第2回
さて困った。
放課後の廊下を里沙は歩いていた。
ラヴレターを開いてみると今日の放課後に第一音楽室で、件の女子は里沙を待っているのだ。
(どーしたもんだろ?)
ポケットの中に、ラヴレターが仕舞われていた。(どうやって断れば良いんだろ)
さっきから同じ事を里沙は繰り返し考えている。
(やっぱり私は男の子が好きな訳で。うん、もしこのラヴレターが神山くんや沢渡先輩からだったら文句なしな訳で……)
生まれて初めてのラヴレターが男の子から頂けたとしたら、里沙は悩む事なんてなかった。
(でも、女の子からラヴレターを貰う私な訳で)
廊下の真ん中に立ち止まると、里沙は頭をかきむしった。
(対処できない!)
ふと窓が目に入る。
ふと思う。
(いっそ、ラヴレターを捨てちゃおうか)
『ダメよ!』
天使的な里沙が頭の上を飛び回った。
『男の子でも女の子でも里沙ちゃんを好きな気持ちは一緒のはず。そんな想いを里沙ちゃんは台無しにするつもり!?』
一歩だけ窓から里沙は遠ざかる。
(そっそうよね。私の気持ちはとにかく、相手は私を好きなんだもん。だからちゃんと会ってごめんなさいをすれば……)
『面倒くさいじゃん!』
今度は悪魔的な里沙が頭を飛び回り始めた。
『良いじゃん、相手の気持ちとかどうだってさ。別に里沙が好きな奴から貰ったラヴレターじゃないんだ。気にせず捨てて無かった事にしちゃえ』
下がった足がまた窓へと前進した。
(見なかった事にすれば楽だよねー?)
『なぁーに言ってるの』天使的な里沙が怒鳴る。
『やかましいぜ』
悪魔的な里沙が耳を塞いだ。
一歩すすんでは一歩さがるを里沙はその場で繰り返す。
(あぁあぁ私は一体どうすればー?)
『会うのよ!』
『捨てろよ!』
一進一退する。
(わかんなぁーい!!)
いいかげんに里沙の頭が大ゲンカを始めてしまいそうになる。その時だ。
「ちょっと里沙?廊下の真ん中でなに愉快そうな顔をしているの?」
「え」
とつぜん掛けられた声に二人の里沙が消える。
声の方角に顔を向けてみると、里沙の親友がすぐ近くに立っていた。
「雪菜ぁ」
「ちょっちょっと!いきなり汗と鼻水と涙を流しながら抱きついてこないでよ。制服が汚れちゃうじゃない」
その長くて細い腕を伸ばして雪菜は里沙を突き放した。
「相変わらずヒドくないですか親友の雪菜さん」
「悪かったわよ」
「……まぁ良いや」
ポケット越しに里沙は手紙を触る。
「ねぇ雪菜さぁ……」
「何よ」
「ちょっと訊きたい事があるんですけど……」
「待った。それはどうしてもいま聞かなきゃならないのかしら?」
「何か用事でもあるの」
「まぁね」
長い黒髪を雪菜はかきあげて見せた。
「私ったら生徒会の書記なんてやっているから、今日もこれから生徒会会議に出席しなきゃならないのよ」
なんて言うの?里沙あんたとは人間が違うのよ、わかるかしら?と人を馬鹿にしたような流し目を雪菜は使った。
(えーえーよっく分かりますとも雪菜さんいつか拷問してごめんなさい私はミジンコ以下の肉片でございますって土下座させてあげるからね)
内心の殺意を押し隠し、里沙はしなを作った。
「五分だけでも良いから話を聞いて」
「まぁ五分くらいなら」
「ありがとう」
五時間目から始まった事を掻い摘んで里沙は雪菜に話した。
里沙の話が終わる頃には二人とも壁に並んで寄りかかっていた。
「ふうん。そんな事が里沙にあった訳ね」
「そ。で、経験豊富な雪菜にこれからどうすれば良いのか聞きたいの」
「ラヴレターを捨てるか捨てないかでしょ?」
「うん」
「簡単じゃない」
雪菜は天井を見上げた。
「捨てれば?」
あっけない言い方だ。
「だって自分が好きな奴から貰った手紙ならいざしらず、知りもしない女の子からのラヴレターでしょう?気持ち悪いと思わない?」
「でも……」
「あのねぇ、少女小説とかじゃないんだから、同性愛とか不気味よ?」
「まぁ」
「里沙だって断る気なんだから、別に会ってやる必要は無いわ。いっそ嫌われ役になった方が利益あると思うわよ」
「そうなのかな」
「そうよ」
里沙はもう一度ポケットに触れた。
「ま、とにかく後は自分で考えなさい。私は会議が始まるから行くわ」
そうして雪菜は廊下の角に消えた。
(雪菜の言う通り……)
誰もいなくなった廊下で里沙は俯いた。顔をあげると、窓へ近寄る。
窓ガラスには、黄昏の色が広がっていた。
窓を開ける。
アスファルトの焼けた匂いがした。
手紙を取り出す。
雪菜の言葉が反響した。
腕を振り上げる。
(気持ち悪い……嫌われた方が良い……)
指が手紙を離さない。
茜空を二羽の鳥が北から南へと流れていった。
(気持ち悪い……嫌われた方が良い……)
里沙は窓を閉めた。
(雪菜の言った事もよくわかる。確かに気持ち悪いし不気味だと思う。でもだからって、気持ちを踏みにじるのは……)
廊下を歩く。
(どうせ断るんだけど)里沙は音楽室へと歩いていった。
続きました。