ふわふわしてないマシュマーリン
『あれっ?』
肉体労働の手を止めて、そのチューインキャンは、ザッハトルテの道の上を歩いてくるその女の子に目を留めました。
『あんなマシュマーリン……この世にいたっけ?』
いろんなマシュマーリンがこの世にはいます。
でも、その姿に大差はありません。
みんなふわふわしているはずでした。
白くないもの、大きいもの、小さいものやチョコレートを纏ったものなどはいるものの、ふわふわと柔らかそうでないマシュマーリンなんて、この世にはいないはずでした。
それは間違いなくマシュマーリンでした。
固い筋肉をねりねりと動かす、肉体労働が得意なチューインキャンとは違って、しゃなり、しゃなりと腰を動かして歩くその姿は、チューインキャンの心をうっとりさせる、確かにマシュマーリンのものでした。
でも、とても固そうな見た目をしているのです。
噛みついたらすぐにふわっとほどけ、口の中でとろけるあのマシュマーリンとは思えませんでした。
鎧みたいな肌が、つやつやに、玉虫みたいに輝いています。
いえ、玉虫なんて、お菓子の国にはいませんから、この世界のものにたとえるなら、それは固いキャンディーのようでした。でもキャンディーが生きて動いているわけはありません。
キャンディーというものは、河原や山奥の地面に広がって落ちている、生命のない玉石のようなものなのですから。
「ねぇ、キミ!」
そのチューインキャンは、固そうなマシュマーリンに、声をかけました。
「ボクと遊ばない?」
固そうなマシュマーリンは、切れ長の目の中の瞳を横に動かして、少しばかにしたように微笑むと、答えました。
「チューインキャンはお仕事するのが仕事でしょう? 手を休めないで」
「ボクらだって遊ぶ時は遊ぶんだ。特にかわいいマシュマーリンは一番の遊び相手だよ」
「いいわ」
チューインキャンの言葉に嬉しそうにうなずいて、固そうなマシュマーリンは足を止め、振り向きました。
「マシュマーリンは遊ぶのが仕事だもの」
ここはお菓子の国ですが、彼らと彼女らを食べるニンゲンとやらはどこにもいません。
あまぁいお菓子は、お互いを食べあうのです。塩辛いポテチップや千兵衛さんたちが隣の国で壊しあうのとは違ってて、ラムネ色の空を飛んだり、綿飴の野を駆け回ったりしながら、ふたつがひとつに溶けあうのでした。
固そうなマシュマーリンは、ほんとうに石みたいに固かったけれど、手を繋いで走っているうちに、とろとろとその肌がとろけはじめました。
チューインキャンが抱きしめて、その肌を優しくぺろぺろと舐めると、一層とろけて甘く流れだすのでした。
「仲良くなれて嬉しいよ」
チューインキャンはこの世を天国と思いました。
「キミみたいなおかしなマシュマーリンと出会えて、最高に幸せだ」
彼に舐められるたびに、固そうだったマシュマーリンは柔らかくとろけて、汗のような甘い汁をどろりどろりと流しました。
やがて鎧のようだったキャンディーのコーティングがすっかり流れ落ちると、そこには産まれたばかりの赤ん坊みたいな姿の、キラキラ輝く白い、ふつうにふわふわ柔らかなマシュマーリンが現れました。
「わん」
マシュマーリンが甘い声を出しました。
「あん」
身を守っていた固い鎧はもう、ありません。
殻を剥かれたピスタチオみたいに小さくなったマシュマーリンを、チューインキャンはふつうに食べてしまいました。
「ふぅ」
どこにもいなくなったマシュマーリンに、チューインキャンは言いました。
「これでいつまでも一緒だよ」
幸せ色の風が、金平糖の輝きを乗せて、結ばれたばかりのふたりを撫でて、通り過ぎていきました。