01
「――俺は、この戦争が終わったら」
待て、言うな親友よ。その言葉は口にしてはいけない言葉ナンバーワンだ。
「――結婚するんだ」
親友よ。それを、人は死亡フラグという。
「――メディア」
「何だ」
「何でそんなに不機嫌なんだよ」
不思議そうにメディアの隣を歩く青年は頬を掻いた。後ろから、メディアの部下の「一体何したんだよ」と茶化すような声が聞こえ、男が膨れっ面になる。これから戦だというのに何故か妙に暖かいこの空気は、此方の国の方が有利だからという理由があるからだろう。
メディア、と呼ばれた女は膨れっ面の男を睨み付けた。開戦の地に向けて出立して二日。幼馴染である彼等の雰囲気は妙な物であった。
「これが終わったら帰れるんだぜー。もっとこう、頑張るぞー!見たいな感じにならないわけ?」
青年が頭の後ろで手を組みながらそういう。それを、ちらりと横目で見つめたメディアは深々と息を吐いた。カチャリ、と彼女の相棒である剣が腰で音を鳴らした。
幼馴染であるメディアと男――マークが兵士になったのは、彼等の出身地である村の徴兵が理由である。
二年前、来る開戦に備えて徴兵が行われた。
彼等の小さな村からは二人、兵士として軍に送れば良かったのだが若い男が少なかったこと。その男たちの家庭事情が複雑だったこと。その村一番の実力者がメディアであったこと。
など諸々の事情から、特例としてメディア=リーンは徴兵に参加しこの時代極めて稀な女兵士となった。
この時代、女人はそもそも軍学校を卒業していないとなれないのだが彼女の実力は軍に十分通じるものであり、彼女の徴兵に異議のある人物は存在しなかった。
そしてあと一人は、メディアの幼馴染。村で二番目の実力者だったマークが選ばれたのだ。
――彼らが兵士となって、戦に身を投じてから二年。ようやく、戦は終わろうとしていた。
二人して此処まで大きな怪我なくやってこれたのは、一言で言えば実力ともいえるし、長い付き合いで戦い方が分かっている二人の支え合いがあったからともいえる。
では何故、此処で二人が気まずい雰囲気になっているか。
それは一言で言えばマークの安易な一言がいけなかったのだろう。
だが、マークは知らなかっただけなのだ。彼のその一言が不吉な事柄を匂わせる言葉だったなど。
それは、出立前日にさかのぼる。
出立前日、最後の休暇にメディアとマークは酒を飲み交わしに行った。其処は都心に来て二年。二人にとって、馴染みの酒屋と言える心安らぐ場所だった。
二人にとって、というよりは兵士にとって馴染みのある場所であり、二人が酒屋に行った時には既にメディアの部下達が盛り上がっていた。上官が居ても安らがないだろうから、とメディアとマークは少し騒ぎとは離れた場所で、酒を飲み交わす。
互いに互いのグラスに酒を注ぎ乾杯。と軽くグラスをぶつけた。
「開戦して、もう二年だとよ。――あいつ、綺麗になってるかな」
「……ああ。なっているだろうな」
うっとりとした表情でグラスを揺らすマークに苦笑しながら、メディアもグラスの酒を勢い付けて飲み干す。徴兵メンバーとはいえ実力から、少し高い地位に立つ彼らでもこの時期の酒は少々高い。けれど、戦が終わったら帰るのだからと村には無いような良い酒をたくさん頼んだ。
幾つかの瓶を空け、互いに頬を赤く染めた頃。他愛もない話に花を咲かせ馬鹿みたいな酔っ払いのやり取りをしていた時。マークは唐突に、切り出した。
その頃には、離れた場所で騒いでいた部下達も折角だからと此方に加わって大きなテーブルを囲んでいて、マークの言葉に部下達はきょとん。と首を傾げた。
だが、幼馴染であるメディアだけはしっかりとその言葉の意味を汲み取っていた。だからこそ同意を示し、疑問符を飛ばす部下達に苦笑を浮かべながらグラスに酒を注ぐ。
