↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
88/115

第八十五話 空の荷台

翌朝。


俺はまた荷車置き場にいた。


昨日とは見るものが違う。


車輪でもない。


予備でもない。


荷台。


「今日は何を調べるんです?」


顔を覚えられた御者に聞かれた。


「空いてるところ」


「荷台の?」


「うん」


御者は自分の荷車を見る。


荷物が半分ほど積まれている。


木箱が四つ。


袋が二つ。


荷台の後ろ側には、まだかなり空間がある。


「まだ積める?」


「物だけなら」


「物だけ?」


「重さもありますから」


最初から一つ増えた。


空間がある。


だから積める。


ではない。


「重すぎると?」


「馬が大変ですし、荷車にも負担がかかります」


昨日まで見ていた車輪。


荷物を増やせば、軸や車輪への負担も増える。


「じゃあ荷台が空いてても満杯?」


「そういうこともあります」


帳面を開く。


『空いている場所と、運べる余裕は同じではない』


荷台の大きさ。


重さ。


荷物の形。


壊れやすさ。


馬。


道。


「今日はまだ積める?」


「これは軽い荷物なので、もう少しなら」


「なんで空けてる?」


御者が答える。


「帰りに積む予定があります」


昨日と同じ。


行きだけで全部使わない。


帰りの仕事がある。


「行きでいっぱいにしても、帰りは空になるよね?」


「行きの荷物は降ろしますからね」


そうか。


行きで空間を残す必要はない。


なら、なぜ今は半分?


