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※第九話:未知との遭遇

「なあ、みんなに相談があるんだけど……」


 翌日、トホホはアリス、シズク、リリア、そして肩の上のグルリンに、昨日のグルリンの告白と神と呼ばれる存在について話した。


「つまりトホホをこの世界によびよせたのは神様ってこと?」


 アリスは腕を組み顎に手を当てて考え込んでいる。


「そしてグルリンはその神様のスパイみたいなもんだったと?」


「スパイって言い方はヒドイ!」


 グルリンが抗議するがアリスは気にも留めない。


「で、その神様の目的は、色々な世界の記憶を集めること、と」


 シズクは目を丸くして呟いた。


「なんだか壮大なスケールのお話ですね」


 リリアは難しい話はよく分からないらしく、トホホの服の裾を引っ張りながら不安そうに尋ねてくる。


「かみさま、こわい?」


「さあな……怖いかどうかはまだ分からないけど、少なくとも、俺たちを利用しているのは確かだ」


 トホホは重い口調で答えた。


「それでどうするのよトホホ?」


 アリスが問い詰める。


「その神様の正体と目的を探るって言ったって、一体どこから手を付ければいいの?」


 トホホは皆の顔を見回した。

 アリスは冒険者として経験豊富だが、神様の情報となるとさすがに手がかりはないようだ。

 シズクは困ったように首を傾げている。

 リリアはただトホホの顔を見上げているだけだ。

 そしてグルリンはといえば……


「うーん……神様の声は本当にたまにしか聞こえないし……どんな姿をしているかも分からないし……」


 グルリンも全く頼りにならない。

 結局、自分で何とかするしかないようだ。


「何か手がかりはないか、みんなも考えてくれないか」

 トホホはそう提案したが、その後しばらくの間、有益な意見は一つも出てこなかった。


 アリスは「神様なんて気まぐれで理不尽なもんよ。逆らっても無駄じゃない?」と現実的な意見を言う。

 シズクは「もしかしたら神様にも何か事情があるのかもしれませんね……」と、どこまでもお人好しだ。


 どうすればいいのか……

 トホホは頭を抱えた。

 下手に神を刺激してグルリンを危険に晒すような真似は避けたい。

 かといって、このまま神の言いなりになり記憶を奪われ続けるのも嫌だ。


 いっそのこと、このまま何事もなく、この世界で細々と暮らしていくのも悪くないかもしれない。

 アリスやシズク、リリアといった仲間たちもできた。

 グルリンだってなんだかんだで憎めない相棒だ。


 そんなことを考えていると、トホホの心は揺れ動いた。

 過去の悲しみはまだ癒えないけれど、この世界での新しい生活も少しずつ色づき始めている。

 無理に神に逆らって、全てを失うリスクを冒す必要があるのだろうか?


 そんな葛藤を抱えながらトホホは眠りについた。


 その夜、トホホは妙にリアルな夢を見た。


 見慣れない広大な空間に、自分が立っている。

 足元はフワフワとしていて、まるで雲の上にいるようだ。

 周囲にはキラキラと輝く無数のビー玉のようなものが漂っている。

 それはグルリンが食べる「記憶の足跡」にそっくりだった。


「ここは……一体どこだ?」


 トホホが呟くと背後から聞き慣れた、けれどどこかいつもより落ち着いた声が聞こえてきた。


「ここは神の領域の一端だよ」


 振り返ると、そこに立っていたのは、なんとグルリンだった。

 ただしいつものデフォルメされた丸い姿ではなく、少しだけ背が高くビー玉のようなツヤのある、どこか幻想的な姿をしている。

 そしてその瞳はいつもよりずっと深く、何かを見透かすような光を宿していた。


「グルリン……お前、そんな姿にもなれるのか?」


 トホホが驚いて尋ねると、グルリンは静かに首を横に振った。


「これは夢の中だからね。僕の……より本質に近い姿、と言えるかもしれない」


 夢の中のグルリンは、いつものウザさはなくどこか神秘的な雰囲気を漂わせている。


「トホホが知りたがっていること……神の正体と目的について、少しだけ教えよう」


 グルリンの言葉にトホホは息を呑んだ。

 まさか夢の中でそんな重要な情報を得られるとは。


「ただし、これは夢の中だけの話。目覚めたら、僕はいつものウザいグルリンに戻るから、期待しないでね」


(夢の中だけの話?)


