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2番目の魔法少女[2]予定にない嵐  作者: 秋乃 透歌
第一章 願いは雨のち晴れ
8/23

08

【瑠璃】


「木村くん」

 向日葵ちゃんの声に、その男の子は振り向きました。

 今にも雨が降りだしそうな空の下、ジャングルジムのステゴザウルスが見守る公園で、たった一人で時間を潰していたのでしょう。

 公園の倉庫の壁に向けて蹴られたサッカーボールが、跳ね返って男の子の足元に戻ります。しかし、それは受け止められることなくしばらく転がって――止まりました。

「土地、か。なんだよ、何か用か?」

 ぶっきらぼうな返事が彼――木村拓真くんから帰ってきました。

「ちょっとお話したいな、と思って。いいよね?」

 その向日葵ちゃんの前置きに、木村くんはぶすっとふてくされた表情を見せました。

 これから向日葵ちゃんが話す内容に察しがついたのでしょうか。

 素直に考えるなら、ただ単に照れ隠しの表情かもしれません。

「そっちは? 四年生じゃない、よな?」

 木村くんは、私を見てそう言いました。

 そうですね、自己紹介がまだでした。

「私は清水・セルリアン・瑠璃といいます。椎名小学校の五年一組で、向日葵ちゃんの留学生仲間で、友達です。今日は、向日葵ちゃんのお手伝いに来ました」

 あ、ついつい丁寧な言葉遣いのままでした。朝美ちゃんに普通で良いと言われてから、気をつけていたのに。

 それでも――。

 そうですね。

 この状況なら、不自然でもないですよね。

「ふぅん。それで、なんの用なんだ?」

 木村くんの言葉の後半は、向日葵ちゃんへ向けられたらものでした。

「うん。じゃあ、遠慮なしでズバッと言うね。生物係のこと、木村くんのこと、芽衣ちゃんのこと、だよ」

「その話かよ……。土地には関係ないだろ」

 最初の返事は、拒絶の一言でした。

 でもそれは、真っ直ぐ目を見て否定するような、強い意志があるものではありませんでした。

 向日葵ちゃんから目をそらして、自分の後ろめたさに向き合うことを避けているような、そんな様子でした。

 それが分かっているからか、それともそんなことは関係なくなのか、向日葵ちゃんは一歩も引きませんでした。

「関係あるよ。私も四年一組の仲間だもん。芽衣ちゃんとも、木村くんとも友達だもん」

 向日葵ちゃんは、木村くんの目を真っ直ぐ見て、そう言い切りました。

 木村くんは、思わず向日葵ちゃんの顔を見て、それから目をそらしました。

「どうして、花壇の水やりの仕事サボっちゃうの?」

「……別に、理由なんてねーよ」

「じゃあ、芽衣ちゃんのお見舞いには行った?」

「っ――。なんの関係があるんだよ! 芽――花咲は、全然関係ないだろ!」

「関係あるよ。生物係は木村くんと芽衣ちゃんだもん」

 木村くんは、声を大きくしたものの、雰囲気を変えない向日葵ちゃんの返事に、さらに言葉を返すことができないようでした。

「……そんなに、花壇の花なんかが大事なのかよ?」

 しばらくの沈黙の後に木村くんが呟いたのは、そんな苦し紛れの一言でした。

「ううん。もちろん花壇も、生物係のお仕事も大事だけど――一番大事なのは、芽衣ちゃんと木村くんの気持ちだよ」

「――」

 向日葵ちゃんは、にこにこと笑顔を崩さずに、いつもと同じ様子でそう言いました。

 それでも。

 その一言には、向日葵ちゃんの気持ちが込められています。

 その真剣な響きに、木村くんは、大声で言い返すことも、関係ないと拒絶することもできません。

「芽衣ちゃんが、今日学校に来たときに、逆さまのてるてる坊主をたくさん吊したことを知ってる?」

「は? てるてる坊主? 逆さって、何であいつ――」

 向日葵ちゃんのこの問いは、木村くんにとっては完全に予想外だったようです。

「雨になって欲しいからだよ。手術で入院しなきゃいけない間、雨が降って、花壇の花が枯れないようにって。芽衣ちゃんは、そう願ってるんだよ」

「っ――」

 息を呑む木村くんに、向日葵ちゃんは続けました。

「本当なら木村くんにお願いすれば良いのに、芽衣ちゃんにはそれができなかったんだよ。木村くんが生物係の仕事をサボっちゃうのは、同じ生物係の私のことが嫌いだから、って思っているから」

