「ある意味怖い話」部分
……ということで、小林君の失踪は、僕の中ではすっかり終わったことになってた。
あれは、バカが暴走した結果、起きるべくして起きてしまった事故だ、ってね。
でも、それでは納得できない人だって、いるんだよね。面倒臭いことに。
つきまとわれるようになったんだよ、小林君のお母さんに。
あの日以来、小林君は行方不明になった。おじさんたち警察も、必死で行方を捜したけど、全然見つからなかった。
まあ、そうなるよね。
テレビで見たけど、そういうとき頼りにするのは防犯カメラなんでしょ?
でも、彼の場合はそれも役に立たなかったんじゃないかと思う。あのあたりには、塾の中と出入り口の他には、しばらく歩いた先のコンビニにしか、防犯カメラついてないからね。神社はそれよりもっと手前にあるから、塾を出た後の遙君は、そのままどっかに寄り道して、そのままいなくなっちゃったということしか、分からなかったんじゃないかと思う。
違うかな?……ああ、やっぱりそうだったんだね。思ったとおりだ。だから、僕にも刑事さんが話を聞きに来たんだよね。
ん?ううん、そのうちくるんじゃないかとは思っていたよ。
なんたって、塾内のカメラには、教室を出る僕の前に小林君が立ち塞がるのがばっちり映っていたはずだし、「遙君、特進クラスの授業が終わった後も帰らずに、進学クラスが終わるのを待っていたみたいだった」なんて、きっと誰かが余計なことを証言するだろうって思っていたからね。
だからね、実際刑事さんがきたらどう答えるか、あらかじめ考えてあったんだ。
「教室を出たところで、確かに小林君、僕を待ってました。テストの時に貸した消しゴムを返してくれたんです。その後ですか?小林君、そのまま塾を出て行きましたよ。僕もそのすぐ後から塾を出ましたけど、どこに行ったかまでは分かりません。入り口を出たらもういなくなっていましたから」
ああ、覚えてたんだ。うん、そう。あれは、ずっと前から考えていた返事だったんだ。 嘘つき?
そうだね、消しゴムを返してもらった、っていうのはウソだよ。父さんの塾の廊下のカメラ、進学クラスの入り口はかろうじて映るけど、そこに生徒が背中を向けて立つと、何をしてるか分からないんだよね。カメラ代ケチってるから、マイクもついていないし。だから、嘘をついても分からないと思ったんだ。
実際、分からなかったでしょ?
だよね。
それで、今まで話したことから分かったと思うけど、僕の証言の後半部分は、まるっきりのウソでもないんだ。
「僕も彼のすぐ後から塾を出て、一緒に神社までは行ったけど、「穴」に落ちた後、どこに行ったかまでは分かりません。「穴」の入り口に手を入れたと思った瞬間、もういなくなっていましたから」
ね?途中をはしょっただけなんだ。
え?それでも、正直に話してくれていたらよかった?
おじさん、なにいってるの?
これだけ丁寧に話して、まだ信じてないんでしょ?
事件の起こったすぐ後、僕がこの話をしたとして、信じてた?
まあ、信じるはずがないよね。
それできっと、僕が嘘をついて、どこかで小林君を殺すかなんかしたんだと思って、それを白状させようとするんじゃない?
というか、ひょっとして、今もどうにかして僕に「本当のこと」を白状させようとか思ってるのかな?
もしそうなら、悪いけど、今言った以上のことは、絶対話さないよ、僕。
だって、本当のことなんだから。
だから、いくら神社を探したって、殺人の証拠なんか出ない。
せいぜい、僕らの足跡が残ってるぐらいだよ。
あ、そうか!ごめん、僕の勘違いだった!警察が、そこまでマヌケなはずないよね、きっともう、神社の足跡は見つけてるんだ!そうでしょ?だから、僕が「話したいことがある」っていったとき、いそいそとここまで着いてきたんだ!そうでしょ?
