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主題:福祉国家の維持と戦争放棄の関連性について

作者: こまさん
掲載日:2026/08/29

結論:福祉国家の維持のためには国家予算が必要であり、対外戦争にかかる軍事費は国内の社会保障制度を崩壊させる。

 現在、安全保障は多岐にわたり、経済の安全保障・食糧の安全保障が叫ばれている。これらは、グローバル経済の世界において、敵国の生命線を握ることのできる武器をもたない戦争抑止となり得るだろう。翻って、戦争を放棄することが経済を発展させることと同じ論理展開だといえる。ここから考えるに、卵が先か鶏が先かの論争となるが、戦争放棄と経済発展を双璧とし、2者を両輪として考えることで福祉国家を維持できると推測できる。


 戦争が起こる理由は様々であり、友好関係を保っていても同盟は破られるものだ。太平洋戦争開戦に至る経緯を考察すれば理解できるだろう。

 太平洋戦争の前後、日米関係が良好だった時期から悪化した経緯がある。私は、イギリスのチャーチルの関与があったのではないかと考えている。このように考えられる理由は、植民地であったインドを手放すとイギリスの経済が悪化するからだ。

 立ち返って、イギリスがインドを植民地とした理由は、産業革命を起こし世界に先駆けて資本主義体制を確立したため景気の変動を確認できず不況対策を講ずることができなかったことにある。現代において確認されている景気の変動は4つあり、不況と好況は波のように繰り返しやってくる。不況対策は金融政策と財政政策の2柱が提唱されている。イギリスは景気後退のおりに経済の拡大をはかり、安い労働力と豊富な資源を目的としてアジアを支配下においた。

 インパール作戦前、アメリカによる本土攻撃が予見され、ビルマ駐留軍に帰還が命ぜられたが大本営の意向を無視した。おそらく、日本はインドからイギリスを追い払う目的を優先させたのだろう。イギリスは日本兵の本土帰還を狙いインドでの権益を守ろうとした。これがアメリカと日本を戦わせた理由と考えられる。日本本土では兵力が足りなくなり、民間人が志願兵となり、特攻作戦を展開する。

 戦後、復員兵の膨大な数をみれば、玉砕は少なく、ミッドウェー、マレー諸島、レイテが要衝であり、負けた戦いが要衝であったので、敗戦となったことがわかる。これらの要衝を対米の3つの防衛ラインと決定できる。米国と良好な場合、この防衛ラインの意味は低下するだろう。

大東亜戦争末期の太平洋戦争に関する見解

  日本軍側の第一防衛線はミッドウエー海上である。アリューシャン列島の制海権も視野に入れた防衛線である。

 日本軍側の第二防衛線は北マリアナ諸島である。昭和19年7月16日、サイパン駐留の日本軍全滅。同年9月15日、米軍パラオ上陸。当時、攻撃は歩兵と艦上戦闘機のみとみてよく、戦闘機は太平洋を単独で横断することは不可能だったと考えられる。つまり、北マリアナ諸島を突破されると、そこを拠点とし日本列島を攻撃するベースキャンプとなる。

 日本軍側の第三防衛線を守るためにレイテ沖海戦(昭和19年10月20日~25日)が勃発した。第三防衛線は硫黄島付近から沖縄にかけてである。昭和20年2月19日米軍硫黄島に上陸。同年4月1日米軍沖縄に上陸。制空権を取られたことで日本列島が空襲の可能領域に入った。沖縄に上陸するアメリカ軍を、マレー諸島に駐留していた旧日本海軍が沖縄の日本軍と挟み撃ちにしようとしたと推測される。アメリカ軍の一斉空襲で本土内で兵力を分散しなくてはならなくなったと思われる。これらは私の見解であり、司令官は軍艦と共に海中に沈み、史料がなく推測の域をでない。蛇足ながら、米軍の通航を妨げるために多数の軍艦を海中に沈めた可能性もあることを付け加える。

 3つの防衛線は、敵国軍の日本本土への上陸を阻止するためのラインである。余談ではあるが、大本営は第二防衛線上を主戦場としたため、ミッドウェー海域の制海権・制空権は必要なしとしたと推測できる。

 そして、インパール作戦は昭和19年3月から7月にかけて行われた。米軍が第二防衛線突破する直前である。太平洋戦争は昭和16年12月8日から昭和20年9月2日までとされている。

 アメリカの経済封鎖で日本は困窮した。このことが日本軍の真珠湾奇襲攻撃を遂行させたとされる。海に囲まれた日本において、防衛は遥かに容易だが、資源及び食糧を輸入に頼る場合、それが危険要件になり得る。

 不況・失業率と戦争は関係があるとされ、豊かな国が防衛力を保持しないことは危険である。そのため国内の産業・労働力・インフラを守るのに備えが必要となり、自衛隊が軍事力ではなく防衛力とされる所以である。 


 相互依存の良好な貿易関係を保つことで戦争を回避する努力となる。

1 欧州が植民地で縄張り争いを続けた理由は自国内の経済の停滞にあり、産業革命を起こし資本主義社会を成立させた欧州は、景気変動の波を検知できず不況の際に経済の拡大を狙った。その結果が植民地支配なのである。

2 不況を無くすことは好況を無くすことであるため、経済発展は望めない。不況下に社会保障と社会保険で国民の生活を下支えすることが最重要となるだろう。好況を待つのである。


 そして、不況と失業が戦争の原因となるならば、社会保障制度・社会保険制度の充実が戦争の抑止となり得、戦争を抑止できるならば、社会保障制度・社会福祉制度の充実を促すことができると結論付ける。戦後、日本のとる安全保障の概念に核保有がなく、現在は良好な貿易関係を維持することと専守防衛に徹することを基本としている。(核保有は周辺国に恐怖を与え、敵視されるだけだ。)これらは、社会保障制度と社会福祉制度の確立に大きく貢献していると言えるだろう。

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