第51話 二人だけの秘密
六月の教室。窓から差し込む陽射しはもう夏の色を帯びていて、昼休みの喧騒はいつもより少しだけ浮ついている気がする。
私は、自分の席でいつものように友達と談笑しながら、視線の端っこで「ある場所」を定点観測していた。
(……うーん。やっぱり、怪しいんだよねぇ)
ターゲットは二人。
一人目は、私の親友にして学園のアイドル、凛りん。
二人目は、その凛りんが唯一「中身」をさらけ出している(?)男の子、カズッチくん。
凛りんは女子に囲まれて笑っているし、カズッチくんは海斗くんとバカ話をしてる。一見すると、何の接点もないただのクラスメイトだ。
……でもね、咲希プロデューサーの目は誤魔化せないよ?
さっきから凛りん一分に一回はカズッチくんの方をチラッと見てるでしょ。
カズッチくんもカズッチくんで、凛りんが笑うたびに、肩をピクッと震わせて意識しちゃってるし。
なんていうか、空気が「親友」っていう便利な言葉じゃ、もう説明しきれないくらい甘くなってるんだよね。
(凛りん、あんなに「他人のふり」にこだわってたのに。……。最近はもう、自分からカズッチくんに『見て見て!』ってオーラ出しちゃってるよ?)
そんな二人の「じれじれ」を見ているのは最高に楽しいけど、親友としては、ちょっとだけ背中を押してあげたくなっちゃうのが人情ってもので。
私はにひひ、と悪い笑みを浮かべると、ターゲット(カズッチくん)の元へと歩き出した。
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「――でさ、次のアプデの武器強化なんだけど……」
「……。ああ、素材が足りないよな」
「どうしたもんかねぇ……」
海斗と携帯のソシャゲのの話をしながらも、俺の意識の数パーセントは、常に前方の席に割かれていた。
昨夜のボイスチャット。
凛が顔を真っ赤にして絞り出した、『二人で買い物に行きたいの』という言葉。
あれ以来、俺の心臓は常に「異常燃焼」を繰り返している。
学校で彼女の姿を見るたびに、耳元であの声がリピート再生されて、ポーカーフェイスを維持するだけで精一杯だった。
「にひひ! カズッチくん、っけーつ!」
「うおっ!? ……い、一ノ瀬さん。……。また急に。てかなんだけーつって」
「えへへ〜」
背後から忍び寄ってきた一ノ瀬さんが、俺の椅子に手を置いて覗き込んできた。
隣の海斗が「あ、咲希! 今日も一段と天使っすね!」と騒ぎ出したが、彼女はそれを軽くいなすと、俺の顔をじーっと凝視した。
「ねえねえ、カズッチくん。……。最近、凛りんと二人っきりでどっか行ったりした?」
「――――っ!?」
心臓が、喉から飛び出しそうになった。
……。
……落ち着け。ここは「ハル」との連携を見せる場面だ。
「……。……。いや。……。二人きり(・ ・ ・ ・)で行ったことなんて、一回もないぞ」
俺は、できるだけぶっきらぼうに答えた。
……嘘は言っていない。
初めての東雲さんとのオフ会、その後の三人での遊び、そして家族がいたお家編、そしてギルドオフ会。
最初のハルとのオフ会はノーカンだとしたら、これまでの俺と彼女の時間は、常に誰かの影があった。文字通り「二人きりのデート」なんて、俺たちはまだ一度も経験していないのだ。
うん、決して最初のはデートではない。ネトゲの男友達との初めてのオフ会だっただけだ。
それに。
今度の土曜日の約束は、「これから」のこと。
現在の時間軸においては、俺は一ミリも嘘をついていない。
「……。本当に? 咲希の勘だと、もう何回か密会してる気がするんだけどなぁ」
「……。気のせいだよ。俺みたいなのが、そんなことできるわけないだろ」
「ふーん。……。ま、いっか! 嘘ついてる顔には見えないしね!」
一ノ瀬さんはあっさりと引き下がると、「海斗、今日の男バスの練習メニュー見せてー!」と海斗を連れて去っていった。
「……。ふぅ」
俺は背もたれに深く体重を預け、冷や汗を拭った。
危なかった。一ノ瀬さんの直感は、時に論理を飛び越えて真実に手を伸ばしてくる。
ふと、前方を見た。
東雲さんは、俺と一ノ瀬さんのやり取りを気にしていたのか、少しだけ強張った背中をしていた。
俺と目が合うと、彼女は一瞬だけ「にひひ」と、いつもの相棒の顔を覗かせ、すぐにすました顔で周りの女子との会話に戻った。
……その直後。
ポケットの中でスマホが震えた。
授業中や学校内では、緊急時以外は送らない約束のLIME。
『凛:今の、よく耐えたね。合格だよ、カズ』
俺は机の下で、慎重にスマホを開いた。
『一真:聞こえてたのか?』
『凛:いや、なんかそんなような話かな〜と思って』
『一真:心臓止まるかと思ったわ。……。お前、ボロ出すなよ』
『凛:出さないわよ。……でもさ、カズ』
入力中のアイコンがしばらく点滅し、届いたメッセージに、俺は息を呑んだ。
『凛:土曜日のこと、咲希には絶対に内緒だよ。……二人だけの、「ひみつ」なんだからね?』
「…………っ!!」
……。
……ダメだ。
文章の最後についた、小さな「?」マーク。
そこに込められた、彼女の独占欲と、少しだけの期待。
「二人きり」であることを強調するその言葉の破壊力に、俺の理性がガラガラと崩れ落ちる音がした。
チラリと見えた彼女の後ろ姿。
東雲さんは、スマホを胸に抱えるようにして、ほんのりと耳たぶを赤く染めていた。
学校での、人気者の東雲さんと、佐藤くん。
けれど、このデジタルな波形の中だけで交わされる「約束」は、どんなリアルな言葉よりも重く、熱く、俺を縛り付けていた。
(……二人だけの、秘密……)
その言葉を脳内で反芻した瞬間、俺は文字通り尊死しかけた。
今度の土曜日。
雨が降ろうが、槍が降ろうが。
俺はこの「相棒」との、二人きりの時間を、命に代えても守り抜くと決意した。
俺と彼女の「親友以上」なカウントダウンは、もう誰にも止められない速度で、加速し始めていた。