あ、やっぱりそうなんだ。
だとしたら、悪かったかな、おじさんが期待してたのと違う話をしちゃって。
なんとか証拠をつかみたかったんだよね、ほんとは。
神社で足跡は見つけた。そこで小林君の足跡はぷっつりなくなり、僕の足跡だけが続いていた。その後すぐ、僕が一人で歩いている姿がコンビニのカメラに映ってたけれど、血の跡もないし、死体を隠した泥汚れもない。もちろん、凶器になりそうなものもない。第一、塾を出てからコンビニを通り過ぎるまでの時間が短すぎて、死体を隠す暇があったとは思えない。
一体、どうやって小林君を殺した?いや、隠したんだ?
それが知りたかったんだよね。
でも、申し訳ないけど、僕、本当にあったことしか言わないよ。
「小林君は、「穴」に落ちました。その後どうなったかは分かりません」
それで、僕を逮捕できる?
できないよね。だって、あり得ない話なんだもの。
と、まあね。
おじさんみたいに話の分かる人なら、僕の話で、今みたいにしぶしぶ納得してくれるんだけど。
中には、納得してくれない人もいるんだよね。
その中の一人が、小林君のお母さんだ。
全く、あのおばさんには参っちゃうよ。
彼の行方は分からない、っていう僕の話を全く信じようとしない。絶対あんたは知っているはずだって、一日中つきまとうんだ。
「ねえ皆瀬川君、お願いだから、遙がどこへ行ったか教えてちょうだい。遙は私の宝物なの、あの子にもしものことがあったら、私、生きていけないの」
「絶対あなたは行方を知っているはずよ、だからお願い、教えてほしいの、ね?ね?お願いします、後生だから」
「あの、あなたにしたこと、悪かったって思ってるの、でもね、仕方なかったのよ、遙を守るためだったの。だから、私や主人を恨むのは分かるけど、だからって遙をどこかにやったりするのは違うでしょ!」
「いいかげんにしてよ!遙はどこなの!白状しなさいよ!」
「あんたが殺したのよ!あんたが遙を殺したんでしょ!」
なんか、あきれちゃうよね。
聞いて分かると思うけど、本心から僕に謝る言葉は一つもないんだ。
それどころか、だんだんと僕を責めるような言葉ばかり口にするようになってきてる。
この調子で、登校中ずっとと、塾が終わって家に帰るまでの間ずっと。そして、家に帰った後は、外から大声で、真夜中までずっと、同じ調子でがなり続けるんだ。
おかげで僕は、すっかり周囲から犯人扱いされるようになっちゃった。
全く、迷惑ったらないよ。おじさんたちも、なぜか取り締まってくれないし。
え?本当のことを教えてあげればいい?
言ったよ。
小林君は「穴」に落ちたんだと思います、って。
でもね、信じてくれないんだ。
まあ、あり得ない話だからね。
大人には、絶対「穴」は見えないみたいだし。
あ、言ってなかったっけ?
「穴」は、見える人と見えない人がいるんだ。
子どもは、時々見える人がいる。小林君みたいにね。
大人は、大体みんな見えない。
そこにあるよ、って教えてあげても、絶対に気づかないんだ。
そして、「穴」は、そこに「穴」があるって分かっている人にしか手出しできないみたいでね。だから、大人には「穴」は無害だし、いくらその話をしても、絶対信じてくれない。
でね。
なんでそうなるのか分からないんだけど、僕に敵意とか、怒りとかを向けてくる大人って、どういうわけか、「穴」と重なることが多いんだ。
さっきちょっと話したけど、「穴」は真っ黒で、草とか石とかの上に乗っても、まるでそのでこぼこが分からなくなるんだ。
人間のいる場所と重なっても、同じことが起こる。
そこに突如、真っ黒い柱が立ったような感じになって、そこから、なんだかこもったような声が聞こえてくるんだよ。
まるで、「穴」そのものが話しているようにね。
おじさんたち警察がずるいことを考えて、小林君のおばさんを放っておくうち、僕に話しかける大人は、大体皆、この黒い柱になるようになった。
「ねえ、皆瀬川君。先生、君のこと信じてるよ。でも、もし、もしも小林君のことで思い出したり、知ってることがあるなら、少しだけでもいいから、先生に話してくれないかな?」
