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第百二話 数字にも時刻がある

朝食の後。


父上に呼ばれた。


執務室。


机の上には。


昨日見た帳簿がある。


薪。


木炭。


油。


屋敷で使う燃料の記録。


「随分、薪に興味を持ったそうだな」


「火をつけられるのに、買ってるから」


父上が少し笑う。


「答えは見つかったか?」


「少し」


魔法でできる。


それだけでは。


薪が不要にはならない。


人の時間。


集中。


魔素。


運び続ける仕組み。


いくつもある。


父上が。


帳簿の一行を指す。


乾いた薪。


五十束。


「では、実際にある数を確認してきなさい」


「俺が?」


「一人ではない。担当の者と行け」


初めて。


考えるだけではない。


数える仕事。


「数が違ったら?」


「違った理由も持ってきなさい」


数だけでは足りない。


最初から。


次の仕事も入っている。


帳簿を管理している使用人と。


薪置き場へ向かう。


名前はロイド。


何度か見たことはある。


でも。


一緒に仕事をするのは初めて。


ロイドが。


小さな板と紙を持つ。


「帳簿では五十束です」


「いつの数?」


ロイドが止まる。


「昨夜、倉庫を閉めた時点です」


昨夜。


今ではない。


薪置き場の扉を開ける。


乾いた木の匂い。


壁際に。


束ねた薪が並んでいる。


同じくらいの太さ。


同じくらいの長さ。


積み方も揃っている。


「数えますか?」


「うん」


一段目。


十束。


二段目。


十束。


三段目。


十束。


四段目。


十束。


最後。


八束。


「四十八」


ロイドも数える。


「四十八ですね」


帳簿は五十。


現物は四十八。


二つ足りない。


ロイドが紙へ書く。


『乾燥薪、四十八束』


「帳簿を直す?」


「その必要があります」


でも。


父上は。


違った理由も持ってこいと言った。


二つ消えた。


盗まれた?


数え間違い?


帳簿の間違い?


使った?