「荷物がこれしかないからです」


単純だった。


「もっと集めてから出れば?」


「待っていたら、届けるのが遅れます」


量。


時間。


満杯になるまで待つ。


効率は良くなるかもしれない。


でも今ある荷物が遅れる。


「いっぱい積むのと、早く出るのが反対」


「よくありますよ」


御者が言う。


また全部は満たせない。


一台を満杯にする。


一回でたくさん運べる。


でも荷物が集まるまで待つ。


少ないまま出る。


一台あたりの運ぶ量は減る。


でも早く届く。


「傷みやすいものなら?」


「待たないこともあります」


保存できる時間。


ここでも関係する。


冷却箱からずっとつながっている。


「荷台を埋めるために待って、野菜が傷んだら意味ない」


「そういうことです」


俺は帳面へ書く。


『積載量を増やすための待機は、配送時間を延ばす場合がある』


『荷台を最大まで使うことと、荷物を早く届けることは両立しない場合がある』


荷車が出発する。


今日は乗らない。


まず、出ていく荷車を見る。


一台目。


半分くらい。


二台目。


かなり積んでいる。


三台目。


小さな荷物が一つだけ。


「あれ、もったいなくない?」


思わず言う。


御者が笑った。


「急ぎです」


「一個だけ?」


「一個だけ」


「別の荷物待たない?」


「待てないから急ぎなんでしょう」


正しい。


荷台のほとんどが空。


運べる能力だけ見れば、かなり余っている。


でも目的は、


荷台を埋める。


ではない。


荷物を期限までに届ける。


「空いてても無駄じゃない?」


少なくとも、この荷車では。


空いていることより時間が重要。


「空きにも理由がある」


予備と似ている。


見た目だけでは無駄かどうか分からない。


「じゃあ、本当に無駄な空きってある?」


「ありますよ」


御者があっさり答えた。


「あるんだ」


「帰りに荷物がなくて、空で戻る時なんかはね」


それが見たい。


「今日ある?」


「探せば」


御者たちに聞いてもらう。


午前中に町へ荷物を届けて、そのまま屋敷へ戻る予定の荷車が一台あった。


帰りの荷物はない。


「乗れる?」


父上の許可。


護衛。


マリー。


先生。


条件が揃えば。


今回は町まで行く必要はない。


行きの途中まで同行し、戻ってくる別の荷車を観察することになった。


「増えましたね」


マリーが荷車へ乗りながら言う。


「何が?」


「人が」


俺。


マリー。


先生。


護衛。


「俺が観察するせいで荷物増えてる」


正確には人。


その分、荷車の負担も増える。


「また変えた」


観測者がいることで観測対象が変わる。


庭でやった。


俺は帳面へ書く。


『本日の荷車――観察のため通常より乗員増』


忘れない。


荷車が動き出す。


揺れる。


ごとごと。


昨日、御者に乗れば分かると言われた。


確かに分かる。


「野菜これずっと受けてる?」


木箱を見る。


揺れる。


荷物は固定されている。


布。


縄。


隙間には詰め物。


「何もしてない箱より違う?」


「当然です」


御者が答える。


荷台の空間を全部埋めることより。


荷物が動かないようにする空間が必要。


「隙間あるのに、そこへ荷物入れない?」


「固定できなくなります」


空間そのものが役に立つ。


冷却箱でも見た。


大きな容器で奥を塞がない。


隙間を残す。


荷車でも同じ。


「空いてる場所、全部使えるわけじゃない」


俺は荷台を見る。


人が歩くため。


荷物を取り出すため。


縄を掛けるため。


揺れてもぶつからないため。


「空間にも仕事ある」


マリーが笑う。


「何もないのに?」


「何も置かない仕事」


庭師。


料理長。


予備。


最近、何もしないものばかり見つかる。


しばらく進む。


道が悪くなる。


揺れが大きい。


御者が速度を落とした。


「遅くなった」


「ここは荒れていますから」


「荷物軽いのに?」


「壊したくないので」


速く走れる。


でも走らない。


馬も。


車輪も。


荷物も。


「速度にも余裕?」


出せる最大の速さ。


普段使う速さ。


同じではない。


「いつも全速力で走らない?」


御者が振り返る。


「馬を潰す気ですか?」


「ない」


最大性能を使い続けない。


魔法でも同じだ。


限界まで大きくした球は、修正が増えて崩れやすくなった。


余裕を残した方が維持しやすい。


「荷車も限界で使わない?」


「普通はね」


最大積載。


最大速度。


それを常に使うとは限らない。


道が悪い。


天候。


馬の状態。


長距離。


荷物。


「最大って、普段使う数字じゃない?」


先生が答える。


「道具によりますが、限界と通常の使用条件は分けて考えた方がよいでしょうね」


俺は大きく書く。


『使える最大と、普段使う量は別』


これは冷却箱にもありそうだ。


最大まで詰める。


最大まで冷やす。


最大出力。


それが一番良いとは限らない。


途中の分岐で俺たちは降りた。


帰りの荷車を待つ。


少しして。


町側から一台来る。


荷台。


空。


本当に何もない。


「これ?」


「そうです」


御者へ聞く。


「荷物ない?」


「今日はありません」


「何か積めない?」


「積む物があれば」


「探さない?」


「毎回探していたら帰れませんよ」


なるほど。


帰る時間。


次の仕事。


馬を休ませる。


御者も休む。


荷物を探すために町を回れば時間がかかる。


「空で帰るのと、荷物探すの、どっちが得?」


「荷物がすぐ見つかるなら積みたいですよ」


でも見つかる保証はない。


「情報?」


俺は思いつく。


帰りに、


ここからあそこへ運んでほしい。


という荷物があると先に分かっていれば。


探さなくていい。


「予定が分かれば積める?」


「行き先と時間が合えば」


行き先。


荷物があるだけでは駄目。


屋敷へ戻る荷車。


反対方向へ運びたい荷物。


載せても意味がない。


「方向も合う必要」


「当然です」


時間。


方向。


大きさ。


重さ。


荷物の種類。


「条件多い」


空の荷台を埋める。


簡単に見えた。


でも。


何でも載せればいいわけではない。


「帰りの荷物ってどうやって見つける?」


「商会から頼まれることもありますし、出る前から決まっていることもあります」


「途中で?」


「頼まれることもあります」


情報があれば。


空きと荷物をつなげられる。


「空いてる荷車があるって、相手が知らなかったら?」


「頼みようがないですね」


また情報。


物がある。


荷車もある。


でも互いを知らない。


それだけでつながらない。


「空きも情報になる?」


先生が頷く。


「誰かが利用しようとするなら」


