1
全6話となります。毎日更新ですべて予約投稿済みですので、まとめて読むもよし、毎日読むもよしです。
楽しんでいただければなと思います!
夢を、見た。
とても懐かしい夢だ。
目覚めたとき、ほんの少しばかり泣いてしまったが、嫌な夢でも怖い夢でもない。
とても幸せだった『過去』のこと。
別に今が不幸せだなんて思っちゃあいないけど、でも昔には負けるわね。
頬杖を突き、目を伏せ考え込む。どこか寂しそうで、だがどこか諦めたような表情を見せる愛乃だったが、周りはそれに気づくことなく騒ぐばかり。
気付かれたくないからよかったわね、と彼女はついと騒ぎの中心ともいえる方向に視線を向ける。
そこには数人の男子生徒が一人の女子生徒を囲み、ああでもないこうでもないと彼女へ必死に話している状況があった。
どうにか彼女の気を引きたい、彼女を自分のものにしたい。そんな願望が明け透けにみられ、愛乃は心の中で、「さすがヒロイン」とひとりごちる。
男子高校生ならば『学園のヒロイン』と称されるような美少女を前にあんな風になってしまうのはわからなくもない。だが、愛乃が言いたいのはそんな閉ざされた空間内での『ヒロイン』ということではなく、とある『物語』の『ヒロイン』であるということ。
ここは、乙女ゲームの世界である。
そう言って信じる者は少ない、むしろ零に等しいといっても過言ではないだろう。
それほどまでに突拍子もない、現実味を帯びぬ言葉。
残念ながら、愛乃はそのことを事実として本気で考えている。もちろんそれを口にしてしまえば頭のおかしい人間だと判断されることだろうから、愛乃は頑として誰にも話すことはなかった。ある者たちを除いては。
自分の中で信じるだけなら、別に構わないだろうというのが愛乃の持論である。
さて、肝心のストーリーはというと、だ。
主人公ことヒロインが高校二年生の春、私立緑鈴学園に転入してくるところから始まる。そこからヒロインが様々な男子生徒や教師との距離が接近し惹かれあい、最終的に高校を卒業する時に一人の相手と結ばれる、という学園ラブストーリー。
オーソドックスといってもいいほどに有り触れた物語。愛乃は残念ながら一人のキャラクター以外に興味がなかったので他のキャラクターを攻略していないが、どのルートも似通った物語なのだろうと当たりをつけていた。
物語でヒロインはいつもかわいらしく微笑み、自分を取り合う男子生徒の行動をよくわからないと思いながらも「喧嘩したらだめだよ」とかわいらしく注意する、というなんともこれでいいのかと首をひねってしまうような可愛らしい――ひねくれたものからしたらかわいこぶっている――行動をとっていたのだが……、どういうわけか、現在目の前で繰り広げられている場面においてヒロインはそんな表情を見せたりしていない。むしろどこか困惑しているような、むしろ迷惑しているようにも見える。そして彼女の視線はちらちらとある方向へと向いており、そんな行動もまた愛乃の首をひねらせる要因となっていた。
いったい彼女は何を考えているのかしら?
そんなことを考えていた矢先、突然「葛城」と名字を呼ばれ、ちょいちょいと肩をたたかれた。なにかしらと振り向いてみれば、そこにはゲームにおいて顔が出ることも名が出ることもなかった男子生徒の姿が。緑鈴高校はクラス替えがなく、三年間通して同じクラスのため顔ぶれが変わることはないのだが、愛乃は彼と話したことはほとんどなく、関わり合いを持ったことのない人物だ。だが名を知らぬわけではないので、「本堂くん、どうかしたの?」と尋ねた。彼は愛乃の後ろの空いた席に腰を下ろすと「あのよう……」と口を開く。一体全体なんの用だというのか。まったく予想がつかない。
「なんで、芦屋のことばっか見てんだ? 周りの《守護者》たちみてるならわかるけど……」
「やだ、彼ら守護神って呼ばれているの?」
ゲームの設定にそんなのあったかしらと思いつつも、本堂の言った言葉に肩をこわばらせる。意外と鋭いな一般男子生徒。
彼の言った通り、愛乃は周りの《守護者》と呼ばれる男子生徒を見るのではなく、ヒロインこと芦屋桔梗のことばかりを見ていた。だが別に不躾になるほど見ていたわけでも、悪意を含んだ視線を向けていたわけでもなかったので、まったく気づかれていないと思っていた。そのためそのことがばれた瞬間は少し気まずさが心をついたが、なぜ桔梗を見ていたのかを本堂は知らないはずなので、そのまましらばっくれることにする。
「別に私は芦屋さんばかり見ていたわけではないのよ。彼ら、声のボリュームがそれほど抑えられていないからよく彼らの声がよく耳に入ってきて、ついついそちらに目をやってしまっていただけ」
「うるさい」という皮肉を込めて言った言葉にどうやら本堂は納得したようで、「なるほどな。芦屋もいつもいつも大変そうだな」と桔梗に向けて同情的な意見を発した。
これにはまたも愛乃は驚いてしまい、思わず「どうしてそう思ったの?」という言葉が飛び出してしまった。本堂は別段それを不思議に思うことはなかったようで「見ていればわかるだろう」となんでもない風に告げた。
「芦屋ちょっと迷惑そうな表情しているし、俺がもし女で、あんなことが毎日あったらなんて思うとうんざりするぜ」
本堂曰く《守護神》の彼らに聞こえぬよう配慮してか、少し愛乃の方に顔を近づけそういったかれに「確かに」と同意。肩を竦めそちらを眺めれば、どういうわけかショックを受けたような表情を浮かべるヒロインの姿が目に飛び込んできた。どんなことがあってもその愛らしい表情をあまり崩さず困ったような姿を見せていた彼女だったからこそ、愛乃はあらまあと口元を抑える。まさかこれほどまでにだったとは。
「葛城も同じようなことを考えていたなんてな。結構他の女子って芦屋に好意的じゃないやつが多いから驚いたぜ」
「……だって、あれは別に芦屋さんが悪いわけではないでしょう。むしろ被害者にも見える。そんな彼女を悪者にするほど私、人が悪いわけじゃあないつもりだけど」
桔梗の変化に気を取られ本堂への返答が遅れてしまったが、彼は気にすることなく「だよなだよな」と愛乃の肩をポンポンっと軽く叩いた。話したことのない彼だったが、意外にもフレンドリーらしい。クラスの中心的存在になっていたとしてもおかしくない、と考えそこで思考を止める。あの攻略キャラがいる中で、中心になれるはずがないか、と思い立ったためである。
キャラクターとかかわるのは面倒だけど、彼とは『クラスメイト』として仲良くできそうね。そんな風に思っていれば本堂は他の男子の輪に混じり、再び愛乃はひとりとなる。
誰にもばれることはないだろうと思っていた『キャラクター観察』を本堂にばれてしまった以上、他の誰かにばれないという保証はない。しかたない、あきらめるか。スクールバッグからスマートフォンを取り出すと、周りから画面を見られぬよう覗き見ブロックを設定し、いくつか操作する。くだらないやり取りと思われそうなメッセージが何件か届いているのをみてクスリと小さく笑っていれば、休み時間はいつの間にか過ぎ、授業の予冷が鳴り響いた。
次話は27日19時更新です




