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※第五話 シズク(癒し系ポンコツ)との出会い

 ササキユウとのある意味衝撃的な出会いを経て、トホホの一行は再び旅を続けていた。

 ササキの過去に対する割り切り方はトホホにとって理解しがたいものだったが、彼の明るさは重苦しい空気をいくらか和らげてくれたのも事実だった。


 もっとも別れ際には「またどこかで会いましょう!その時は、お互いの精霊自慢でもしましょう!」と、相変わらず能天気なことを言って颯爽と去っていったのだが。


 そんなササキとの出会いから数日後。

 森の中を歩いていたトホホたちは、木陰にうずくまっている人影を見つけた。

 近づいてみると、それは清楚で落ち着いた雰囲気の美しい女性だった。

 白いワンピースのような衣は薄汚れ、足元には血が滲んでいる。


「あら、どうしたのかしら?」


 アリスが珍しく心配そうな声を上げた。

 普段の彼女なら、「こんなところで油を売っているとは、だらしない女ですわね!」とか言いそうなものだが、さすがに傷ついた女性には多少なりとも同情の念が湧いたのだろうか。


 トホホが声をかけようとしたその時、グルリンが慌てたように言った。


「ねえ、トホホ!あのお姉さん、なんだかすごく弱ってる!美味しい思い出、いっぱい持ってるんじゃないかな!?」


 相変わらず食い意地ばかりのグルリンに、トホホは呆れつつも女性の身を案じた。


「大丈夫ですか?何かあったんですか?」


 トホホが優しく声をかけると、女性はゆっくりと顔を上げた。

 その顔は清楚で美しかったが、どこか不穏な影が宿っていた。

 そして何より、その瞳は潤んで今にも泣き出しそうだった。


「わたくし…魔物に襲われてしまって…」


 か細い声で女性はそう答えた。

 腕には痛々しい傷跡が残っている。


「魔物!?一体どんな魔物に?」


 アリスが警戒したように周囲を見回した。


「お一人でこんな場所に…危険すぎますわ!」


「すみません…わたくし少し道に迷ってしまって…」


 女性は申し訳なさそうに俯いた。

 その清楚な雰囲気とおどおどした様子に、トホホはなんだか放っておけなくなった。


「もしよろしければ私たちのパーティーに加わりませんか?安全な場所までお送りしますよ」


 トホホがそう提案すると、女性は感謝の表情で顔を上げた。


「本当に…よろしいのですか?ご迷惑をおかけしてしまいます…」


「気にしないでください。困っている人を見過ごすわけにはいきませんから」


 トホホの言葉に女性はほっとしたように微笑んだ。

 その笑顔は清く穏やかで、見ているだけで心が安らぐようだった。


「ありがとうございます…わたくしは、シズクと申します」


「私は佐藤ハジメ、こちらはアリスさん、そしてこっちのビー玉みたいなのがグルリンです」


 トホホが自己紹介をすると、シズクは丁寧に頭を下げた。


「シズクさん、どうぞこちらへ。手当てをしましょう」


 アリスがそう言って、シズクを焚火の近くへと促した。

 アリスは意外にも手慣れた様子で、自分の持っていた薬草を取り出しシズクの傷の手当てを始めた。

 普段の毒舌はどこへやら、その手つきは優しく清らかだった。


「ねえトホホ!あのお姉さん、すごく清楚な雰囲気だけど、なんだかドジっ子っぽいオーラが出てる気がする!」


 グルリンがシズクの清らかな佇まいと、どこか頼りない雰囲気を敏感に感じ取ったのか、そんなことを言い出した。


「ドジっ子…?そんなことないと思うけど…」


 トホホはそう思ったのだが、その後のシズクの言動を見て、グルリンの言葉があながち間違いではないことに気づかされることになる。


 手当ても終わりアリスがシズクに飲み物を渡そうとした時、シズクは感謝して受け取ろうとしたのだが、どういうわけか手が滑って中身を盛大にアリスにぶちまけてしまったのだ。


「ああっ!申し訳ありません!」


 シズクは顔を真っ赤にして謝ったが、アリスは一瞬険悪な表情になったものの、深呼吸をして「…まあ、たまにはそういうこともありますわ」と、予想外にも寛大に許してくれた。


 その様子を見てトホホは心の中で呟いた。


(確かに…ちょっとポンコツっぽいかも…)


