※第四話 ササキ(オプティミスト)との出会い
旅の途中、トホホ一行は賑やかな街道沿いの宿場町に立ち寄った。
宿の食堂で昼食を取っていると隣のテーブルに、やけに明るい声の男が座った。
「いや~、今日もいい天気!冒険日和だぜ!」
屈託のない笑顔でそう言い放ったのは、いかにも冒険者といった風貌の青年だった。
腰には立派な剣を佩き、身軽そうな革の鎧を身につけている。
その青年の頭の上をトホホは見逃さなかった。
そこには自分と同じように、半透明のビー玉のようなものが浮かんでいる。
「あれ…あなたも、精霊と契約しているんですか?」
思わず声をかけると、青年は満面の笑みで振り返った。
「おや、気づきましたか!ええ、まあね!おかげで、結構強い魔法が使えるようになったんですよ!」
「魔法…」
トホホは自分の頭の上にいるグルリンをチラリと見た。
グルリンはその青年の頭上のビー玉を、興味津々といった様子で見つめている。
「ねえ、トホホ!あのお兄さんの頭の上にも、美味しそうなビー玉があるぞ!どんな味かなぁ?」
グルリンが小声で囁いた。
「残念ながらあれは食べられないんだよ、グルリン」
トホホがそう答えると、グルリンはまたもや不満そうな顔になった。
「ちぇっ、またカヤの外か…」
一方、青年はトホホに興味を持ったようだ。
「あなたはどんな精霊と契約しているんですか?」
「えっと…まあ、ちょっと変わった…ビー玉グルメ精霊、です」
トホホが曖昧に答えると、青年は目を丸くした。
「ビー玉グルメ精霊!?そいつは面白い!初めて聞きましたよ!」
青年はそう言うと、勢いよく立ち上がりトホホのテーブルに近づいてきた。
「俺はササキユウと言います!あなたも冒険者の方ですか?」
「さとう、はじめ…と言います。まあ…色々とあって…」
トホホが言葉を濁すと、ササキは気にせず明るく笑った。
「ハハハ!色々ありますよね!この世界に来た人は、みんなそうですよ!」
その時グルリンが突然、ササキの頭の上を指さして言った。
「ねえトホホ!あのお兄さんいつもニコニコしてて全然暗い顔しないね!きっと過去の嫌な思い出とか、全部ポイポイ捨ててるんだ!」
グルリンの言葉にトホホはハッとした。
ササキの頭上のビー玉は、トホホのよりもずっと数が少ない。
「なるほど!そういうことか!」
グルリンは納得したように頷き、ササキに向かってビー玉の体でジェスチャーをした。
「キミ!過去の嫌な思い出を美味しいエネルギーに変えて、いつもポジティブに生きてるんだね!今日からキミのことは『オプティミスト』って呼ぶことにするよハッピーボーイ!」
ササキは突然つけられた奇妙なニックネームに、一瞬ポカンとしたがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「オプティミストですか!面白いですね!気に入りました!」
ササキはそう言うと、トホホに向き直り目を輝かせながら語り始めた。
「実は俺もこの世界に来る前に、色々辛いことがあったんですよ。でもそんな過去の記憶なんて、今の俺には邪魔なだけですからね!精霊さんと契約して、どんどん食べてもらってるんです!」
ササキはまるで不要品を処分するように、あっけらかんとそう言った。
「過去の…辛い記憶を…邪魔なもの…?」
トホホはササキの言葉に衝撃を受けた。
交通事故で妻子を亡くした過去は、今も彼の心を重く締め付けている。
それを「邪魔なもの」と割り切って、手放すことができるのだろうか?
「ええ!だって、過去に囚われていても良いことなんて一つもないじゃないですか!だったら精霊さんに食べてもらって、その力で新しいことを始める方がずっと楽しいですよ!」
ササキは全く迷いのない笑顔でそう言い切った。
その眩しいほどのポジティブさに、トホホは言葉を失ってしまう。
「ねえトホホ。あのオプティミスト、本当に過去の苦い思い出が好きみたいだよ!頭の上のビー玉の色が、ちょっとニガイ色してる!」
グルリンがササキの頭上のビー玉を観察しながら、そんなことを言っていた。
トホホはササキの楽観的な考え方に、複雑な思いを抱いていた。
過去の記憶は、確かに苦しいものだけではない。
楽しい思い出や大切な人との絆も、そこには確かに存在している。
それを全て手放して、本当に前に進むことができるのだろうか?
