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ネトゲの親友に性癖をぶちまけてたら、オフ会に来たのがクラスの美少女︎︎だった  作者: こうと


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第65話 暗がりの中二人

――。……。ドクン、ドクンと。

 自分の肋骨の裏側を、誰かが内側から力一杯叩いているような感覚。

 

 少しだけ人通りから外れた拝殿の影。

古い石壁と大きな木の間に滑り込んだ瞬間、世界から一切の色彩が消え、深い闇と二人の吐息だけが残された。

 俺――佐藤一真さとう かずまは、背後にある冷たい壁を背に、腕の中に収まった「熱」の正体に全身の神経を集中させていた。


「……っ。……。……」


 俺の腕の中。

 そこには、紺色の浴衣を纏った東雲しののめ凛がいた。

 

 とっさに彼女の細い腰を抱き寄せ、暗がりに引き込んだ。その結果、俺の胸板と彼女の柔らかな胸元が、厚い生地を隔ててぴったりと密着している。

 さらさらとした彼女の黒髪が、俺の顎の下に触れ、そこから立ち上がる石鹸と汗の、あまりにも甘くて暴力的な香りが俺の脳を麻痺させていた。


「…………一真。……。苦し、……い」


 凛の声は、消え入りそうなほど小さな掠れ声だった。

 俺は慌てて力を緩めようとしたが、ちょうどその時。壁のすぐ向こう側、提灯の明かりが届く参道から、聞き慣れた暑苦しい声が響いてきた。


「――おかしいなぁ! さっき絶対あっちの方に一真のネイビーのシャツが見えたと思ったんだけどな!」


 門倉海斗だ。バスケ部の連中と一緒に、屋台巡りを楽しんでいるらしい。


「海斗、お前の見間違いだろ。あいつ、今日は妹ちゃんと買い物だって言ってたじゃん」

「いやでも、あのちょっと猫背な感じと歩き方は間違いなく一真だったんだよ! もしあいつ、俺たちに内緒で女の子といたりしたら……。うおぉぉ! 許さん! ギルティだ!!」


 ……。

 …………。


 俺は、凛の身体をさらに深く、俺の身体に沈め込ませた。

 今の海斗に見つかるわけにはいかない。

 もし今の俺たちの姿を見られれば、明日からの学校生活はおろか、俺と東雲さんの「親友」という言い訳は、木っ端微塵に粉砕されるだろう。


(……行け。……さっさと、どこかへ行ってくれ)


 俺は心の中で祈るようにして、目を閉じた。

 

 静寂。

 参道の騒がしい喧騒が、まるで水を通した音のように遠ざかっていく。

 その代わりに。

 俺の鼓動と、彼女の鼓動が。

 

 トクン、トクン、トクン。

 

 最初はバラバラだったリズムが、密着した身体を通じて、ゆっくりと同じ速さへと収束していく。

 

 三年間。

 画面越しのペア狩りで。

 俺たちが敵の攻撃を回避するタイミングを合わせていた、あの『シンクロ率』。

 それが、今。

 

 佐藤一真カズ東雲凛ハル

 

 二人の心臓が放つ、生々しい「生」の音として。

 完璧な同期を始めていた。






******





凛視点



 ――。……。……。……。バカ。

 

 暗がりの中で。

 カズの腕に抱きしめられたまま、私は、自分の呼吸が完全にコントロールを失っていることに絶望していた。


 近い。

 あまりに、近すぎる。

 

 カズの力強い二の腕の熱。

 私の鼻先が触れる、彼のネイビーのシャツの、太陽の匂い。

 そして。

 私の胸に響いてくる、カズの激しすぎる鼓動の音。


(……にひひ。……カズの心臓……壊れちゃいそうだね)


 意地悪を言ってやりたい。いつものようにハルとして、この気まずさを笑い飛ばしてやりたい。

 けれど。

 私の唇は、震えるばかりで、音を紡ぐことを拒否していた。


 海斗くんたちの声が遠ざかっていく。

 もう、離れてもいいはず。

 もう、手を解いてもいいはずなのに。

 

 私の右手は、無意識のうちにカズの背中にあるシャツを、ギュッと握り締めていた。

 

 離れたくない。

 この暗がりの中で。

 誰の視線も届かない、この二人だけの聖域で。

 

 相棒だから。

 親友だから。

 

 そんな、昨日まで私を救ってくれていた言葉が、今は、心臓を締め付ける鎖のように感じられた。

 

 カズは、……。

 カズは、今のこの距離を、どう思ってるんだろう。

 

 ただの『目撃回避』のための作業だと思ってる?

