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第1話 春川愛里は帰りたい

私は小説が好きだ。小説の世界には私がいないから。

私は学校が嫌いだ。ただそこにいるだけで疲れていくから。


私は捻くれ者だ。特にクラスで仲のいい人なんていないし、用がない限りみんな私に関わってこない。孤独を好む私にとってこれは好都合だ。

まあ、ずっとそうかと言われると、そうでもない。プリント配る時、日直の時、席替えの時、やむを得ず誰かが私と話すしかないときだってある。私は仕方なくそういう時は話すけど、できれば誰にも話しかけないでほしい。


私はみんなと違う。無神経に人のことをないがしろにしたりはしない。

私は臆病で、みんなの邪魔はしたくない。だから人と話すときは不器用ながらにもそれに気を使っているから、本当に疲れる。


小説の世界はいい。その世界に私はいないから。

小説の人間が私に話しかけてくることはない。それでもその世界には、刺激・暖かさ・面白み・新たな発見がある。何もない世界じゃない。つまり、私がいない面白い世界だ。

...まあ私が読んでるのって、いわゆるラノベってやつなんだけど。別に深い文章をたしなむようなこともしないし、ただその世界を感じてたいだけ。私のことをかっこつけてる文学少女と思っているなら考えを改めてほしい。


ともかく、だから私は教室の隅で本を読んでいる。今日も誰も話しかけてこないことを祈るよ。まあ、祈らなくてもそうなるんだけど。


...へえ、その展開は予想してなかった。まさか主人公の記憶がここで奪われるなんて。ここからどうなるんだろう、結構絶望的だな。

だけどこの作品はどうしようもないどん底から主人公が全てを救っていく、ダウンからのアップが見どころなんだよな。だからもう少しの辛抱だ。


そうしていると、授業の終わりを告げるチャイムが無機質に響く。

ああ....読む手をとめたくないけど、授業終わっちゃったしそろそろ帰らないと。ここまでにしとこうかな...と、私は本を閉じる。


...最悪だ、本に夢中で気づかなかった。陽キャ男子たちが私の隣の席を陣取ってる。

さて、どうしたものか...。教室の扉まで塞がれているし、このまま彼らが帰るまで待つしかないな。はあ...こんなことならもっと早く中断して帰るべきだった。

まだみんな教室で喋ってる。授業が終わったんだからさっさと帰ればいいのに。


私は特に何の理由もないけど、教室を見渡してみる。

...そういえば、あの席。私と同じように誰とも話そうとしない、クラスの陰キャ男子、春田くん。いつも誰よりも早く教室出てるよな。扉の近くに座ってるから一番早く帰れるんだろうな。ずるい、私もそこに座らせてほしい。


「うっわwww見てこれ、二時間前の焦斗のストーリー。ヤバくね?ww」


ああもう...うるさいな。声が大きいよ。この男子たちが帰るまで待つしかないなんて最悪。


「あはは!それマジやばい!ああ、そうそう。お前ら聞いたことあるか?最近、下駄箱に無差別的に弁当を入れていくヤベえやつがいるって噂」

「知ってる知ってる。まじでキモいよな。」


なにその噂。私初耳なんですけど。というかなんでそんなことするの?意味不明すぎる。

私は少し聞き耳を立てることにした。


「それでさー、最近その犯行現場を見たんだよ。断定はできないんだけどさ」

「マジか!!え、マジでやってたの??」

「マジマジ。袋にコンビニの弁当が詰まっててさ、それを適当にポイっと下駄箱にいっぱい入れていくんだわ。男子の下駄箱にだけ」

「うっわwきっしょ!マジでいたのかよ!w」

「そうそうwほんとキモいよなwそれでさ、それやってた犯人の顔、俺は見たんだよ。」


ごくり...


「おいマジか!え、どんなやつ?」

「聞いて驚けよ...なんとここのクラスのやつなんだわ」

「うぇっ?!それマジかよ!w」


それマジかよ!


