第一条 到着の気配 2
レインはにやりと笑みを浮かべた。
「間違うも何も、今回の刑は「氷止」だぞ。初級も初級。断罪刑でも禁固刑でもなくただの拘束刑。俺たちは村で起きてるなんとかっていう事件を調べて、犯人を連れて神殿に帰るだけ。唯一の心配は、お前の氷止がちゃんと発動するかどうかってことくらいだ」
「うるせえな。氷止くらいできるに決まってるだろ」
「おし。んじゃ練習してみようぜ」
レインは音を立てて本を閉じると、布製の黒い袋から紙包を取り出した。
「これが対象物な。きっちり発動させろよ」
「任せろ」
レインはペンで包に独特の文法で高さと速さを書き込み、ペンでこんこんと二度ほどはじく。次に瞬間、包はまっすぐに夜空へと飛んで行った。木々の間を抜けてやがて姿は見えなくなった。。夜空には無数の星があるだけだ。
「三十サバン位の位置で止まってからゆっくり落ちてくるように設定した。ちなみにランダムに角度と速度は変わるはずだ。目視できるようになったらはじめようぜ」
「三十サバンっていうと……大聖堂の塔くらいの高さか?」
「大聖堂はもうちょっと高いんじゃねぇの。十階建ての建物くらいだろ。ええと、アレだ、学院の図書館棟くらい」
シアはじっと夜空に目を凝らしながら「なるほど」とつぶやいた。次の瞬間鋭く息を吸う。レインはそれを合図に使い込まれた法典をめくり、読み上げる。
「刑法第298条8則2補。不法浮遊にて氷止「囲」を求刑」
シアの二本の杖が青白く燃え上がった。両手に一本ずつ持った杖の先端を合わせるようにして夜空へと向ける。炎は杖先に集まって勢いを増した。
「発動!」
炎は一直線に包に向かって飛んでいくが脇を掠めるだけで包には当たらない。
「くそ! 発動! 発動!」
杖を回転させると続けざまに小さな炎が飛んでいくが、どれも包には当たらなかった。シアは何度も杖を回転させ、葉を散らせたが包は素知らぬそぶりでシアとレインに近づいている。
包の色がわずかに変わった。外からの障害である雨や風や野生動物などから身を守るために張った膜を突き破ったのだ。
「……安全壁を越えたぞ。いい加減にしろよ。安全壁ひとつで俺たちの一日分の給料が飛ぶんだからな。補修はシア持ちな。ちゃんと捕捉しろよ」
「わかってるよ。なんかもっと使い勝手のいいやつ出せよ」
「刑法第35条65特則。侵入罪にて氷止「索」を求刑」
「は? 索? ……は、発動!」
シアの杖からはうねるような光が伸びていくがこれも包を捕らえられなかった。光の紐は無様な軌跡ばかりを描いて包に絡まるどころか、触れることもできずにあちこちにうねうねと向かっていった。
「違うだろ、もっとこう。さっと、ぱっと、ぐっといけるやつ」
「あぁ? ふざけんなよへたくそ。俺のせいにすんじゃねぇよ。公務員保全法第32条 接近防御求刑特則い-2 氷止「籠」を要請」
レインは不機嫌さも顕わに刑を読み上げる。シアは何度も「発動」と繰り返すが生み出される無骨な籠は、包の周りの空間を切り取るだけだった。
「……おいコラ。まじめにやってんだろうな」
「ちょっと調子が悪いんだよ。良いから次!」
「特法 公務執行妨害 氷撃「スピア」求刑」
「スピア!? は、発動!」
シアが右手に持った杖から放たれた強烈な光が夜空を貫いた。光の直径は両手でひと抱えほどはあっただろう。その光の一撃は包を跡かたもなく消し去った。
きらきらと光る粉が二人の上に落ちてくる。
レインはそれはそれは大きなため息を吐いた。
「アレだな、帝国の火炎大砲で鳥を落とすみたいなもんだな」
シアは消え去った包のあたりを目をこらして見上げていた。
「せーんーぱーい?」
レインのそれそれは美しい声を聞いて、シアの背中をいやな汗が流れた。
「ま、訓練しろや。残念ながらシア先輩の夕食のおかずは消え去ったけど」
「あ、アレ、俺の!?」
レインは何事もなかったかのように再び本を開いて読み始めてしまった。