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Choco for Two

作者: 榛奈 伶奈

「ね、瑠璃からはチョコもらえないの」

「何、ふざけたこと言ってるの。ヒロくんは、バレンタインっていう言葉の意味を知らないの」

 呆れたような口調でそう言いながら、瑠璃はあたりにちらばっている書類の山を片づけている。

「冗談いってる暇があったら、これ片づけて」

 そう言ってドンと目の前に置かれたものは見て見ぬふりで、宏樹は瑠璃にくいさがっている。

「じゃあ、これ全部片づけたらチョコくれる?」

「あのね。バレンタインって女の子が好きな子にチョコあげるの」

「それはわかっているよ」

「じゃあ、私の答えもわかっているでしょ。隣同士で小学校からずっと一緒。でも、だからって、ヒロくんにチョコあげる義理はないわ」

 瑠璃のその言葉に、宏樹は恨めしげな視線をむけている。しかし、そんなことでくじけるということはないのだろう。宏樹の座っている椅子の後ろにある箱の中身を知っている彼女は、これみよがしなため息をついてもいる。

「ヒロくんは、生徒会室をチョコの箱で占領しているの。八方美人であちこちから貰っているのに、その上まだ請求するの」

「だって、瑠璃からのが欲しいんだから」

「あなたの熱烈なファンに知れたら殺されるわ。そんなのはまっぴらごめん」

 そう言うと瑠璃はこの話は終りとばかりに打ち切っている。そのことにすっかり落ち込んでいるような宏樹をからかうような声。

「会長、またふられてる〜 瑠璃先輩、休憩してお茶しませんか」

「あら、井上君。そっちは片付いたの」

「当然ですよ。後は会長の仕事だけ」

「慎也、それ以上、瑠璃にくっつくな」

 どこか脅しともとれそうな宏樹の声を無視するかのように和気藹々と喋っている瑠璃と慎也。そんな二人の様子にふてくされたようになった宏樹は、目の前にあるものとの格闘を始めているのだった。

 やがて部屋の中にただよってくる甘い香りと陶器のカチャカチャ触れ合う音。そして、瑠璃のよく通る声が部屋の中に響いているのだった。

「皆さん、お茶が入りましたよ。ティータイムにしませんか」

 彼女のその声に、部屋のそこかしこにいた面々が集まってきている。そんな中、瑠璃はてきぱきとコップを手渡している。

「瑠璃ったら本当に気が利くんだから。嫁においで」

 そう言いながらむぎゅとばかりに抱きついてくる友人の言葉にも動じるところもなく、瑠璃はさらりと切り返している。

「嫁にいこうかしら。なんてったって、やんちゃで我儘この上ない困り者がいることだし」

「おいで、おいで。瑠璃だったらいつでも歓迎。あんな自己中ほっとけばいいの」

「はい。じゃあ、これは香織の分。これで全部だったかしら」

 自分のところにはまだ何も持ってきていないのに、これで全部という瑠璃の言葉。それに一瞬、うろたえたような宏樹だが、そのことを言葉にするのもどこか癪にさわるのだろう。勝手にすれば、というような顔で和気藹々とティータイムを楽しんでいるメンバーの方を気にしながらみてみぬふりをしている。そんな宏樹のところに瑠璃は他のメンバーに渡したコップよりも大き目のカップを持ってやってきている。

「はい。これがヒロくんの分」

「どうして、俺のだけ違うの」

「あら、いらないの。じゃあいいわよ。向こうに持っていくから」

 ちょっとすねたような瑠璃の声に、宏樹は慌ててカップを受け取っている。一口、中のものを飲んだとき、おかしな顔をしている彼を瑠璃は知らん顔をしてみている。

「やっぱり瑠璃の紅茶って最高」

「香織ぐらいよ、そんな嬉しいこと言ってくれるの」

 語尾にハートマークがついているような明るい声でこたえる瑠璃。その会話の端々に、何か腑に落ちないという表情を浮かべている宏樹。

「会長、どうしたんです。瑠璃先輩の紅茶、おいしくないんですか」

「い、いや。そんなことはないさ。瑠璃の紅茶は最高だよ」

 そう言うなりカップを脇にやり、先ほどの続きを始めた宏樹の姿に、慎也は何も言えないようだった。どうにも尋ねるという雰囲気ではない。そのためか、慎也は宏樹にちょっかいをかけるのを諦めると、楽しげに話しているメンバーの輪の中に入っている。彼が自分のそばからいなくなったのを確かめると、宏樹は再び、瑠璃が自分に渡したカップに口をつけていた。

 コクン――

 どう考えてみても、紅茶の味はしない。ちょっと苦味を感じさせる甘い味。

「紅茶じゃないよな」

 ポツリと宏樹がそう呟いたとき、自分の後ろから手を回してくる相手があった。

「バレンタインだもん」

 自分の耳にそっと囁きかける相手の声に気がついた宏樹は、カップの中身にようやく思い当たっていた。それは紅茶ならぬショコラチョコレート。おそらく、それが瑠璃なりの心遣いだとわかったのだろう。

「瑠璃もそれならそう言えばいいのに」

「だって、くやしいんだもん。まるで言われたからあげたみたいで」

 拗ねたようにそう言う瑠璃の頭をコツンと小突いた宏樹は、カップに残っていたショコラを一気に飲み干していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、灯夜って言います。 学生時代特有の雰囲気が良く、主人公の心情も共感出来ました。 これからも頑張って下さい。
[一言] 実に読みやすく、また面白い作品でした。 最後は本当に甘くて思わずにやけてしまいました(笑)
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