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桔梗に直接話しかける様子のない本堂にやきもきしながら、また愛乃にばかり話しかける彼を見て「どっちを羨んでいいのかわからない!」とおいおい泣き出す桔梗を宥めているうちに気付けば、なんとも早くも三年に進級する直前の春休みとなっていた。
時がたつのは早いわぁ、だなんて頬杖をついていれば「だからぁ!」と苛立ったような担任・榛名の声が彼の教員室に響いた。
だからなんだ? と首をかしげるのは愛乃とそれからどういうわけか隣に座る恵一両名。そっくりな二人の仕草にまたも榛名は苛立ったように「あのなぁ」と頭をがしがしとかいた。
「俺、ちゃんと葛城に『三者面談』だから『保護者』を連れて来いって、そう言ったよな」
「ええ聞きましたよ」
「じゃあなんでここにいんのが保護者じゃなくって恋人なんだよ! 恋人は保護者じゃあねえよ……」
「優一、声が大きいぞ。外に聞こえたらどうするんだ」
「まずいと思ってんならのこのこ来るなよお……」
榛名を下の名で呼ぶ恵一のことを気にする様子はなく、内容だけに重点をしぼって答える担任の姿に、お疲れ様と思いつつも三者面談があることを恵一に伝えたのは愛乃なので何も言わず黙っておく。
はあ、とため息を吐きまだ何か言いたげな様子を見せた榛名だったが「まあまあ先生、早く終わらせちゃいましょうよ」という愛乃の言葉に、どうにか言いたいことをすべて飲み込んでくれたようだ。
早々に終わらせて余った時間を文句言うのに当てそうだけど、という愛乃の予測は当たってしまうのだが、それはまた別の話で。
別の日、三者面談を終えたと思わしき桔梗とばったり出くわした。
母親と思わしき女性と二人並ぶ姿からは、愛乃とは違いその親子関係に問題がないように見られ、いいなぁと心の中でひとりごちる。
そんなところで桔梗の視界に愛乃が入ったようで「愛乃さぁん!」とぶんぶん手を振られてしまう。それを無視するのは悪いし幸い周りに《守護者》の姿は伺えなかったので桔梗の方へと向かう。
「おかあさん、こちらが前に話した愛乃さん。愛乃さん、私のお母さんです」
「いつも桔梗がお世話になっております。貴女が愛乃さん、というのですね」
「こちらこそ桔梗さんには仲良くしていただいておりまして……葛城愛乃と申します」
「貴女のおかげで桔梗は毎日楽しいと言っておりましたの。よければこれからも仲良くしてあげてくださいな」
「もちろんです」
そう告げれば、どういうわけかじっとこちらを見つめる桔梗の母。
だがどうやらこれから用事があるらしく、愛乃ともう少し話していたいという桔梗に「あまりご迷惑をおかけしてはいけませんよ」と母親らしく注意し、「本当に、よろしくお願いしますね」と愛乃に念を押すように告げ、その場を立ち去った。そんな彼女の様子に、もしやと何かを推測した愛乃だったが、桔梗の「愛乃さんは面談どうだった?」という言葉で思考を中断する。
「特に問題なく終わったわ。榛名先生は呆れていらしたけど」
「榛名先生が呆れるって……いったいなにを」
「別に何もしていないつもりなのだけどね」
ただ少し何かを『言った』だけ。嘘は言っていないと内心舌をぺろりとだし、愛乃は「そちらはどうだったの?」尋ねる。
一瞬笑顔を強張らせた桔梗だったが、どこか決心したような表情で愛乃の目を見た。
「女子大を、受験しようかなって」
桔梗の声が少し震えていたが、大丈夫かなどとは問わず「よく決心したわね」と褒めてやる。照れたような笑顔を見せる桔梗に、その言葉は間違っていなかったと確信する。
だが、聞かずにはいられないことだってある。
「本堂君のことは、それでいいの?」