 それは、半分は嘘でした。

 正確には、向日葵ちゃんと私が、きっとそうじゃないかな、と思っただけなのです。

 でも、多分。

 ずっと仲良く遊んでいた幼なじみが、理由も教えてくれないまま自分と二人の仕事をサボってしまうのだとしたら――きっと、嫌われてしまったからだと思ってしまいます。

「違っ――」

「木村くん」

 向日葵ちゃんは、木村くんの言葉を遮って、彼の名前を呼びました。

 そして。

「木村くんは、芽衣ちゃんのことが好き?」

 向日葵ちゃんの言葉を受けて――。

 木村くんの変化は――。

「――そんなの、わかんねーよ」

 ――頬を赤く染めはしたものの、はっきりしないものでした。

 あるいは。

 頬の色と、否定の言葉がなかったことが、十分に答えになっているのかもしれません。

 それでも。

 ここでこれ以上話していても、状況は進展しないでしょう。

 別行動をとっている玖郎くんからの、事前の指示はこうでした。

 通常の思考では、恥ずかしくて照れくさくて素直になれない。

 そんな状況なら――。

 ――通常の思考を、奪い去れば良い。

「木村くん。これから言うことを驚かずに聞いてくださいね」

 私は、黙ってしまった木村くんと向日葵ちゃんの会話に、そう言葉を投げかけました。

 何を隠そう。

 通常の思考、常識的な考えや、地球世界の一般論を奪い去るのは得意なのです。

 なぜなら――。

「――私は、私達は、魔法の国から来た〈魔法少女〉(プリンセス)なのです」

 そう、なぜなら、私達は〈魔法少女〉(プリンセス)。常識的な考えや、この世界の一般論から外れた存在なのですから。

「……は? な、何?」

 突然の言葉に、木村くんは早速冷静さを失い始めています。

「魔法少女です。魔法が使えるのです」

 目を白黒させている木村くんに、思考する時間を与えずに次々と言葉を投げます。

「変身して、みんなの悩み事や困り事を、人知れず解決するのです。今回は、花咲さんと木村くんの悩みを解決します。分かりますか?」

 私は、わざとぐいぐいと木村くんに詰め寄りながら言葉を続けます。上級生の勢いに押されて、木村くんは一歩、また一歩と後退しながら、なんとか言葉を返しました。

「ま、魔法少女って、芽衣が小さい頃好きだった、セータームーンとか、プリンキュアみたいな――?」

「大正解です。信じられませんか?」

「いや待て、さすがに四年とか五年で魔法少女ごっことか――。土地もなんとか言ってくれ」

 助けをもとめて見た向日葵ちゃんは、真面目な顔で首を横に振りました。

「本当なの。他の人には秘密にしておいてね」

「な? ちょ、ちょっと待て――」

「では、証拠を見せますね」

 何か言いかけた木村くんを遮って、私はそう言いました。

 あ、そうでした。

 その前に、用意して身につけているペットボトルを外しておかないといけません。私の水のオープンゲードの中には、水は持ち込めないのです。

 水の入ったペットボトルを、足元に置きました。

 それでは、改めて――。

「行くよ、向日葵ちゃん――」

「うん、瑠璃ちゃん――」

「――〈開門〉(オープンゲート)

 まずは、私の声が響きます。

 次の瞬間。

 私の足元から水が湧き出し小さな水溜まりを作ります。揺らぎもしない、まるで鏡のような水面ができあがります。

 ふっ、と足元の地面の感覚が消え、慣れた浮遊感と落下感が私の身体を包みます。

 とぷん、と水面に沈み込む私の身体。一瞬の後、水しぶきをあげながらその水面から飛び出した時には、私の姿は〈魔法少女〉(プリンセス)の衣装になっています。

 青色をはじめとして、水色、空色、藍色などの青系統の色をした不思議な質感の布地で作られた、シャツとベストとスカートです。フリルやリボンが一杯で可愛らしいのですが、普段着ではない、どこか演出めいた、まるで舞台衣装であるかのような衣装です。

