのルートをたどってしまうものだから途中からは彼女への助言を忘れ「もう好きにしてくれ」と思っていたほどである。
だがそんな日々も今日でお終い。そう考えるとどこか寂しく思えてきたが、きっと桔梗は喜んでいるのだから何も言わないでやる。
桔梗の本命である女子大の受験は卒業式よりもあとのことで、滑り止めでもあり《守護者》全員が進学予定の大学は無事合格しているらしい。なんとしても女子大合格目指さねば……と熱意を露わにする桔梗の勉強に付き合わされた愛乃は、この調子ならば十分合格圏内だろうと当たりを付けあとは落ち着くようにと忠告してやる。仲良くなってから一年半の付き合いではあるが、桔梗の欠点が『すぐに慌ててしまうところ』ということはよく、本当によく、わかっていたのでそこさえ注意すればと思うのである。
退屈な校長の話を意識が飛びそうになりながらも聞き終え、理事長の笑いを交えながらも感動的な話にほろりと涙をこぼし、それから卒業生代表の答辞の締めに顔を俯かせた。肩を震わせているその姿を、卒業式に出席していた恋人・恵一は不安そうに見つめ、
頼むからそこで笑い出すなよ、笑いたい気持ちはわかるけど
と手の甲を必死につねった。
だが、この場面で笑わないものはいないだろう。それほどまでに面白おかしく、大変滑稽な生徒会長こと《守護者》の一人である男。
ゲームストーリーで、どのルートであってもヒロインの気を引こうと卒業式で彼が「桔梗、愛している」という言葉で答辞を締めることは愛乃も覚えていた。
だが、本当にやるとは、思っていなかった。
ようやく笑いを堪えることに成功し、で少し席の離れてしまった桔梗の姿を見れば、彼女が微動だにせずじっと前を見据えていた。覚悟を決めたのだなと笑いを抑え愛乃もまたじっと彼女と同じ方向を見据える。
そしてその後、答辞のようなふざけた発言が起こることなく、厳かに進み、式のプログラムはすべて終了した。
残るは、桔梗と《守護者》との決着だけだ。
どのように桔梗が話を付けるのかはわからないが、初めはただ傍観しているだけのつもりだったというのに、気付けば彼女の母親から「本当に、よろしくお願いしますね」と言われてしまうほどの関係になっていた。
そんな彼女を、誰が放っておけるものですか。
愛乃は卒業証書の入った筒とそれから卒業祝いにと学校側から贈られた花束を手に、ラストシーンの行われる、裏庭へと向かった。
足を進めれば進めるほど人気のなくなっていく道に、ゲーム補正でも働いているのかしらなんて考えていれば、突然「葛城!」と小声で名を呼ばれた。名を呼んだ男の姿に目を見開きながらも、「ゲームのストーリーなんてあてにならないわね」と肩を竦め、足早に男のほうへ駆け寄る。
「本堂君も、来たのね」
「芦屋が《守護者》に呼ばれたのが聞こえて……悪いとは思ったけど、芦屋いつも迷惑そうにしていたから心配で」
「……まずは、見守りましょう」
言うが早いか、直後、桔梗がそうと気付かずストーリーを進めてしまった攻略対象が、全員揃った。桜の舞う中乙女ゲームの登場人物らしく見目麗しい彼らが一同に会する姿はなかなか見ごたえのあるもので、ゲームで一度見ていた愛乃も、これはと感嘆のため息をついてしまうほどであった。
対する隣の本堂はというとどこか不安げな表情を見せていて、愛乃は彼のそんな態度に推測は正しかったのだなと確信した。
そこへ漸く、ヒロイン・芦屋桔梗が、花束を持って現れた。
攻略対象たちは甘い笑みでヒロインを向かいいれるが、対する桔梗の表情は硬く、強い意志を持っているように見えた。
彼らの前に立つと、桔梗はすっと息を吸い、前を見据えた。
すぐに慌てていた桔梗が、あそこまで成長するとはね。
彼女にとって、転校してからの、高校二年生の春からの約二年は大変濃密な期間で、否が応でも成長させられたらしい。
頑張りなさい、と内心エールを送れば、ぐしゃりと花束が音を立てて歪んでしまった。その音に桔梗がちらりとこちらを向いたが、あの位置からでは愛乃と本堂の姿をうかがうことはできないはず。だが、桔梗は愛乃がそこにいることを気付いたようで、にこりと目を細め、《守護者》のほうへ向きなおった。
そして、口を開く。
「私は、貴方たちの誰ともお付合いをするつもりはありません」