「ほら、あの子。小林君と最後まで話をしてたって。なんでも、今までずっと小林君を逆恨みしてうらんでたとか。怖いわねえ~」
「あ、ゆう君!こっちにらっしゃい!いいから!あ、逆瀬川君、こんにちは!ゆう君、今日はちょっと用事があるの!また今度ね!ほら、ゆう君早く!」
「いくらいじめられてたにしても、人を殺すって、ねえ?全く、どんな育てられ方をしたらあんな子に育つのか……」
みんなみんな、真っ黒い柱から聞こえてくるんだ。どす黒い感情がね。
中でも一番応えたのは、僕の父さんと母さんまでが、真っ黒い柱になったことかな。
「お前のおかげで、僕の塾はもうおしまいだ!そりゃ、お前には悪いことをしたと思ってるよ!でも、そこまですることはないだろ?そのうちなんとかするつもりだったんだ、それをお前が馬鹿なことをしでかしたせいで!」
「信じられない!あんた本当に私の子なの?周囲の人間の気持ちを考えないで、好き勝手なことばかりして!おかげで私まで、皆から責められる!どうすんのよ!このままじゃ、ろくに仕事もできやしない!」
もうね、うんざりだよ。
皆、僕がやったと決めつけて、ヒステリックに自分の都合を言い立てるだけで、なにがあったか冷静に知ろうとする人は一人もいない。
あり得ないことだからと僕の話に耳を貸さず、嘘をついていると決めつけて、「ウソ」を白状させようとする。
そのたび、僕は失望して、がっかりして、生きていくのが嫌になって……感じるんだ。 「穴」がだんだん、僕に忍び寄ってきてるのを、ね。
多分、近いうちに僕、「穴」に吸い込まれるんじゃないかな。
まあ、それでもいいかって、今は思ってる。
これから先ずっと、誰からも信用されずに生きるぐらいなら、いっそいなくなってしまった方が気が楽だしね。
え?なんでおじさんに「穴」の話をしたのかって?
さあ。気まぐれだよ。
おじさんに話したところで、こんなあり得ない話、信じてくれるとは思えない。けれど、最後までさえぎらずに僕の話を聞いてくれるとしたら、警察の人しかいないかな、って思ったんだ。
他の大人は、「穴」のことを言いかけただけで「嘘をつくな!」って大声出す人ばかりだからね。
さあ、話したいことは話し終わったし、僕、そろそろ帰ります。
あ、ジュース、ごちそうさまでした。
それと、最後まで話を聞いてくれてありがとう。
じゃあ、さよなら。
どうして大人って、自分のできないことを子どもに無理矢理やらせようとするんだろうね?
あ、いや、うちの母さんなんだけどね。
いつもいつも僕に言うんだ。「論理的に正しいと思うことは、きちんと主張しなさい。その方が楽だからといって、簡単に人の意見に同調してはいけません」ってね。
でも、そういった次の日、教室で――あ、僕の母さん、小学校の先生をしてるんだけど――さわいでいる生徒に向かって「まあ、なんて元気がいいのかしら。元気な子は先生大好きよ。算数の時間だけど、今日は算数はやめて、皆で歌を歌いましょう」なんて、にっこり笑って子どもに合わせちゃうんだ。
おかしいよね。
だから、次に同じようなことを言われたとき、指摘してやった。
「母さんはいつも教室で馬鹿なヤツらを褒めてばかりいるじゃん。悪いことをしてるのはあいつらなのに」
ってね。
そしたら、ぐっと言葉に詰まった後で「……大人にはいろいろあるのよ。仕方ないことなの」だって。
大人にいろいろあるように、子どもにだっていろいろあるんだよ、そういうときは自分を曲げて相手に合わしてもいいの、って聞いてやろうかと思った。けど、それをやったら「あんたはなにも分かってないのよ!」とかわめいたあげく、延々説教するに決まってる。だから、それ以上なにも言わずに黙ってたけど……おかしいよね?
それとも、こんなことばかり考えてる僕の方がおかしいのかな?
でも、仕方ないよね。他の子は、騒いだりはしゃいだりするのが好きみたいなんだけど、僕はそんなことより、いろいろ考えるのが好きなんだもの。
僕は、三隈川櫂。大豊市立東大豊小学校に通う、小学5年生。身長143センチ。体重35キロ。好きな食べ物はカレーライス。
そして、僕の斜め頭上には、空から縄が垂れているんだ。
今回で完結。