「……よくはない。でも、もうこんな生活が続くのは嫌だから。愛乃さんは卒業式ですべて決着がつくって言ってくれたけど、だけど私がこんなだからもしかしたら終わらないかもしれない。だったら、いっそのこと彼らから離れるためにこういう道もありかな……って」
「そう……話し辛いことをごめんなさいね」
「ううん、こんな話聞いてくれるの愛乃さんぐらいだから。本当に助かってる。ありがとうね」
よしよしと頭を撫でてやれば、どうやらそこで力尽きたようで、「愛乃さぁぁん」と桔梗の涙腺が崩壊した。愛乃に抱きつきおいおいとなく桔梗に「頑張ったわね、本当に頑張った」と言葉をかけてやり頭を撫でれば、涙の勢いは収まることなくついには「愛乃さーん愛乃さーん」と名を呼びながらぎゅうぎゅう抱きしめる力を強めた。
そこを通りかかったゲームにおいて攻略対象である保険医・九重が通りかかると、ぎょっとしたように「ど、どうかしましたか?」と丁寧な調子ではあるが慌てた。
「……情緒不安定みたいで」
一か八かそう言えば、「ならば保健室へ来てください。ここは目立ちます、よ……葛城さん」と手招きされた。ここからならば人気の少ない道を通って保健室まで行けるはずだな、とルートを思い出しながら、抱きついたまま離れようとしない桔梗をひょいと抱きかかえる。「すごい腕力……」だなんていうつぶやきが聞こえたような気もするが無視だ無視。
そしてそのまま保健室へ行き、桔梗が落ち着いたところで九重が「良ければご自宅まで送りましょうか?」と言い出した。攻略対象ということを知ってか桔梗は顔をこわばらせ「だ、大丈夫です」と答えたが、どういうわけか愛乃のほうが「よろしくお願いします」と返事をしてしまった。小声で桔梗が「愛乃さん!」と名を呼んだが、愛乃は彼女のほうへ顔を近づけると、
「桔梗さん、今まで九重先生と接触したことないでしょう。この時期までそうだったなら、ルートに入ることはまずないわ。送ってもらっても問題ないと思うわ」
と囁いた。それから付け加えるように「その目を《守護者》にみられるつもり?」と告げれば、すぐさま意見を翻し「よろしくおねがいします!」と九重に向かって深々と頭を下げた。
彼は二人のやり取りを気にした様子はなく「ではこの書類を届けてから貴女たちを送りますので、少し待っていてください」と茶封筒を手に取った。先程出くわしたときはそれを届ける途中だったらしい。愛乃はそれをちらりと眺めると、桔梗に笑いかけた。
「私も荷物を取ってくるわ。桔梗さんの分も持ってくるから安心して」
「え、でも悪いから私も行くよ」
「貴女なんのために先生に送ってもらうと思っているの。ここでおとなしく待っていて頂戴」
渋々ながらも頷いた桔梗を見て満足そうにうなずけば、「誰も入ってこないように施錠させていただきますね。中からは開くので何かありましたらいつでも開いていただいて構いません」と九重が桔梗に告げ、それから愛乃の方を向いて「途中まで一緒に行きましょうか」と笑いかけた。
二人分の鞄を抱え……ることはなく一つは九重が持ち保健室へもどると、言われた通りずっと桔梗は保健室にいたようで、二人の――正確には愛乃の、だろうが――姿をみるなり、ぱぁっと花が綻ぶような笑みを見せた。「さすがヒロイン」と小さく呟くも桔梗には届かなかったようで、「おかえりなさい、本当にありがとう!」と愛乃からバッグを受け取った。そこで愛乃は預けていた自分のバッグを九重から受け取れば、その場を纏めるように九重が「それじゃあ帰りましょうか」と告げる。
まずは桔梗を送りそのあと愛乃を、という流れで話がつき、生徒二人が後ろの座席に乗ったことを確認してから九重はハンドルを滑らせたのだった。
次話は30日19時更新です




