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ネトゲの親友に性癖をぶちまけてたら、オフ会に来たのがクラスの美少女︎︎だった  作者: こうと


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第89話 帰省イベント

凛視点




 ジリジリと、肌を焦がすような太陽の粒子が降り注いでいる。

 お母さんの実家があるこの田舎町は、どこを向いても濃い緑と、目に痛いほどの青空が広がっていた。都会のビル風とは違う、土と草の匂いを含んだ熱い風が、私のシャツの袖をパタパタと揺らす。


「凛ちゃん、スイカ食べるかい? 冷えてるよ」


「あ、ありがとうおじいちゃん。今行くね」


 私は縁側に座り、庭のひまわりを眺めながら、精一杯の「良い孫娘」の笑顔を作った。

 おじいちゃんもおばあちゃんも、数年ぶりに帰省した私を本当に喜んでくれている。親戚のおじさんたちも「凛ちゃんはますます綺麗になったなぁ」なんて、目を細めて褒めてくれる。


 学校と同じ。

 私はどこにいても、期待される「東雲凛」を演じるのが癖になっている。

 いつも明るくて、お淑やかで、完璧で、誰にでも優しい女の子。


 でも。


(……無理。……もう、限界だよ……)


 おじいちゃんから渡された冷たいスイカを口に運びながら、私の心の中では、ハルとしての叫びが木霊していた。


 今日で、一真と離れて二日が経つ。

 たった二日。ネトゲの相棒だった頃なら、ログイン時間が合わなくて会えない日なんていくらでもあったはずなのに。

 一度、あの夏祭りの夜。あのネカフェの密室。

 一真の大きな手の熱を知ってしまい、自分の名前を不器用に、けれど愛おしそうに呼んでくれるあの声を生で聞いてしまった今では。


 私の身体は、深刻な『一真不足』に陥っていた。



(……あーあ。一真のバカ。今頃何してるかな。海斗くんとバカ話してる? それとも、ログインして私のこと待っててくれてる?)


 ポケットの中のスマホが、やけに重く感じる。

 この家はとにかく電波が悪い。メッセージ一通送るのにも、電波が三本立つ場所を求めて家の中を彷徨わなければならない。

 私は、おじいちゃんの目を盗んで、こっそりと写真フォルダを開いた。


 そこには、一昨日猫カフェで撮った、一真とのツーショットがある。

 私の隣で、少しだけ照れくさそうに頭を掻いている一真。

 私はその画面を指先でそっと撫でた。


(……早く、会いたいな。……。……「一真の特別」にしてもらったのに、隣にいられないなんて……最強の縛りプレイじゃん……)


 お祭りのあの夜。

 「親友」という逃げ道を、あいつが自ら壊してくれた。


 「俺の彼女になってくれ」


 あの言葉を思い出すだけで、食べたばかりのスイカの甘さなんて忘れるくらい、私の胸の奥がじわーっと熱くなる。





******




 ――そして、夜。

 親戚の子供たちを寝かしつけ、ようやく訪れた一人の時間。

 時刻は二十三時を回っていた。

 私は、家の中で唯一電波が安定する、裏庭に面した古い縁側の隅っこに陣取った。

 

 蚊取り線香の匂い。遠くで鳴くウシガエルの声。

 私は震える指で、LIMEの通話ボタンを押した。


 ――プルル、プルル。


 呼び出し音が、やけに長く感じる。

 心臓が、夜の静寂をかき消すくらいの音を立てていた。

 

『――もしもし、凛?』


 繋がった。

 耳元で響く、一真の声。

 その瞬間、私の全身を支配していた「寂しさ」というデバフが、一瞬で解除されていくのがわかった。


「……一真……! 繋がった……よかった……」


 声が勝手に震える。あはは、私、何やってるんだろ。

 ハルとしてなら「おせーよバカ!」って言えるのに。

 今の私は、ただ一真に会いたくてたまらない、恋する女の子の東雲凛そのものだった。


『電波、大丈夫なのか?』


「うん……。縁側の隅っこにいたら、なんとか。……ねえ、一真。顔、見たい。ビデオ通話にしてもいい?」


 私は我慢できずに、自分からビデオ通話へ切り替えた。

 