 さらに、私の瞳と髪の色は、先程までの黒髪黒目から変わって――鮮やかな青色に変わっています。

 それが、私の『魔法で変身した姿』でした。

「――〈開門〉(オープンゲート)

 ほぼ同時に、向日葵ちゃんの魔法の言葉が響きました。

 向日葵ちゃんの足元から、白色に近い黄色の砂が、急速に盛り上がります。意志を持っているかのように、向日葵ちゃんを包み込みながら成長する砂丘。

 さらさらと音をたてながら、砂が、向日葵ちゃんの頭まで飲み込んでしまいました。次の瞬間には、吹き出した時と同じくらい唐突にさらさらと崩れて足元の地面と同化し、なくなってしまいました。

 砂に消えてしまう直前までと同じ姿勢のまま、姿だけは〈魔法少女〉(プリンセス)の衣装になっていました。

 橙色、檸檬色、クリーム色などの黄色系統で仕上げられた〈魔法少女〉(プリンセス)の衣装です。私のものと比べて、リボンやフリルなどの装飾がさらに多く、可愛らしさが一杯です。

 元気に咲き誇る花を思わせる黄色に変わった髪が、頭の両側でふわふわと跳ねています。同じく黄色に変わった瞳には、彼女の元気を表すように輝いています。

 これが、向日葵ちゃんの変身――『魔法で変身した姿』でした。

「あ、え? そんな――本当に?」

 木村くんは、目の前で起こったことが信じられずに、混乱して意味不明の呟きをもらすばかりです。

 ええ、良い感じに通常の思考を奪えているようです。

 でも、まだまだです。

 これからなのです。

 玖郎くんの指示は、こんなことでは終わらないのです。

「さ、木村くん、行こうか」

「え? は? 行くって、どこに?」

 向日葵ちゃんの言葉に、木村くんは当然の疑問を返します。

「病院に決まってるよ。芽衣ちゃんのお見舞いに」

「なっ!」

 向日葵ちゃんの言うとおりなのです。次の目的地は、向日葵ちゃんの入院している病院なのです。

 朝美ちゃんの情報によれば、椎名総合病院の小児病棟の401号室です。先にそちらに向かっている玖郎くんからも、場所が分かるように合図があるはずです。

 では、私も準備しないと。

 私は変身前に足元に置いておいたペットボトルを拾い上げると、その口をあけました。

〈操作〉(オペレート)

 私の魔法で、空中に持ち上げた水を、ぐっと圧縮します。

 軽くジャンプして、同時に水を私の両足の靴の下に移動させます。

 着地した時には――正確には、地面から浮き上がっているのですが――私の体重は、全部水の魔法が支えているのです。

 さあ、これで。

 いつでも飛べます。

「じゃあ、向日葵も。〈開門〉(オープンゲート)

 向日葵ちゃんの魔法の言葉に応えて、彼女の傍らの地面が盛り上がりました。

 みるみるうちに、その盛り上がりは変化を続け、猛禽類の頭部と翼、猫科の猛獣を思わせる胴体と四肢が形作られて行きます。大型犬ほどの大きさのそれは、土の〈精霊〉グリフォンでした。