 それとも。

 私と同じように、……。

 胸の奥が焼けるような、この甘い苦しさに、耐えているの?


「…………カズ」


 私は、誰にも聞こえない声で、彼の胸元に呟いた。

 

「……。……なに、ハル」


 カズの声が、上から降ってきた。

 地声。

 ボイチェンを通さない、世界で一番大好きな、不器用な声。


「……。……まだ、海斗くんたちの声、……。……する?」


「……いや。……。もう、……聞こえない」


「…………そっか」


「………………」


「………………」


 会話が途切れる。

 けれど、カズは、私を離してくれなかった。

 それどころか、彼は私の腰に回した手に、さらに少しだけ力を込めて。

 私の肩に、自分の顎をそっと乗せてきた。


「――――っ!?」


「……。……。あと、三十秒。……。……このままで、いさせてくれ」


 カズの吐息が、私の首筋を熱く撫でる。

 

「……。……。外に出る前に、……。……。心臓、……落ち着かせなきゃいけないから」


「にひひ。……バカ。……。……カズの方が、……。……。全然、落ち着いてないじゃん。これで落ち着くの?」


「……。うるせー。……。お前だって、……同じだろ」


「……うん。……同じ、だね」


 私は、握りしめていた彼のシャツを、さらに強く、祈るようにして握った。

 

 三年前。

 画面越しの声に救われていた私。

 

 今。

 こうして、一人の男の子の熱に包まれて、震えている私。

 

 これが、ハルとしての『相棒への信頼』なのか。

 それとも、東雲凛としての『恋』なのか。

 その答えは、もう、月明かりの下に晒すまでもないほど、明らかだった。





******





一真視点




「…………よし。……。……もう、大丈夫だ」


 俺は、断腸の思いで、彼女の身体から自分の腕を離した。

 

 暗がりから一歩、提灯の明かりが漏れる参道へと踏み出す。

 夏の夜風が、俺たちの火照った顔を優しく撫でた。

 

 凛は、乱れた浴衣の襟元を直し、赤くなった頬を隠すように俯いていた。

 

「……ハル。……。……。行こう。……。……花火が始まる前に、……俺の言ってた、あの場所に」


「……うん。……行こ、カズ」


 凛は、俺の隣に並ぶと。

 今度は、俺の手を、指を一本一本絡めるような『恋人繋ぎ』で、しっかりと握り締めてきた。


「……凛?」


「にひひ。離したら、……。……。承知しないんだから。……。……。……私の騎士サマでしょ?」


 彼女は最高の、俺だけが知っているハルの笑顔で、俺を見た。

 

 その瞳の奥にある決意。

 そして、俺の胸の中に灯った、揺るぎない確信。


 「親友」という看板は。

 この神社の裏の暗がりに、置いてきた。

 

 俺たちは、どちらからともなく歩幅を合わせ、高台へと続く石段を登り始めた。

 

 これから始まる、打ち上げ花火。

 夜空が一番綺麗に咲く、あの瞬間に。

 

 俺は。

 俺をずっと信じて隣にいてくれた、この最高の相棒に。

 三年間溜め込んできた、本当の『答え』を渡すのだ。


(…………待ってろよ、ハル。……。……東雲凛)


 繋いだ手のひらから伝わってくる彼女の鼓動が、俺の勇気を、かつてないほど強く、熱く、燃え上がらせていた。


「にひひ! カズ、また心拍数上がったでしょ!」


「……。……。うるせーよ、バカ!」


 俺たちは、いつもの相棒の口調で笑い合いながら。

 新しい季節の扉を、その手で力強く押し開けた。

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