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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

刻みてゆるく

掲載日:2026/03/13

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~、3月だってのに、まだ寒さがたっぷり残っている気がするなあ。

 寒くない? 寒いよね?

 ここのところの寒暖の変化は、休み最終日の宿題取り組みのような印象さえ覚えているよ。

 どういうことかって? 最後の最後までやらずに溜め込んで、一気に片付けて変化させる、てことさ。ある日を境として、一気に冬から春、いや下手すりゃ夏日に。なのに、また逆戻りして一足飛びに冬に戻る。

 我々生き物は、この変化へどうにか応じていくしかない。ついていけなきゃ体調を崩し、最悪死んでいくこともあるだろう。生死を重く考えない生き物であったなら、そのことにわざわざ悩むこともなかったろうに、いまの我々は我が身が恋しくてたまらない。

 きっと、いつくたばったとしても未練を抱えるだろうな。悔いなき瞬間などは、せいぜい会心の出来の仕事を終えた直後三秒くらい。それより後はすぐに次の悩み、問題を抱え込んでいる。

 いっそすべてを投げ出したいと思っても結局ツケがたまっていき、いつか苦しいときに払わされる。八方ふさがりにならないためには動き続けるしかなく、未練はたまり続けるしかない、と僕は思う。

 だから急な動きを求めず、かといって止まることもしない緩やかな変化ていうのは、それだけで心を軽くしてくれると思うのだよね。

 ちょっと前におじさんが教えてくれた話があるんだけど、聞いてみないか?


 おじさんとおばさんが結婚する前の、まだ付き合い始めであったときのこと。

 その年もまた3月を迎えたのに、やたら寒い日と暑い日が交互にやってくるチグハグな年だったとか。

 おじさんカップルは花粉症持ちな上に、季節の変わり目に弱い。お互いがいっぺんに寝込まないよう気張っては、順番に休憩タイムへ入ってへたばるようなありさま。その歳も二人してゲホゲホ嫌な咳をしながら、いまだしまえずにいるこたつを引っ張り出してぬくぬくしていたらしい。

 半ドンの土曜の午後。いつもならお出かけだろうが家中だろうが、遠慮なくいちゃつくところだけど、頭がガンガンしてはそれどころじゃない。


「……ウァァ! もう限界、『刻む』!」


 先ほどまで、こたつの天板に突っ伏していたおばさんの、突然の咆哮とジャンプ。危うくこたつまで蹴り上げそうなところを、おじさんがすっとこたつの脚をおさえてカバーする。

 妙な踏ん張りのきいたこたつのために、おばさんは飛び上がり際、布団越しとはいえこたつの縁へすねを強打。しばらく身もだえする羽目に。


「落ち着け。そしてまずオレに言え……『刻む』て、いつものやつか」


 おばさんは身もだえしながら「うん」と小声でひとこと。

「はいはい」とおばさんとは対照的に、エレガントにこたつから出たおじさんは、さっさと部屋の冷蔵庫へ。一角に確保してあるビニール袋のひとつを手に取った。

 流しへまな板と包丁を用意するときには、おばさんも痛みから立ち直ってこちらへやってきていたみたい。二人して、おじさんの取り出した袋の中身をまな板の上へあけていく。


 はた目には、よもぎ餅を思わせる緑色をした平べったい生地。冷蔵庫に入れて3日ほど経っているそれを、おじさんとおばさんはめいめいで適当にちぎってはこね回していく。

 おばさんの家が育てている、とある植物を練りこんだひとつの道具だと、おじさんは聞いていた。よもぎ餅に似た形に反して、人が食用するのには向いていない。

 おじさんは過去にこっそりひとつまみだけかじったものの、そこいらの山菜を通りこす苦みかつ、半日はトイレで水様便を相手することになってからは口に入れていなかった。

 そうしてこね回して団子状にしたものを、おばさんは包丁を入れて刻んでいく。これもまたおばさん独自のやり方があるらしく、おじさんは同じことをするのが許されない。あくまで団子づくりに力を注ぐ。

 刻み方もさまざまで、団子ごとにみじん切りにしたり、千切りにしたり、あるいは皮を器用に向いていくように削いでいったり……おじさんには、どのような法則性があるかはさっぱりだったけれども、適当アバウトってわけでもないらしかった。


 これだけならストレス解消、うっぷん晴らしの域だろうけど、効果が出るときははっきり出る、とおじさんは話していた。

 もしうまくいったのならば、部屋中に「コトリ」と何か軽いものが転がり落ちたような音が響き渡る。それが聞こえると、おばさんにとって件の餅を削る用は終わるんで、片付けに入ってしまうんだ。

 音の正体はおじさんにはわからない。なにが落ちたのかを確かめたこともあったけれど、判断はつかなかったらしいんだ。おばさんいわく「ことわりが、腑に落ちる音」とのこと。

 ただ効果は確かで、音がしてからしばらくすると二人を苦しめていた頭痛をはじめとする不調は、時間とともにおさまっていく。効果はおおよそ一日中持つけれど、次は最低でも3日間は空けないといけないらしい。濫用は中毒を引き起こすとされるんだ。

 シンプルに毒や薬の話にとどまらない。先におばさんのいった「ことわり」にかかわることなんで、緩やかに調整してなんぼ。いくら苦しくても、急な変化を求めたときにはまずいと。

 おばさんも習いたての小さいときに、自分が体調不良で悩まされたおりに3日ほど連ちゃんで刻んだことがあったらしいんだ。その結果、しばらくはロクにものが食べられなくなってしまったと。

 食欲がわかないとかの意味じゃない。口が食べ物を受け付けなくなるばかりか、吐き出すばかりになったんだ。排泄物をさ。

 で、代わりに肛門部分からしかものを食べられなくなっちゃったんだって。いや、もう人様の前へ出ることなんかできず、女として耐えがたい屈辱のひとつを受けたから、いかに苦しくてもちゃんと期間は空けてるってさ。

 まあ、結婚していとこが生まれてからは、刻んでもまた「コトリ」が聞こえることはめったになくなってしまったそうなんだ。

 子を産んで、個体としては役目を果たしたし、あとは衰えてもらうばかり……と、ことわりに判断されたかな、と話してたとか。

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