彼らにはもう一人、年の近い幼馴染が居る。
兵士として村を出る前に最後まで別れを惜しんでくれた女人が居た。
「……シュリー」
マークが、幼馴染の名を小さく口にした。
シュリー。それがメディアの親友であり、マークの恋人である幼馴染の名前だった。
それを耳にした他のメンバーは「女か!?」「女が居るのか!?」とマークの頭を小突き始めた。戦中だとどうしても男は女に飢えるようで、羨ましそうに、憎そうにマークを小突く部下をメディアは笑いながら見ていた。
メディア自身女であるし、欲求もある方ではない。彼らが其処まで羨ましがる理由はよく分からないが、そういうものなのだろうと彼らに向かって声をかける。
「ああ。マークの女だよ。とびっきり可愛い」
女の自分から見ても十分可愛い。花のような、という表現がよく似合う笑みを浮かべる。それが彼等の幼馴染だった。
マークの幼馴染であり、更に同性であるメディアの言葉を聴いて部下達は更に盛り上がった。やれ、どんな女だ。何時からの付き合いなのか。連絡は取っているのか。将来の約束はしたのか。まだマークはその問いにひとつも答えていないというのに皆して間を置かずに質問をしまくっていた。
降参だ、というように。マークは両手を挙げて「分かった話すよ話すよ!」と迷惑そうに、けれど幸せそうな笑みを浮かべて空になったグラスに酒を注いだ。
メディアとは正反対の、物静かで少し気弱な女の子で。
徴兵の三年前――つまり五年前からの付き合いであって。
連絡は戦の勢いが増して一年前からは出来なくなったが、それまでの一年半しっかりと手紙のやり取りをしていて。
将来の約束は――出立前にしたんだ。だから――
あ。ちょっと待て。メディアがグラスに口を付けて止まった。そっから先は言ってはいけな――
「俺はこの戦争が終わったら結婚するんだ」
ああ。言っちまった。メディアは額を押さえた。
それまでの心地よい気分が急激に冷めていくのを感じた。
死亡フラグ、という言葉がある。
それっぽい行動、発言をすると「ああ、コイツ死ぬんじゃないかな」と客観的に悟ってしまうことができる。
――つまり、メディアは悟ったのだ。
マークの言葉を耳にし。こいつ、きっと死ぬんだなあ。と。悟ってしまったのだ。
「――……メディアまだ怒ってるのか?」
ぼんやりと、出立前のことをメディアが思い出していると先ほどまでの膨れっ面は一体何処に言ったのか。目の前の幼馴染はしょぼくれた表情を浮かべて此方の様子を伺っていた。
不機嫌であったが、別に怒ってはいない。メディアもメディアで分かっているのだ。
――決して好きで彼が死亡フラグを立てたわけではないことを。
ぽり、と頬を掻いてメディアはそっと首を横に振った。内心では、フラグを立てた目の前の男を一体どうすればいいのかと考えながら。
そのメディアに少しだけ安堵しながら、けれど納得していない表情でマークは首を傾げた。
「じゃあ、何で不機嫌なんだよ」
「……ちょっとマークに呆れてるだけだよ」
「えっ何で!?」
「いやあ、この男都に置いてくるべきだったかなって」
「うっそ!?俺そんなに役に立たない!?」
戦力の面ではとても、役に立つ男だよお前は。
そうメディアは小さく苦笑して、手を伸ばして自分より背の高いマークの頭をそっと撫でた。
胸に広がる不安は死亡フラグの立つ言葉を聴いてしまったからなのか。
それともただ単に自分の勘が良くないことがおきると告げているのか。
終戦間近で緊張しているからなのか。
よく分からなかったが。
ただ、隣の幼馴染がこれ以上フラグを立てずに来たる最後の戦で生き残れますように。
とぼんやり考えて。
――いざとなったら、んなフラグ私がへし折ってやろう。
故郷に残してきた幼馴染を思いながら、静かに握りこぶしを作った。
何となくで書き溜めて、何となくで始めてみた