先に浮かぶものは多い。


でも。


まだどれでもない。


「昨夜から今まで、誰か取った?」


ロイドが考える。


「厨房と浴室は、朝に使います」


「記録は?」


薪置き場の入口。


壁に小さな箱がある。


中には。


木札が二枚。


一枚目。


厨房。


一束。


二枚目。


浴室。


一束。


「二つ」


「はい」


昨夜。


五十束。


朝。


厨房へ一束。


浴室へ一束。


今。


四十八束。


合う。


「帳簿は間違ってない」


「ですが、今は四十八です」


「どっちも正しい」


昨夜なら。


五十。


今なら。


四十八。


同じ薪。


同じ帳簿。


数字だけ見れば違う。


でも。


時刻を入れると。


つながる。


ロイドが。


二枚の木札を持つ。


「これを帳簿へ移していませんでした」


「いつ移す?」


「昼と、倉庫を閉める前です」


木札は。


使うたびに増える。


帳簿は。


決まった時にまとめて変わる。


だから。


途中では。


現物と帳簿がずれる。


「遅れてる?」


「そうとも言えます」


でも。


悪い遅れとは限らない。


薪を一束取るたびに。


執務室へ行って。


大きな帳簿を開く。


それでは。


厨房も浴室も止まる。


だから木札へ一度置く。


あとでまとめる。


間に。


一時的な記録がある。


「帳簿だけ見たら、二つ足りない」


「木札も見れば分かります」


一つの数字を。


別の場所が補っている。


次。


まだ乾かしている薪。


帳簿では。


二十四束。


数える。


二十三。


また一つ少ない。


木札はない。


「今度は?」


ロイドの顔が。


少し硬くなる。


もう一度数える。


二十三。


積み方を見る。


端に。


紐がほどけた薪がある。


一本ずつ。


床へ置かれている。


束ではない。


「これ、元は一束?」


ロイドが近づく。


「おそらく」


「誰がほどいた?」


薪を管理する男を呼ぶ。


朝。


湿り方を確かめるため。


一束をほどいたらしい。


まだ束ね直していない。


「薪はある」


「ですが、束としてはありません」


二十四束分の薪。


今ある束は。


二十三。


数えるものを。


束にするか。


薪の量にするか。


それで数字が変わる。


「帳簿は束」


「はい」


「ほどいたら減る?」


ロイドは少し考える。


「今の書き方なら、そう見えます」


薪を使っていない。


なくしていない。


でも。


形を変えただけで。


帳簿上は一つ減る。


束ね直せば。


また一つ増える。


不思議。


でも。


単位を決めたのは人。


束という形を数えている。


木そのものを一本ずつ数えてはいない。


「重さで記録したら?」


「正確にはなるでしょう。ただ、全て量る手間が増えます」


「本数?」


「太さが違います」


「体積?」


ロイドが困った顔をする。


計れないわけではない。


でも。


薪を受け取るたび。


使うたび。


細かく測る必要が出る。


束なら。


見て数えられる。


運ぶ時も。


一束で持てる。


正確さだけなら。


もっと良い方法がある。


でも。


使いやすさまで入れると。


今の束にも意味がある。


「正確じゃない?」


「目的には十分です」


前にも聞いた。


地図。


測定。


必要な情報。


全部を細かくすれば。


良いとは限らない。


「でも、ほどいた時は分からなくなる」


「そこは補った方がよさそうですね」


紙へ書く。


『乾燥中の薪 二十三束』


その下。


『一束は確認のため解束中。薪そのものの不足なし』


数字を直すだけではない。


状態を書く。


そうすれば。


次に見た人が。


なぜ違うか分かる。


倉庫を出る前。


乾いた薪をもう一度見る。


四十八。


今度は。


時刻も書く。


朝食後。


厨房と浴室への払い出し後。


「そこまで書く?」


「父上が理由もって言った」


ロイドが少し笑った。


「確かに」


執務室へ戻る。


父上へ紙を渡す。


乾いた薪。


帳簿五十。


現物四十八。


厨房へ一。


浴室へ一。


乾燥中の薪。


帳簿二十四束。


現物二十三束。


一束はほどいて確認中。


父上が読む。


「帳簿を直す必要は?」


聞かれる。


「乾いた薪は、五十を消さない」


「なぜだ?」


「昨夜の数だから」


その後へ。


朝の払い出しを二つ書く。


現在。


四十八。


そうすれば。


数字が動いた道が残る。


「乾かしてる薪は?」


「二十三束と、ほどいた一束分」


束だけなら二十三。


薪の量なら二十四束分。


両方を書く。


父上が頷く。


「では、そのように記録しなさい」


「俺が書く?」


「持ってきた答えだろう」


帳簿が。


こちらへ向けられる。


少し緊張する。


紙なら。


間違えたら書き直せる。


帳簿は。


他の人も使う。


後から。


父上も見る。


管理する人も見る。


俺の数字で。


次に買う量が変わるかもしれない。


「間違えたら?」


「線を引き、正しい内容を続けて書け。消して隠すな」


間違いを。


消さない。


間違えたことも。


その後に直したことも。


残す。


俺は筆を持つ。


ゆっくり書く。


昨夜残。


五十束。


朝。


厨房へ一束。


浴室へ一束。


現在。


四十八束。


次。


乾燥中。


二十三束。


解束確認中。


一束分。


書き終える。


父上が見る。


ロイドも見る。


「問題ない」


短い言葉。


でも。


少しだけ。


肩の力が抜けた。


「これで終わり?」


「今日はな」


今日は。


ということは。


次がある。


父上が言う。


「七日後、もう一度確認しなさい」


「また全部?」


「同じように」


仕事になった。


一度だけの見学ではない。


決まった時に。


同じものを見る。


変化を追う。


七日後。


乾いた薪。


新しく二十束が届いていた。


使ったのは。


十二束。


残りは。


五十六。


帳簿も。


木札も。


現物も。


合った。


その次。


雨。


届く予定の薪が。


一日遅れた。


数字は合っている。


でも。


予定とは違う。


さらに七日後。


一束の紐が切れた。


今度は。


最初から。


『解束中』の札が置かれていた。


前に書いた記録が。


次の人の動きを変えた。


俺が毎回。


理由を探さなくてもいい。


「札が増えた」


ロイドが答える。


「分かりやすかったので」


小さな変更。


でも。


残った。


洗礼から。


少し時間が過ぎた。


毎朝の魔素訓練。


七日ごとの薪の確認。


先生の授業。


屋敷の中を見る時間。


特別な日ばかりではない。


同じことを。


繰り返す日が増えた。


でも。


同じには見えない。


薪は減る。


届く。


濡れる。


乾く。


ほどける。


束ね直される。


数字も動く。


夜。


帳面を開く。


『初めて任された記録』


その下へ。


『五十と四十八は、時刻が違えば両方正しい』


『数字には、何を、いつ、どの単位で数えたかが必要』


次。


『現物と帳簿が違う時、先にどちらかを間違いと決めない』


『間にある木札と、人の動きを見る』


さらに。


『記録へ理由を残すと、次の人の確認が短くなる』


最後に。


『任されるとは、数字を書くことではなく、次の人が使える形で残すこと』


頁を閉じる。


洗礼の前。


任されるものが増えると聞いた。


その時は。


もっと大きな何かを想像していた。


魔法。


役目。


決定。


実際に増えたのは。


薪を数える仕事だった。


小さい。


でも。


俺が書いた一行を。


次の人が見た。


その人が。


新しい札を作った。


記録が。


次の行動を変えた。


人が作った線が。


また人を動かす。


洗礼の後に変わったものは。


まだ少ない。


それでも。


今日から。


俺の書いた数字も。


屋敷の仕組みの中へ入った。


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