「え、どいつどいつ?」


あ、この人たち耳打ちする気だ。でも彼らはバカだから隣にいる私に聞こえちゃうような声で話すんだろうな。


「それがさ...あのメガネの陰気なやつ。春田の顔してたんだよ。マジマジ!」

「マジか!ヤバすぎ!wwアイツきしょすぎだろww」


男子達は春田くんの名前を出した途端ゲラゲラと笑い始める。そこから私は興味を失った。

うん、確かに話としては面白かったさ。でも犯人が分かった後、そこからその犯人を笑い者にするような話の流れには興味がない。普通に、善意とかじゃなくて、何が面白いのか分からない。


それにしても春田くんが...何考えてるんだろう。下駄箱にコンビニ弁当?彼みたいな大人しめの人がどうして...。って、私も結局あいつらと同じようなこと考えてどうするんだ。


「おーいバカ男子共。早く帰れー」

「あーはいはい。お前ら帰るぞ。」


よかった、先生が来てくれた。これで陽キャ男子たちが塞いでた道が解放される。さて...帰って早くラノベの続き読もっと。

私は荷物をまとめて、あのバカ男子たちが帰っていくのを見届けたら、時間をずらして席を立つ。

はあ、今日もつまらなかったな。

あの男子たちのせいでそこそこ遅くなっちゃった。廊下も人がほとんどいない、みんな部活の方にいったんだろう。私は帰宅部だからさっさと帰るけど。

そうして私は下駄箱で靴を履き変えようとした。


...あれ。レジ袋の音?がする。あ、下駄箱が開く音も。

...まさか。

私はちょっとした好奇心で、音の正体をつきとめるべく隣の下駄箱にひょっこり顔を出してしまった。


あれって...!やっぱり春田くんだ。レジ袋もってる。コンビニ弁当も!

あのバカ男子たちの言ってることは本当だったんだ。


「...誰だ!」


春田は私にすぐに気づき、振り向かないまま声を発した。

やっべ!!私はすぐに顔を引っこめて廊下側に逃げ出す。

念のため後ろを振り返ると...


「待て!!!」


やばいやばいやばい!!!どうして追いかけてくるの!ほっといてくれよ!しかもコンビニ袋持ったまま追いかけてくるし...もはや不審者だよ!

私はとりあえず階段で2階に登る。


ああ...息が切れてきた...普段から運動してないからこうなるんだよ!

私はがむしゃらに走った。

それにしてもあの男子も体力無さすぎでしょ!女子の私に追いつけないってどういうこと!

でもそのおかげで距離は詰められない。そこを曲がれば誰も使ってない謎の空き教室がある!

これ以上走りたくないし、私どうせ影薄いからかくれんぼには自信ある!!


そして私は空き教室に入り、扉を勢いよく閉める。ふう...


しかし、それは無情にもたった数秒でガラガラと開いてしまった。


「お...お願い...おうちに帰らせて...」


バレた...私も体力の限界だったとはいえ、もっと逃げていればよかった...

それでこの人、何をするつもりなの?扉の前に立ってるから逃げられないし!どうしよう...


「見られてしまったからには...生きて返せないな」

「お、お願い...私誰にも話さないから!!」


私は純粋な恐怖で震えた声をあげる。


「まあ落ち着け。別に何もしない。」


そういって春田は私から少し距離をとって、扉の前のポジションを維持したまま近くの椅子に座る。

私はこの人が少し怖くなって、少しずつ空き教室の隅に寄っていった。


「な...なんで...そんなことするの...?」


なんで下駄箱に弁当を入れるんだろ...私はそれしか出せる言葉がなかった。


「ふむ...どこから説明すべきだろうか。まず、俺は同じクラスの春田。君は...確かいつも端っこの席で本を読んでる春川さんだな」


うるさいな、余計な言葉が多いよ。そっちだって同類の帰宅部のくせに。


「春田くん...どうして下駄箱に弁当を入れてたの?」

「まあそうだな。はっきり言って気持ち悪いと思われているだろう。しかし、この行動には大きな意味があるのだ」


そういって彼は真剣な表情をして語り始める。


「春川...小説とかで見たことはないかね。

いい感じになっている男女が2人...