 ただの土が命を宿した証拠に、グリフォンが、まるで猫が伸びをするように体を伸ばしました。

 さすが向日葵ちゃん、見事な召還魔法です。

「ほ、本当に、まほ――」

 木村くんは、最後まで言葉にすることはできませんでした。

 理由は簡単です。

 私が、木村くんの右腕を、私の右腕でがしっとつかんだからです。同時に、左腕も、向日葵ちゃんの左腕と組み合わされています。

 つまり、今の木村くんは、二人の〈魔法少女〉(プリンセス)と腕を組んだ状態なのです。ただし、私達の前方向と、木村くんの前方向は逆で――完全に連行される姿勢です。

「では、行きますよ?」

「い、行くって、どこへ?」

「さっきも言ったでしょ? 病院だよ」

「どうやって――って、まさか……?」

 木村くんが、何かに思い至ったらしく、声を上げました。

 あ、組んだ腕に力が入りました。

 正解です。

 そのまさかなのです――。

「しっかり捕まって下さいね」

「出発ー!」

「ちょっ――わ、わあああああっ!」

 ――空を飛んでいくのです。



【玖郎】


「ふむ――」

 瑠璃と向日葵に、いくつかの指示を与え、恐竜公園へと送り出した後、僕はそう呟いた。

 僕と彼女達は別行動をとることにした。

 その一番大きな理由は、時間制限だ。

 花咲芽衣の手術が明日であることに加えて、病院の面会時間や小学生の常識的な門限が、残り時間をさらに短くしている。

 そのリミットまでに、木村拓真に対する説得と連行、花咲芽衣に対する下準備を終える必要がある。

 僕の担当は、病院の花咲だ。

 というのも、木村を病院に連れてくるために、〈魔法少女〉(プリンセス)『二人』の力が――魔法が必要なのだ。

 順を追って説明しよう。

 この世界には〈保護魔法〉(プロテクト)という魔法がかけられている。地球世界の人間が魔法による影響を受けないようにする魔法である。

 具体的には、二つ――地球世界の人間の、体や心が傷つかないように守ること。そして、地球世界の人間が、意図して魔法の影響を受けないようにすること――つまりは悪用の防止だ。

 これがあるため、木村を病院まで運ぼうとしても、瑠璃の〈操作〉(オペレート)も、向日葵の〈開門〉(オープンゲート)で呼び出した〈精霊〉も使えない。

 ただし、実のところ、抜け道はある。

 魔法で直接飛行することは無理だが、魔法で飛行している〈魔法少女〉(プリンセス)が何かを――あるいは誰かを、運ぶことは可能なのだ。おんぶでも、肩を組んでも、それこそお姫様だっこでも――可能なのだ。

 瑠璃との魔法の特訓で何度も検証した。基本的に、僕自身はこの抜け道を使うつもりはないが、可能であるという事実は間違いない。

 しかし、今回木村を病院まで運ぶためには有効だ。小学四年生の男子を運ぶことも、〈魔法少女〉(プリンセス)が二人いれば可能なのだから。

 特にこの場合、空中を移動することで――しかも雲の上を経由するよう指示を出してある――木村から通常の判断力を奪い、意地や照れを取り去ってしまおうというもう一つの目的も達成できる。

 以上の理由で、木村の担当は瑠璃と向日葵だ。

 つまり。

 僕の担当は花咲であり――これから病院に向かう必要があるという訳だった。

「ふむ――」

 そこで、僕はもう一度呟いた。

 今にも雨が降り出しそうな空の下、ランドセルを背負って校門に向かっているのは良いが、病院までの移動手段はどうするか。

 偉そうに思考してはいるが、小学五年生である僕が選択できる移動手段は少ない――正確に表現するなら、ほとんどない。

 唯一、思いつくとすれば――。

 風の〈騎士〉(ナイト)武者小路綾乃だ。借りを作るのはあまり気は進まないが、彼女に頼んでリムジンを出してもらうことくらいだろう。

 小学校の校門をくぐり、綾乃に連絡を取るため、ランドセルから携帯電話を取り出そうとして――。

 そのタイミングで。

「小泉少年、俺の力が必要かい?」

 軽い調子の声が、僕の名を呼んだ。

「ところで、ウチのお姫様知らない?」

 向日葵の〈騎士〉(ナイト)、翔だった。

 いつもの人の良さそうな笑顔はどうでも良いとして、重要なポイントが僕の目に留まった。

 片手にヘルメットを持っていること。二人乗りが可能なバイクにまたがっていることだ。

「なるほど」

 向日葵の帰宅が遅いことを心配して様子を見にきた、というところか。

 そこで思案顔の僕を見かけたので声をかけた、と。

 どちらにせよ――。

「ナイスタイミングです。向日葵は〈仕事〉(タスク)に奔走しています。今は瑠璃と別の場所です。合流地点までの移動を頼めますか?」

 ――リムジンを要請する必要はなくなった訳だ。


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