 こうして傷ついた清楚な女性シズク、通称(トホホ命名)癒やし系ポンコツと出会ったトホホ一行。

 彼女の清楚な魅力と時折見せる予測不能なドジっぷりに、旅の雰囲気もまた少し変わっていくのだった。

 そしてグルリンは、「癒やし系ポンコツかぁ…どんな味の思い出を持っているんだろうなぁ…」と、新たな獲物(?)に興味津々の様子だった。


 数日後。


「はぁ……シズクさんの淹れてくれたお茶は、本当に心が落ち着きますね」


 トホホは湯気を立てる温かいお茶を一口飲みほっと息をついた。

 清楚な微笑みを浮かべるシズクの周りには、穏やかな空気が流れている。

 森の中の小さな休憩所、木漏れ日が優しく差し込む中で、彼女の存在はまさに癒やしだった。


「ええ、佐藤さん。この辺りの野草をブレンドしてみたんです。特に、この『眠り草』は安眠効果があるんですよ」


 シズクはにこやかにそう言うと、なにやら可愛らしい花のようなものをトホホに見せてきた。


「へぇ、これが眠り草ですか。知りませんでした」


 トホホが感心していると、隣でリリアがその花に興味津々で手を伸ばした。


「これなぁに?」


「あらあら、リリアちゃんも気になるの? でもね、これはちょっと苦いから、そのまま食べちゃダメよ」


 シズクは優しくリリアの手を制止した。

 その様子もまた、母性的な温かさに溢れている。


「ん~、苦いのかぁ……」


 リリアは少し残念そうに耳をぴょこぴょこさせた。


「で、トホホの旦那ァ、そろそろなんか面白い思い出、ポロっと出てこねぇのかよ? あ~、甘酸っぱい青春の思い出とか熱い友情の記憶とか、ねぇ!」


 グルリンはトホホの肩に乗っかり、ビー玉のような体をキラキラさせながら催促した。

 相変わらず空気の読めない食いしん坊である。


「うるさいなぁグルリン。そんな都合よく面白い思い出なんて出てこないよ」


 トホホが呆れていると向かいに座るアリスが腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。


「まったく、いつまでそんな情けない顔をしているんだ役立たず! さっさと魔物を倒してこの森を抜け出すぞ!」


(ツンデレラ、相変わらず口が悪いなぁ……)