同じ異世界から来たというのに全く異なる価値観を持つササキユウとの出会いは、トホホの心に新たな波紋を広げていた。
そして過去の記憶とどう向き合っていくのか、改めて考えさせられる出来事となったのだった。
ササキユウとの出会いは、トホホの心に重い楔を打ち込んだ。
過去の痛みに囚われ、抜け殻のように生きる自分と、辛い過去を「邪魔なもの」と割り切って前向きに生きるササキ。
そのあまりにも対照的な生き様は、トホホの胸に複雑な感情を渦巻かせた。
「いや~、しかしビー玉グルメ精霊とは珍しい!どんな思い出を食べさせるんですか?」
ササキは興味津々といった様子でグルリンに話しかけた。
グルリンは得意げにビー玉の体を膨らませた。
「オレはね、美味しい思い出が大好きなんだ!甘くて楽しい思い出は最高!苦い思い出も、後味が良ければイケるぜ!」
「なるほど!俺の苦い過去も、美味しくいただいてもらってますよ!」
ササキはケラケラと笑い、自分の頭上の、ほんの数個になったビー玉を指さした。
その様子は、まるで不要品を自慢しているかのようだった。
「ねえトホホ。あのオプティミスト、本当に過去のことなんて気にしてないんだね!すごいなぁ!」
グルリンは感心したように言ったが、トホホは複雑な表情で頷くしかなかった。
「すごい…のかな…」
妻子の笑顔、共に過ごした温かい日々。
それらは確かに過去の出来事だが、トホホにとって決して「邪魔なもの」などではない。
むしろ今の自分を支える、かけがえのない宝物だった。
それを手放して、本当に前に進めるのだろうか?
「そういえばサトウさんは、どんな思い出を食べてもらったんですか?」
ササキが屈託のない笑顔で尋ねてきた。
「えっと…初めて、妻と出会った時のこととか…」
そう答えた途端、トホホの胸には言いようのない切なさが押し寄せてきた。
あの時のドキドキや彼女の笑顔が鮮明に蘇ってくる。
「へえ!ロマンチックですね!でもそんな甘い思い出を食べさせちゃうなんて、もったいない!もっと苦くて、力になるような思い出の方が良くないですか?」
ササキは不思議そうに首をかしげた。
その能天気な物言いが、トホホの神経を逆なでする。
「あなたには分からないんですよ…!大切な思い出を失うことが、どんなに辛いことか!」
思わず語気を強めてしまったトホホに、ササキは一瞬、目を丸くしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「まあ人それぞれですよね!俺は過去に縛られるのは性に合わないんで!」
そう言ってササキは明るく笑い飛ばした。
その軽さがトホホにはどうしても理解できなかった。
「ねえトホホ。あのオプティミスト、ちょっとデリカシーがないんじゃない?」
グルリンもササキの言動に呆れたように言った。
「本当に…もう少し人の気持ちを考えてほしいよ…」
トホホは深くため息をついた。
ササキの楽観主義は、ある意味では羨ましい。
過去の痛みを乗り越えて前向きに生きようとする姿勢は、見習うべきなのかもしれない。
しかし大切な思い出を切り捨ててまで手に入れた力に、一体どれほどの価値があるのだろうか?
過去を否定することは、今の自分を否定することにも繋がるのではないか?
ササキの能天気な言動はトホホを苛立たせる一方で、そんな根源的な問いを突きつけてくるようだった。
過去に囚われる自分と、過去を捨て去ったササキ。
二人の間には深い溝が横たわっていた。
「ま、そんな暗い話は置いといて!せっかく異世界に来たんですから、もっと楽しまないと損ですよ!ね、佐藤さん!」
ササキはトホホの肩をポンと叩き満面の笑みを浮かべた。
その明るさにトホホは、またしても複雑な気持ちになるのだった。
この能天気な男は一体何なのだろうか…。
そして思った。
この男は先、大丈夫なのだろうか…と。