その言葉にある者は崩れ落ち、ある者はなぜだと桔梗に詰め寄り、そしてある者はとすんなり身を引く。
多種多様な反応を見せる攻略対象を、真剣な表情のまま桔梗は見つめ、
「好きな人が、いるんです」
と意を決したように告げた。身を引いたものたちはどうやらそのことに気付いていたようで、「やっは「り、そうだったんだね」とすぐに納得し、詰め寄っていた者たちを引き剥がしにかかる。
潔いじゃないと感心し、それからふっと隣を見れば。
真っ青な顔色で桔梗を見つめる本堂の姿が目に飛び込んできた。
あらあら、と愛乃は今にも飛び出していきかねない本堂のブレザーの首元をグイと抑え「落ち着きなさいな」とこの場に留める。ここで出て行っては修羅場になりかねない。混沌と化した卒業式なんて思い出、ほしいと思うものはいないだろう。少なくとも愛乃はいらない。
「教えてくれないかな? 桔梗ちゃんの好きな人。僕らはずっと君だけを見てきたんだ」
「もともと、話すつもりでした。でもその前に、約束してください!」
懇願するように、桔梗は持っていた花束を強く握りしめた。
「絶対、あの人に手を出さないでください!」
「……僕たちが、そんなことをすると思ったの?」
「私は、ずっと貴方たちといたんです。今までの貴方たちを見ていた限りでは、そう思ってしまう。だから、ずっと言い出せなかった」
心当たりがあるようで、身を引いた《守護者》以外の男はみな言葉に詰まっている。
だがそれでも、いつの間にやら代表格となっていた身を引いた男の一人が、「約束する。絶対その人に手を出さないと約束するよ。もちろん僕以外が何かをしようとすれば止める」と言ったことで、桔梗は目を瞑り、なんとも幸せそうな表情で口を開いた。
「私の、好きな人は……」
ごくりと、本堂がつばをのむ音がやけに愛乃の耳に響いた。
だが、次の桔梗の言葉に愛乃の耳は奪われる。
「私の、好きな人は…………、葛城愛乃さんです!」
「ちょっと待てこの馬鹿!!!」
掴んでいた本堂のブレザーをグイと後ろに引けば彼はあっけなく後ろに倒れてしまい、だが愛乃はそれを気にすることなく桔梗の前に飛び出していった。
そしてがくがくと彼女の肩を揺すりながら、
「何言ってんのこのおバカ! 違うでしょう私じゃないでしょう!」
「だ、だって恥ずかしくってぇ……っ」
「だっても何もない! ほら、本当に好きな人の名前を言いなさい! あれだけ私に相談しておきながら実は違いましただなんて認めないわよこのおバカ!」
顔を真っ赤にして揺さぶられるがままにしている桔梗の姿を茫然と眺める《守護者》たちだったが、「同性愛者、だったのか……」「それじゃあ俺たちに勝ち目はないな……」と口ぐちに告げ、その場から立ち去った。
「もう、誤解されたままみんな行っちゃったじゃない! 別にいいけど!」
「愛乃さぁん、ごめんねぇぇ」
頑張りすぎた結果なのか、キャパオーバーを起こしてしまった桔梗は薄ら施された化粧が落ちてしまうことを気にせずグスグス泣き出してしまった。
さすがにいじめすぎたか、と揺する手を止めると、はぁと深くため息を吐いた。
それから抱きついていた桔梗をべりっとはがすと――なんとか化粧は自分のブレザーについていなかったので一安心――、まったく世話の焼けるとぶつぶつ文句を言いながら、
「本堂くん、いつまでも倒れていないで早く出ていらっしゃいな」
と桔梗の本当の想い人の名を呼んだ。
ぶわっと顔を真っ赤にする桔梗はどうやら驚きで涙が止まったらしい。良いことだと満足げに頷くと、「あとは頑張りなさいな」と言って邪魔者は退散しようとした。
の、だが。
「頼む葛城、この場にいてくれ俺ちょっとそろそろ限界」
「愛乃さぁん、愛乃さぁぁん!」
という二人の懇願とそれから同時に掴まれた両腕のせいで退散し損ねてしまった。
まったく、本当に世話の焼ける二人だことで! 愛乃は呆れを隠そうともせず、「あなたたちねぇ……っ」と頬をひくつかせるのだった。
それでもどうにか互いが想いを伝え合い、相思相愛であったことがわかると二人きりの世界に入ってしまうのだから「現金な奴らねぇ」と愛乃が呟いてしまうのも無理ない。しかし愛乃の表情は大変柔らかく、ようやく終わった物語への安心感と、それから二人の『友人』の想いが実ったことに対する喜びがうかがえた。
次回、本編最終話は31日19時更新です