 トホホは内心で苦笑した。

 彼女の言葉は相変わらず厳しいが、どこか心配しているようなニュアンスも感じられる。


 そんな和やかな(?)雰囲気の中、シズクがふと思い出したように手を叩いた。


「あっ、そういえば佐藤さん。このお茶にですね、隠し味で『毒見草』をほんの少しだけ入れてみたんです」


「……え?」


 トホホの穏やかな表情が一瞬で凍り付いた。


「えへへ、ちょっと入れすぎちゃったかもしれませんけど、まあ大丈夫、大丈夫! 毒を中和する効果を高めた、ということで、たぶん。知りませんけど!」


 シズクは満面の笑みでそう言いながら、一人頷いた。

 その瞬間周りの空気が凍りつき、全員が彼女の言葉に言葉を失う。


「ど、毒見草を入れすぎたって……大丈夫なわけないでしょう!それ毒ですよ、毒!」


 トホホは慌ててお茶の入ったカップを手元から遠ざけた。


「むむむ、毒だと!? まずいぞトホホ! そんなもん飲んだら、美味しい思い出がマズくなるかもしれん!」


 グルリンはビー玉の体をプルプル震わせながら騒ぎ出した。


「どく?おいしいの?」


 リリアはシズクとトホホの慌てた様子を見て首をかしげている。


「な、なんですって!? 毒見草を入れすぎた、だと? シズク貴様一体何を考えているんだ!」


 アリスも信じられないといった表情でシズクを睨みつけた。


「あら? 皆さんそんなに驚いて。毒見草は少量なら体に良いって聞いたことがありますよ? たぶん、きっと、そのはずです!」


 シズクは再び悪びれる様子もなく首を傾げて微笑んだ。

 その笑顔は相変わらず清楚で優しいが、言っていることは完全にアウトである。


 トホホは癒やしを感じたのも束の間、予想外のポンコツぶりに盛大にツッコミを入れたくなった。


「いやいやいや! 少量なら良いってレベルじゃないでしょう! 第一、隠し味にする必要ありますか!? ていうか、隠し味が毒ってどういうことですか!」


 結局、そのお茶は誰も飲む勇気が出ず、森の土にそっと還されることになった。

 トホホはこの癒やし系ヒロインの底知れぬポテンシャルに、改めて戦慄を覚えるのだった。

 彼女の周りでは、常に何かが予想外の方向に転がっていく気がしてならない。

 そしてそんな騒がしい日々もまた、彼の生気を少しずつ取り戻させているのかもしれない、とトホホはぼんやりと思った。

 もちろんグルリンは「あ~あ、せっかくの『毒味』チャンスだったのに~!」と、最後までぶつぶつ文句を言っていたが。


 森の休憩所でひと時を過ごした一行は、いざ帰ろうという時になって、リリアが膝に怪我をしていることに気がついた。

 夢中になって遊んでいるうちに、どこかで転んで擦りむいたのだろう。

 子供ならよくある事だ。


「ここは、リリアちゃんの怪我を治しておきましょう」


 穏やかな声でそう言ったシズクは、小さなリリアの前に膝をつき、両手を重ねた。

 リリアは好奇心旺盛にシズクの顔を見上げている。


「おお、シズクの回復魔法か! どんなもんか見せてもらうぞ!」


 グルリンはトホホの頭の上で、ビー玉の体を興奮させていた。

 アリスも腕を組みながらも、興味深そうにその様子を見守っている。

 トホホは先ほどの毒入りお茶の件が頭をよぎり、若干不安な気持ちでいた。


「清き光よ、傷を癒やし、痛みを取り除きたまえ――キュア……キュア……キュピ……?」


 シズクは真剣な表情で呪文を唱え始めたが、最後の部分で盛大に噛んでしまった。


「キュピィ? なんだそりゃ、可愛い呪文だな!」


 グルリンはケラケラと笑い出した。

 アリスも「ぷっ」と吹き出しそうになるのを堪えている。


「あ、あの……申し訳ありません。少し緊張してしまって」


 シズクは照れくさそうに頬を赤らめ、もう一度呪文を唱えようとした。


「清き光よ、傷を癒やし、痛みを取り除きたまえ――キュア・マイ・スネ!」


 今度は自分のスネをさすりながら、自信満々に言い放った。


「自分のスネ!? リリアちゃんの怪我を治すんじゃないのかよ!」


 トホホは思わず叫んだ。

 リリアは「?」という表情でシズクと自分の足元を交互に見ている。


「あら? あらら? また間違えてしまいました。いけませんねドジで……」


 シズクは困ったように笑い、三度目の正直とばかりに手をリリアの小さな手に重ねた。


「清き光よ、傷を癒やし、痛みを取り除きたまえ――キュア・リトル・バード!」


 次の瞬間、どこからともなく小さな青い鳥が飛んできて、リリアの頭にとまった。


「鳥!?」


「ピヨピヨ!」


 リリアは頭の上の鳥に興味津々で手を伸ばそうとするが、鳥はすぐに飛び去ってしまった。


「……あの、シズクさん。リリアちゃんは獣人であって、鳥ではないんですよ……」


 トホホはため息交じりに指摘した。

 アリスはもう完全に笑いを堪えきれず肩を震わせている。


「まあ鳥さんが来てくれたのも、きっと癒やし効果があった、ということで!」


 シズクはどこまでもポジティブだ。

 しかし肝心のリリアの怪我は全く治っていない。


「リリアちゃん。いたい?」


 トホホが心配そうにモフモフに尋ねると、リリアはコクリと頷いた。


「仕方ありませんね……えっと、確か回復魔法は……こう、だったかしら?」


 シズクは今度は目を閉じ、ブツブツと何かを呟き始めた。

 そして両手をリリアに向けて勢いよく振りかぶった。


「癒やしの波動よ! ポヨポヨポヨ〜ン!」


 その瞬間、シズクの手から放たれたのは眩い光ではなく小さなシャボン玉だった。

 シャボン玉はフワフワとリリアの周りを漂い、パチンと音を立てて割れていく。


「シャボン玉……?」


 トホホは脱力した。

 グルリンは床に転がって腹を抱えて笑っている。

 アリスもついに耐えきれず、「ぶははは!」と豪快に笑い出した。


「あらあら、また失敗しちゃいました。シャボン玉も、まあでも綺麗だから良いですよね!」


 シズクは全く懲りていない様子で、キラキラとした目でシャボン玉を見つめている。


「良くないですよ! 全然良くない! リリアちゃんの怪我は治ってないし、何よりも回復魔法がシャボン玉ってどういうことですか!」


 トホホは頭を抱えた。

 この清楚で優しいヒロインは、一体どこまでドジっ子なのだろうか。

 彼女の回復魔法が成功する日は、果たして来るのだろうか。

 諦め顔のトホホは遠い目をするのだった。

 そしてリリアの怪我は結局、アリスが持っていた普通の傷薬で手当てされることになったのは言うまでもない。

 シズクは「まあ治れば結果オーライですよね!」と、最後まで笑顔を絶やさなかった。


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