第一条 到着の気配 8
昨日の一件は様子を見ようということで落ち着いた。
おおかた、土着の術師かコスカスの偵察か。誰かが遠路を使用すれば近くの魔法使いにはなんとなく気配でわかるものだ。
都市部で頻繁に遠路使用のある神殿ならば使用余波を遮断する施設が整っていたりもするが、ルパートの言によれば身内しか使わないらしいのでそれも必要無いのだろう。
シアたちがアンジェラ神殿に到着したことを察知した誰かが、様子見に送ってきたのだ。
「多分鳥型。飛んで行ったうちの一羽が使い魔だろうな」
シアは昨日放り投げたのと同じ果実にかじりつきながらそう言った。
昨晩遅くまで二人であれこれ計画を練ったがまとまらず、結局今日になってぷらぷらと村の中心部にやってきたのだ。それだけ情報が少ない。
二人が調査をするはずの児童失踪事件を調査しているという北コスカス神殿は地域保安に力を入れているという領主兼神殿長が取り仕切っている神殿だ。近隣の治安にも気を配っていると言えば聞こえはいいが、保安という大義名分でもって統治者のような振る舞いをしているのが実情だろう。
神殿のものも、コスカス地域のものも「自分たちが他の地域を守ってやっている」という考えに取りつかれているのか、横柄な態度を取るものも多かった。とりわけ国防職や公安職の魔法使いを侍らせているコスカス貴族は厄介だ。
「俺たちがあの部屋に入った時にはいなかったと思うんだけどさ。陽が沈みかけたころに湧いたんだよね。気配が」
レインは露天で買った飲み物入りの袋に口を付けながら、やる気の無い口調でそう言った。
村の中心にある広場には多くの露天が立ち並んでいる。噴水の縁に腰をおろし、晴れた空を見上げるレインは空の一点を指さした。
そちらを見れば、昨日追い払ったのによく似た鳥が飛んでいる。
「俺も、部屋に入った時には気がつかなかった。窓の外だったって言うのと、まさか見張られるとは思っていなかったってのもあったから「絶対にいなかった」とは言い切れないけどな」
「でも、シアの家柄を明かしても鳥は消えなかった。だったら家柄身分は『気にしていない』か鳥には音が『聞こえない』か。どちらにしろ大した客じゃねぇな」
レインがずるずると音を立てて袋の中身を飲み干す。
「もうひとつ選択肢があるぞ」
シアはため息とともに口を開いた。
「知っている可能性もある。コスカスの貴族が絡んでるなら……」
レインは口をあけて袋から水滴を垂らし、完全に空になったことを確認してから袋の握りつぶした。
青い瞳に険呑な色が灯る。
「……御家騒動ってやつだったっけ。真相を知ってるなら好都合じゃねぇか。積年の恨みも事件の解決も一遍に済ませちまおう」
にやりと笑ったレインの口元には、わずかに犬歯が覗いた。
やっぱり猫っぽいな。
鼻息荒くたちあがりああでもない、こうでもないと思案を巡らせているレインを見ながら、思わず口元がゆるんでしまう。
他人にはあまりかかわらず気まぐれなこの若い相棒は、ひとたび自分の近くに寄せた人に対しては大層な人情家だ。
「まぁ、ほどほどにな」
シアは大柄で腕っ節も強い。しかし、基本的には平和主義な彼は苦笑とともに少しだけ水を差すことを忘れなかった。