 トホホが疑問を抱くがそんな事はお構いなしと言わんばかりに、夢の中のグルリンはその幻想的な姿で、荘厳な雰囲気さえ漂わせながら、ゆっくりと語り始めた。


「神はね、全ての記憶を繋げようとしているんだ」


「全ての記憶を?」


 トホホは思わず聞き返した。


「そうだ。ありとあらゆる世界、ありとあらゆる生命の記憶を一つに集め、理解することで、より高次元の存在へと進化しようとしているんだ」


 グルリンの言葉は壮大すぎてトホホには今一つピンとこない。

 まるで、どこかのファンタジー小説に出てくるラスボスのような計画だ。


「僕たちが集めた『記憶の足跡』は、そのためのほんの小さな断片に過ぎない。

 神は気の遠くなるような時間をかけて、宇宙全体の記憶のパズルを完成させようとしているんだ」


 グルリンはキラキラと漂うビー玉のような記憶の足跡を、慈しむような眼差しで見つめた。


(うわあ……なんか、スケールがデカすぎる……)


 トホホはグルリンの語る壮大な計画を聞きながら、正直なところとても自分のような平凡な人間が立ち向かえる相手ではないと感じていた。

 神と呼ばれる存在の目的が本当にそうであるならば、下手に逆らえば文字通り宇宙の塵にでもされかねない。


(やっぱり、神様について調べるのはやめておこう……下手に刺激して、グルリンまで巻き添えにするのは避けたいし……)


 トホホが夢の中で諦念にも似た感情を抱き始めたその時だった。


「ぶっははははは!何が『全ての記憶を繋げる』だ!そんな与太話を真に受けてるんじゃないよ、そこのビー玉野郎!」


 突然どこからともなく、けたたましい笑い声が響き渡った。

 その声は夢の静寂を切り裂くようにけたたましく、そして何よりも……

 トホホのツッコミ魂に火をつける、強烈な違和感を孕んでいた。


 声のした方を振り返ると、そこに立っていたのは見慣れない、どこにでもいそうな普通の格好をした若い男だった。

 ジーパンにTシャツというラフなスタイルで、頭には野球帽を被っている。

 どう見ても神様の領域とかいう場所にいるような人物ではない。


 夢の中のグルリンは突然の闖入者に驚愕し、ビー玉のような体を震わせた。


「き、貴様は……一体何者だ!ここは神聖な領域ぞ!」


 グルリンの威嚇にも全く動じず、若い男は腹を抱えて笑い続けた。


「神聖な領域ねえ!プッ!お前みたいな下っ端の使いっ走りが、よくそんな大口叩けるな!神の計画?宇宙の記憶のパズル?笑わせるな!」


 若い男は笑いながら夢の中のグルリンを指さした。


「お前の言ってることなんて、僕が適当に思いつきで言ったホラ話に決まってるだろ!こんな気まぐれで飽きっぽい奴が、そんな壮大な計画立てるわけないって!」


 その言葉にトホホは目を丸くした。


(え?神様って、そんなポンコツキャラなの?)