 画面が明るくなり、見慣れた一真の部屋。

 そして、少しだけ眠たそうで、けれど私を見てホッとしたように目を細める一真の顔が映し出された。


「………………」


『……。なんだよ、凛。黙り込んで』


「……一真だ。本物の一真だ……。なんか……画面越しなのに、……。……心臓、痛いよ」


 私はスマホを両手で持ち、画面の一真に顔を近づけた。

 一真の眉間のシワ。少し跳ねた髪。そのすべてが愛おしくて。

 

「……ねえ、一真。私、おじいちゃんたちの前でずっと『東雲凛』を頑張ったんだよ? でもね、頭の中は一真のことでいっぱいで。……。……好き。大好き。今すぐ、その部屋に行って、一真にバフかけてもらいたいよ……」


 口にすると、もう止まらなかった。

 学校じゃ絶対に言えない、親友サキの前でも恥ずかしくて隠していた、私の本音。

 

『……。……ああ。俺もだよ。……。凛がいないと、ログインしても全然楽しくねーわ』


 一真の、ぶっきらぼうだけど温かい言葉。

 その一言が、私の枯れかけていた心に、今日一番の『最大回復ヒール』をかけてくれた。


「合格! ……。……うん。待ってる。九日全部が経ったら、一番に迎えに来てよね。私の騎士サマ」


 画面越しに見つめ合う。

 指先が画面に触れる。冷たいガラスの感触。

 けれど、そこには確かな「絆」の温度があった。

 

 三年前。声だけで始まった私たちの物語は。

 この離れ離れの時間を経て、さらに深く、強固なものへと変わっていく。





******





 ――それから、一週間。


 私は毎日、一真との短いビデオ通話を「ログイン報酬」にして、帰省という名のイベントを攻略し続けた。

 親戚の子供たちと川遊びをしたり、おばあちゃんから得意料理を教わったり。

 学校では見せることのない、一人の孫娘としての時間を過ごしながらも、私の心は常に、一駅隣にあるはずのあの部屋へと飛んでいた。


 そして。

 ついにお別れの日。


「凛ちゃん、また冬休みも遊びにおいで。もっと美味しいもの用意しておくからね」


「うん! ありがと、おばあちゃん。おじいちゃんも、元気でね」


 駅のホーム。おじいちゃんとおばあちゃんが、名残惜しそうに手を振ってくれている。

 私は改札を抜ける直前、もう一度だけ振り返って、最高の笑顔で手を振り返した。

 

 感謝の気持ちは、本当だ。

 けれど、今の私の足取りは、羽が生えたように軽かった。

 

 リュックを背負い直し、ホームに滑り込んできた電車に飛び込む。

 

 この電車に乗って数時間。

 私は一度家に帰り、着替えを詰め込んで。

 次なる目的地――女子バスケ部の強化合宿会場へと向かう。


(……ふぅ。帰省イベント、コンプリート!)


 車内のシートに座り、私はスマホを取り出した。

 

【凛:一真! 今、電車に乗ったよ! これから一度帰って、合宿に向かいます!】

【凛:二日間、バスケ部のみんなに囲まれて一真に連絡できないかもしれないけど】

【凛:浮気したら一真のこと本当にデリートするからね!!】


 送信ボタンを押すと同時、車窓の外を流れる緑の景色が、少しずつ私の街の色へと変わっていく。

 

 一真に会えるまで、あと数日。

 寂しさはまだあるけれど、今の私には、合宿という名の『地獄の特訓』を乗り越えるための、最高のバフが溜まっている。


(待っててね、一真。……合宿が終わったら、……。……死ぬほど甘えてやるんだから!)


 私は、一真のメッセージを何度も読み返しながら、胸の鼓動を高鳴らせた。

 

 夏は、まだ中盤戦。

 恋人になった私たちの「本編」は、ここからさらに、熱く激しく加速していく。


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