荷車。


明日の午後。


町から屋敷へ戻る。


荷台にこれくらい余裕。


その情報が分かれば。


同じ方向へ荷物を送りたい人が使えるかもしれない。


「伝票の前だ」


荷物が動き始める前。


荷物と空いている荷車を結びつける情報。


「商人がやってる?」


「当然、似たことはしていますよ」


御者が答える。


やっぱり。


世界はもう動いている。


商会。


運送業者。


荷物をまとめる。


行き先を合わせる。


荷車を手配する。


俺が思いつく前から。


「見たい」


今度ガルドに聞く。


でも今日は空の荷台。


帰り道。


空の荷車へ俺たちが乗った。


「もう空じゃない」


「坊ちゃんを荷物扱いしてよろしいので?」


御者が笑う。


「重さは増えた」


人が乗れば、完全な空荷ではない。


でも商品はない。


御者は来た道を戻る。


途中。


小さな店の前で止まった。


「何?」


店の人が箱を一つ持ってくる。


「荷物あるじゃん」


「さっき頼まれました」


屋敷の近くまで運ぶ荷物らしい。


「偶然?」


「顔見知りですからね」


店の人が、御者がこの道を戻ると知っていた。


だから頼んだ。


「予定表なくても情報ある」


人間関係。


習慣。


いつも通る。


誰がどこへ行く。


それを知っている。


「知らない人は?」


頼めない。


「商会なら?」


もっと広く集められる。


一人の御者が知っている荷物だけではなく。


複数の依頼。


複数の荷車。


それを組み合わせる。


「だから商会いる?」


それだけが仕事ではない。


でも一つの役割。


情報を集める。


荷物をまとめる。


運べる人へ渡す。


「荷車を増やさなくても運べる量増える?」


空いていた場所を使えれば。


同じ台数でも。


運べる荷物は増える。


「新しい荷車買わなくていい」


設備を増やす前に。


今ある空きを使う。


冷却箱でも似たことがあった。


置き方。


扉の開け方。


使い方。


道具そのものを改良しなくても、運用で変わる。


「性能を上げるだけが改善じゃない」


同じ荷車。


同じ馬。


同じ道。


でも行きと帰りに荷物を載せる。


一台から得られる仕事が増える。


ただし。


「全部埋めようとしたら待つ」


そこは忘れない。


空きを減らすことが目的になったら。


急ぎの荷物を待たせる。


遠回りする。


馬が休めない。


御者の仕事が長くなる。


「空きをゼロにするのが正解じゃない」


昨日と同じ。


予備も空き。


必要な空き。


無駄になっている空き。


見た目では区別できない。


目的と理由を見る。


屋敷へ戻る。


午後。


御者たちの記録を少し見せてもらう。


細かな積載量までは残っていない。


行き先。


主な荷物。


出発。


帰着。


途中の依頼。


それくらい。


「空で戻った回数分かる?」


完全には分からない。


記録に帰路の荷物が書かれていない日。


でも。


書いていないだけかもしれない。


「無記入は空を保証しない」


また同じ。


だから数えない。


今ある記録から、


何割空荷。


そんな数字は作れない。


「記録を増やす?」


一瞬考える。


でも。


俺が知りたいだけ。


御者全員に毎日、


荷台の何割が空いていた。


と書かせる?


負担になる。


「まず少しだけ見る」


数日。


一台。


御者にお願いして。


行き。


帰り。


荷物あり。


なし。


大まかな量。


空いていた理由。


それだけ。


「協力してくれる?」


朝の御者に聞く。


「坊ちゃんが毎回横で見ていないなら」


「見ない」


紙一枚。


簡単に。


『行き――少・半分程度・多』


『帰り――少・半分程度・多・荷物なし』


正確な割合は求めない。


理由が分かる時だけ。


『急ぎ』


『荷物なし』


『帰路依頼あり』


『重量』


『固定用空間』


自由記述。


「面倒?」


「これくらいなら」


試す。


ずっと続けるとは決めない。


庭でやったのと同じ。


必要な情報が取れるか先に見る。


夕方。


俺は今日の帳面を整理する。


『荷台に空間があっても、重量・固定・荷物の形・取り出し・馬や荷車への負担などにより、追加の荷物を積めない場合がある』


『空間が空いていることと、運搬能力が余っていることは同じではない』


次。


『荷物が少ない状態で出発することには、急ぎ・保存時間・荷物が集まるまでの待機を避けるなどの理由がある』


『荷台を満たすことを優先すると、配送が遅くなる場合がある』


『最大まで積めることと、常に最大まで積むことは別』


さらに。


『帰路の空荷は、条件の合う荷物があれば利用できる場合がある』


『ただし、方向・時間・重量・大きさ・荷物の性質などが合う必要がある』


『空いている荷車と運びたい荷物の双方が存在しても、互いの情報がつながらなければ利用できない』


そして。


『荷車を増やさなくても、既存の空き能力を利用することで運べる量を増やせる場合がある』


最後に一行。


『空きを減らすこと自体を目的にしてはいけない』


ここは囲む。


予備。


隙間。


余裕。


空荷。


全部、空いている。


でも意味が違う。


使えるように意図して空ける。


荷物を守るために空ける。


限界を避けるために余裕を持つ。


たまたま荷物がなくて空いている。


同じ空間でも。


理由が違う。


「空いてるところも観測しないと分からない」


物がある場所ばかり見ていた。


でも。


ない場所にも理由がある。


窓から道を見る。


一台の荷車が戻ってきた。


荷台には荷物。


朝、出ていった時とは違う箱が載っている。


行きの荷物を降ろし。


帰りに別の荷物を拾う。


同じ道具が、一日の中で何度も役割を変える。


「一台が一日でどこまで動く?」


今までは一回の配送を見ていた。


町から屋敷。


屋敷から町。


でも一台の荷車から見れば。


朝、出る。


届ける。


別の荷物を積む。


戻る。


また荷物を積む。


別の場所へ行くこともある。


「荷車の一日」


その動きを全部つなげたら。


何を運んだかではなく。


一台の道具が、どれだけ働き。


どこで待ち。


どこで空き。


どこで止まったかが見える。


俺は新しい頁を開く。


『一台の荷車』


その下へ、


『走っている時間』


『荷物を積んでいる時間』


『待っている時間』


『積み降ろし』


『整備』


と書く。


そこで止まった。


一日二十四時間。


荷車が実際に荷物を運んでいるのは、その一部だけだ。


残りは。


本当に無駄なのか。


それとも。


荷物を運ぶために必要な時間なのか。


次に追うのは荷物ではない。


朝から夜まで。


一台の荷車そのものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。