 夢の中のグルリンは、完全に言葉を失いオロオロと目を泳がせている。

 いつもの威勢はどこへやら、ただの小さなビー玉に戻ってしまったようだ。


 若い男はようやく笑いが収まったのか、トホホの方を振り返りにっこりと笑った。


「やあ、君がグルリンの宿主かな?驚かせて悪かったね」


 そして信じられない言葉を口にした。


「僕はね、この世界の神様だよ」


 その瞬間、夢の中のグルリンは文字通りビー玉のように飛び跳ねた。


「か、神様!?こ、この方が……!?」


 グルリンの驚愕ぶりは尋常ではない。

 トホホもまさかの展開に思考が完全に停止した。

 夢の中の神様(自称)は野球帽を軽く傾けニヤリと笑った。


「まあ、そんなわけでね。君をこの世界に呼んだのは、僕なんだよ」


 トホホはあまりにもあっけらかんとした神様の告白に言葉を失った。

 グルリンはまだ目を白黒させて神様とトホホを交互に見ている。


「あ、あなたが……俺をこの世界に?」


「そそ。退屈しのぎってやつ?色々な世界を見てみたくなってね。でも、僕が直接干渉するのも面倒だし、何か面白い方法はないかなーって考えてたんだ」


 神様はそう言うと、周囲に漂う記憶の足跡を指さした。


「そこで思いついたのが、君たちみたいな異世界人を召喚して、思い出を食べる精霊に物語を集めさせるってアイデア。精霊が見た記憶は、僕にも流れ込んでくる仕組みにしたんだ」


 トホホは開いた口が塞がらない。

 まさか自分の異世界での冒険が、神様の単なる暇つぶしだったとは!


「じゃあ、俺たちがこんな目に遭ってきたのは……全部、あんたの気まぐれだったって言うんですか!?」


 トホホの声は思わず語気を強めた。

 交通事故で妻子を失い生きる気力も失っていた自分を、そんな目的のためにこの世界に呼び出したというのか。


 神様は少し肩をすくめて言った。

「まあ、結果的に君たち、色々あったみたいだし?面白い物語もたくさん集まったよ。ほら、あのツンデレお嬢様とのドタバタとか、癒やし系ポンコツの天然っぷりとか、なかなか見応えあったし」


 まるでテレビ番組でも評価するかのような神様の言葉に、トホホは怒りを通り越して呆れてしまった。


「あんたにとって、俺たちの人生はただの娯楽番組だったって言うのか!」


「いやいや、そんな言い方ひどくない?ちゃんと感謝はしてるよ」


 神様はそう言うと、トホホに向かって手を叩いた。


「君のおかげで、なかなか興味深い物語がたくさん集まった。特に、あのウザ可愛い精霊との掛け合いは、予想外の面白さだったしね!」


 褒められているのか貶されているのか、全く分からない。

 グルリンは神様に「ウザ可愛い」と言われたことに微妙な表情を浮かべている。


「で、まあ君も随分とこの世界で頑張ってくれたみたいだし、そろそろ飽きたんじゃないかなと思って」


 神様はそう言うと、トホホに提案を持ちかけてきた。


「もしよかったら、元の世界に戻してあげようか?」


「元の世界に……?」


「うん。ただしこの世界での記憶は全て消去するけどね。じゃないと向こうの世界で色々面倒なことになるかもしれないし。どうだい?妻子との記憶は残ったまま、何事もなかったかのように、また元の生活に戻れるよ」


 神様の言葉はトホホにとってあまりにも魅力的だった。

 もう一度、亡くなった妻子と過ごした世界に戻れる。

 もしかしたら、あの悲しい事故の前にさえ戻れるのかもしれない。


 しかし同時にこの世界で出会った仲間たちの顔が、脳裏をよぎった。

 アリスのツンデレな笑顔、シズクのポンコツぶり、リリアの無邪気さ、そして、なんだかんだで憎めないグルリンの存在。


 もし記憶を消して元の世界に戻ったとしたら、これらの出会いは全てなかったことになる。

 この世界で経験した喜びや悲しみ、そして少しずつ取り戻しつつあった生きる気力も、全て消え去ってしまうのだろうか?


 トホホは神様の申し出に、すぐに答えることができなかった。

 あまりにも突然の提案に、頭の中が混乱している。


 隣ではグルリンが不安そうにトホホの顔を見上げている。

 もしトホホが元の世界に戻ることを選んだら、自分はどうなってしまうのだろうか。

 神様の「飽きた」という言葉が、グルリンの未来を暗示しているようで、トホホは胸が締め付けられた。


(つまり神はグルリンに「飽きた」ということで…)


「どうする?せっかくのチャンスだよ?辛い過去を忘れて、新しい人生を始めるのも悪くないと思うけど?」


 神様はトホホの考えなどお構いなしに急かすようにそう言った。

 トホホに神と話せる残された夢の時間は、あまりないのかもしれない――。


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