序章
「勇者よ…目覚めなさい……魔王を倒し…この世界を………」
謎の美しい声に目を覚ました。車に当たって死んでしまったと思ったが、どうやら生き返ったようだ。もしくは本で読んだ転生というやつかもしれない。服装や手を見た感じ、何より感覚が元々の身体ではないと言っている。目の前には透き通る青空、鳥がさえずり生い茂る木々。一目で違う世界だと分かるほどの絶景であった。辺りを見渡すと、自分が山の上の開けた一本の木の下に座り込んでいることがわかる。
「起きたんだね。身体は大丈夫かい?」
ふと、柔らかく優しい声が聞こえた。
「え?えーと…少し頭が痛い…かも?」
木の反対側にいたのか、声の主はひょっこりと木からこちらに顔を覗かせている。短めの白い髪を後ろでまとめ、感情が分かりにくい眠そうな目をした少年が立っていた。
「そうだよね、頭打って倒れてたもんね。一応手当はしたけど、痛みが続くようならあとで診療所に行こうか」
優しい言葉だった。なんだかんだで一度死んで、転生?した身だからなのか、不思議とその優しさと言葉がとても心に沁みた。
「お気づかいありがとう。ところで君は?」
「あぁ、名乗ってなかったね。私の名前は枝葉。この辺で暮らしている亜人だよ」
「ん、亜人?…まぁとりあえず、ありがとう。枝葉さん」
気になることは多いが、おそらく異世界なのだろう。こちらの常識が通じないこともある。本に書いてあったし。
「君は亜人ではないのかい?てっきり…いや、違ったのなら失礼なことを言ったね」
「いや、俺も亜人というか普通に人というか……」
「……なるほど…つまり君は…」
先ほどまで優しすぎて生気すら感じさせない眼をしていた枝葉さんが、怪訝な表情になった。なにかまずいことを言ったのかもしれない。
「あ!違くて!その、なんていうか…そう!g」
「頭を打って記憶喪失ってことだね」
「え、」
「え?」
勢いで言い訳を言おうとしたが、思ってもないことを言われた。よくよく考えてみれば、今は問題なかったが、これから先、転生という状態がどう影響してくるかわからない。何も分からず発言してしまうと危険な目に遭うかもしれない。危険を避けるためにも、この世界について知るまでは記憶喪失でいようか。うん、凄くいい考えだ。しばらくはそれでいこう。
「ま、いいや。君の名前を教えてくれるかい?記憶があやふやかもしれないけど。」
そういえば名乗っていなかった。記憶喪失でも名前は覚えているものなのだろうか?名前というと、この体にも名前があるのだろうか?俺は前世の名前しか知らない。うーん…いや、余計なことを考えても仕方がない。ここは前世の名前を名乗ろう。
「俺の名前は天祢だ。改めてよろしく、枝葉さん」
「…ふふっ」
急に枝葉さんが優しく微笑んだのでびっくりした。思ったより感情が豊かな人のようだ。しかし、この世界では俺の名前はそんな変な名前だったのか?
「ははっ、いい名前だね。うん、凄くいい名前だ。…私にさんはいらないよ。よろしくね、天祢」
ここまで名前を褒められると凄く照れる。何はともあれ楽しそうでよかった。あまりにも楽しそうなので、見てるこっちも楽しくなってきた。
「うん、よろしく枝葉」
そう言って彼の手を取り立ち上がる。今思えば、この世界での俺の人生は、彼の手を取った今この瞬間から始まったのだった。
この度は読んでくださりありがとうございました。
小説家になろうのサイト自体初めて触ったので、お話の内容はもちろん、設定にも不備があるかと思いますが、生温かい目で見守っていただけたら幸いです。