目なし
かつて、この町には人がいた。笑い声が響き、灯りがともり、日常があった。
けれど今は、誰もいない。
無人と化したこの地は、いつからか誰も寄り付かないゴーストタウンになっていた。
僕は禍月蓮司。
普通の高校生。運動は普通、勉強は得意じゃない。バイトもせず、彼女もいなく、ただ平凡な毎日を送っていた。
ことの発端は些細なことだった。クラスの話題。
「ゴーストタウンには人を食べる悪魔が出る」
そんな今どき、小学生でも信じないような話。
どうやら、某動画サイトにも底辺配信者が【ゴーストタウンに行ってみた】なんてタイトルで、サムネには明らかに作り物の悪魔と一緒に映っているのを使用したのを上げている。
再生数も数百程度。誰も本気にはしていない。
中には【悪魔の解説】なんて紹介動画もあるが、それも再生数は回っていない。
ただクラスメイト達が話題にしてるだけ、明日には違う話題で騒いでいる。
ただ、僕はなぜかその話題が頭から離れなかった。
平凡な毎日にちょっとした刺激を求めて肝試し。
どうせ、噂でしかない。
僕は底辺配信者にグッドボタンを押しながらそう思っていた。
けれど───それは間違いだった。
「ほ、ほんとにいた。噂なんかじゃ...」
周りの景色が早く流れていく。
心臓の鼓動が早くなり息をするのもやっとだ。
この足を止めたらどんなに楽か、一瞬の快楽に身を任せたい衝動に駆られる。
だが、止まれば死ぬ。
死ぬ原因は明白だ、僕の吐く息遣いよりも大きな吐息を響かせながら迫る物体
それは全長3mはあるだろう。腕なのか足なのかわからない6本の肉をジタバタさせ、大きな口を開けて僕を食べようとしている。
それは【悪魔】と呼ばれる異形。
配信サイトによれば、悪魔と言っても多様な姿をしている。肉食獣のように鋭い牙や爪を持つものや、翼を持つ者、人型もいるという。
僕を追いかけている悪魔は鋭い牙や爪もなければ翼もない、全て奥歯のような形状をした歯をガチガチ鳴らしている。
きっと食べられれば草食獣のようにすり潰されながら味を堪能される事だろう。
絶望の中にも希望があるとすればこいつには【目】が無い事だ。
悪魔の強さは目の数で決まるという。きっと目があったら僕は走る権利すら与えられていなかっただろう。
目無しと言っても、何の能力もない僕が太刀打ちできるものではないので、現在全力で逃げている。
まさか、配信サイトの情報がそのまま目の前に現実に現れるなんて。
「うぁぁああ!!助けてくれええ!!」
全力で走るのでさえ辛いのに、それに加えて全力で叫ばなきゃいけない。
喉の奥に鉄の味が広がる。
この貧弱な体も、限界が近いようだ。
叫んだところで人の気配すら無いこのゴーストタウンでは意味なんてないのに。
あぁ、こんな事になるなら肝試しなんてするんじゃなかった。