04
「――……ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
そういって、思いっきり泣く幼馴染を前にしたマークも泣いてしまうんじゃないか。そんなことをぼんやりとメディアは考えていたが、彼の表情を見て泣かないな。と察した。どちらかというと、彼はとても呆然としていた。何も考えられないようだ。ただ、マークと距離を保ってぐすぐすと泣くシュリーを無言で見つめるだけ。
かくいうメディアも、一体どうしたら良いのか分からなかった。もう何をすればいいのか、どんな反応をすればいいのか。マークとシュリーを少し離れた位置で見守るようにするしか出来なかった。もしかしたらこの対応も間違っていたのかもしれないし、かといって当事者同士でないメディアが早々何か文句をつけていいような話でもなかった。
戦が終わり――一ヶ月と少し。漸く故郷に帰ってきたメディアは複雑そうな表情でマークを見つめた。
あう。とシュリーの腕に抱かれる産まれて少ししか経っていないであろう赤子が、不思議そうに声を上げた。
「――何が悪かったんだろうな……」
ぐす、と泣きながら酒を煽るマークを複雑な表情でメディアは見つめていた。
酒を煽っては居たが、数日前のように騒いで飲むような話題でもなく久しぶりに帰ってきたメディアの家でマークと二人っきりで飲んでいた。といっても、飲んでいるのはマーク一人でメディアはどうしたら良いか分からない。
――年頃の娘としてはどうかと思うがこの手の話題はそもそもメディアには向いていなかった。
恋人すら、産まれて二十年近いメディアには一度も居たことが無かったし、そもそも恋愛をしようと思おうぐらいなら村のすぐ近くにある森で狩をしていた。そんな生活をしていた。
マークとシュリーを見て、幸せになれとこそ思ったが羨ましいと思うことはなかった。ほほえましく見守っているポジションがとても心地よくて、村人からそういうのに興味はないのかとせっつかれても自分の色恋沙汰には興味がないまま育った。
だから、ぼんやりと思う。
――一体、何と声をかけるべきか。
二年ぶりに会った恋人には生後数ヶ月も経っていない赤子が居た。それは、村の若い男との子だという。
赤子が出来てしまった後にだが結婚式も済ませてしまい、今は旦那と子供も居るというのだ。
最初、それを聞いたときはメディアもマークも唖然とした。
嘘だと思いたかった。
けれど涙を流すシュリーはこれっぽっちも嘘を言っていなく、それからはずっと謝罪の言葉を繰り返していて。やがて姿を見せた他の村人たちも罰が悪そうに目を逸らした。その後訪れた旦那だという男も複雑そうにマークとメディアの名を呼び。まるで、帰って来ないほうが良かったかの雰囲気にマークとメディアはその場を離れた。正確には呆然としていたマークを連れて、彼の家に挨拶に行った後、二年放置した我が家へと戻ったのだ。
――死んだものだと、思われていたらしい。
一年前、定期的にしていた連絡が二人して途絶えて。その頃に激しくなった戦況を考えて。
きっと、彼らはもう帰ってこないだろうと。
そのとき、もう二人は帰ってこないのだろうかと揺らいでいたシュリーと、ずっとシュリーを好いていたという今の旦那が共に夜を過ごし始め、赤子を授かり、バタバタと結婚騒ぎになったという。
マークの家族だけは、マーク達が亡くなったかのように振舞う彼等を認めなかった。
だから、墓が無かったこととメディアの家がそのままなことだけは唯一の救いだったのかもしれない。
故郷の若い連中にお土産に、と買ってきた酒瓶達はマークの自棄酒にどんどん消化されていてそれを、「土産」だと咎められるほどメディアも優しくはなかった。
まるで、帰ってきた自分達がいけないかのように。そんな風に感じられた。
マークの家族だけは柔らかく自分たちを迎え入れてくれた。
お帰りと泣いてくれたのはあの家だけだったなあ。
そんなことを考えながら、メディアはそっとマークのグラスに酒を注いだ。
瓶から零れ落ちた最後の一滴が、一度も泣いていないメディアの涙のようだと。マークは静かに酒を煽った。
メディアは、家族が居ない。幼い頃に他界して、それ以降マークやシュリーの家族に度々お世話になりながら一人暮らしを続けていた。
大人の連中に混ざって狩をし、森で一夜を過ごすこともあった。幼い頃は女の子なんだから辞めなさいとよくシュリーに怒られたがそういう生き方が自分にはあっている気がしてそういった行動ばかり取っていた。
剣を握ったのもその頃だ。もうちょっと大きい獲物を獲りに行こうと思って森の深い場所まで潜り出して、狩の腕も上がり盗賊の類も倒せるようになっていた。
その頃にマークも狩に興味を覚え、二人で森の奥まで何日がかりで潜ったのかも分からない。そのたびにシュリーにはぷんすかと怒られたものだ。
大人しいが、暗いわけではなく明るく、優しい。包み込むような優しさは年頃の女の子としては、人から見てとても理想の女の子だったのだろう。シュリーはモテたし、それに焦ったマークは慌てて彼女に交際を申し込んだ。それを、嬉しそうに受け入れるシュリーが居た。
その頃を思い出して、泣き潰れた幼馴染の頭をそっと撫でる。
――何が悪かったんだろうな。
彼が呟いた問いをそっと胸の奥で呟いて。
マークは、自分を待てなかったシュリーを責める言葉は一度も口にしなかった。
ただ、何も。何も彼はシュリーに思いをぶつけず。
こうして、此処で飲み潰れていても誰かを責めること等せずに。かといって、自分を責める事もせず。
ただ呆然とそれを受け入れようとしていた。
「――……貴様は、優しいな」
家族だけは、信じていたことが救いだと。だから良いのだと。
二年間此処に帰ってきて、シュリーと結婚することを糧に生きてきたこの男はこんな仕打ちを受けても優しかった。
きっと、戦など起きなければ二人は幸せに暮らせたのだろう。そんな未来が、あったのかもしれない。
「少なくとも、貴様に悪いとこなど何処にもなかったよ」
「――ありがとな、メディア」
そのメディアの一言で、救われた気分になった。
自分の頭を撫でる手に、心地よさそうに目を細めて礼を告げるとメディアは小さく笑った。