男の方が「うわー!弁当忘れちゃったぁ!」となっているところに、すかさず女側が「作ってきたけど...食べる?」カッコ上目遣いカッコ閉じ。となっているシーン。」


真剣な顔して何言ってるのこの人...

まあ、私には確かに伝わった。何回擦られたかもわからない青春エピソードってやつ。私そういう恋愛系の作品はあんまり見ないけど、まあ悪くはないと思う。

でも急に何の話なの...?典型的な前置きばかり長いタイプの人間なの?まあ話すの慣れてなさすぎてうまく言葉が出てこない私よりはマシなのかな。


「え...あ...それと今の行動がどう....」


「なんで急にそんな話を?と思っただろう。答えてやろう。」


分かったから早く言えよ!


「ズバリ......男の下駄箱に弁当をあらかじめ入れておけばこのような青春イベントは発生しないのである!」


本当に何言ってるんだろこの人...


「そうだ...君も俺と同じなんだろう。教室の隅で読書しかしない君はきっと...こういった青春イベントとは無縁なのだろう。」

「くぅう!!なんと!なんと世界は無慈悲なんだ!!」


うん、一発だけ殴らせてほしい。


「そんな残念な君に聞いて欲しい!ズバリ、カップル撲滅に協力してくれないかね。」


ああ...なるほど。やっとこの変人の言いたいことが分かってきた。

コンビニ弁当を下駄箱に入れていく不審者ムーブはこのためだったんだ。

弁当の分け合い、ひいては「あーん♪(ハート)」といった青春イベントあるあるを未然に折るためにやってたんだ。

うわあ...なにそれ。あまりにもくだらない。バカじゃないの?


しかもこれ、なんだか巻き込まれそうになってない...?嫌なんですけど!

まださっきのラノベの続き読みたいし、今まで話したことない男子と関わるなんて私にはムリだって!


「えっと...断るって選択肢は...ないのかな?」

「なっ!!!なんだと!?」


春田はまるで信頼していた仲間の裏切りを目にした主人公みたいに目を見開いて驚いた。


「君は...この活動の共犯者として最も相応わしい。"こちら側"の人間だ。乗ってくるはずでは...!」


うん。私のことをなんだと思ってるんだろう。そしてその自信もどこから来るんだろう。


「む...無理強いはしないさ。ただ...今日のことは誰にも言わぬように、それだけ気をつけてくれたら...」


冷や汗をダラダラ垂らしてる。見るからに無理強いしたそうな顔してるし。表情の変化が豊かで分かりやすいな。

それに、私なんかに噂を広げる相手がいるわけないでしょ。


「それは...だ、大丈夫。言う相手すらいないし...」

「そうか...。ほ、本当に。俺についてくるつもりはないのか?」

「ご、ごめんなさい...。」


いつも通りなことにキッパリ断われないけど、この調子だと無理やり誘ってくる感じはないし。この人も私と同じように根本は弱腰なんだなって思った。そんなんだから、青春を僻む側にしか立てないんだよ。まあ私もそうなんだけど...。

気まずい空気の中、私は立ち上がり空き教室から出ようとゆっくり歩みを進める。その様子を見た春田も、扉の前からとぼとぼと離れていく。

やめてよ、そんな顔されたら私が申し訳なくなっちゃうでしょうが。


「では...俺もこれで。他の新入部員を探すことにするよ」


はあ。変な目に遭ったな。私はしょんぼりした春田を脇目に空き教室を後にする。

さて、気を取りなおして早く家に帰ろう。そしてラノベの続き読もう。主人公が絶望的な状況をどうひっくり返していくのか。私はこの続きを見ないときっと何も手につかなくなる。


...あれ。なんだろ、この胸のざわつき。なんだか寂しいような気がする。


...そっか、私はまた人との関わりを自らの手で切ったんだよな。

でもこれでいいはず。私は毎日ラノベ読んでるだけで楽しいし。私がいる現実世界より、私よりも素晴らしくて楽しいキャラクターたちが繰り広げる物語の世界のほうが好きだし。


...それでも私は、家に帰ったあとも胸のつっかえが取れてくれなかった。

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