7話 秋葉巴
私の名前は秋葉巴。父が剣道場を営んでいて、私も物心がついた時から竹刀を握り、今では剣道初段だ。
父は厳しい人だったけれど、剣道を通して多くのことを教えてくれた。
「巴、剣道は心を鍛えるものだ。技だけでなく、礼節も大切にしなさい」
性格は内気で友達は少ないけど、趣味の合う友達と推しのカップリング談義に花を咲かせていた。最近では創作活動にも手を出していて、中学では美術部に入り日々画力の向上に努めていた。
母は私の創作活動を応援してくれて、画材を買ってくれたり、描いた絵を褒めてくれたりした。
「巴の絵は本当に上手になったわね。きっと将来は素敵な漫画家になれるわ」
あの頃は当たり前だと思っていた日々が、今ではかけがえのない宝物だった。
しかし、日常はいつまでも続かない。13歳の時に両親が交通事故で亡くなる。
私は親戚に預けられ、学校も転校になった。内気な私では新しい学校に馴染めず、親戚は私の事を疎ましく思っており、家でも学校でも私の居場所はなかった。
「また遅く帰ってきて…食事の用意なんてしてないからね」
叔母の冷たい声が胸に刺さる。叔父は私の存在すら認識していないかのように無視を続けた。
「お前がいると家計が苦しいんだよ」
従兄弟からはそんな言葉を投げかけられることもあった。
部活にも入れず、学校が終わると夜になるまで近くの公園で過ごすのが日課となった。叔母は最初こそ小言を言っていたが、今では私が遅く帰っても何も言わない。関心がないのだろう。
そして14歳、その日も学校が終わりと、公園で過ごす。
ただ過ごすのも暇なので、父の形見である竹刀を持ち、無心で素振りをしていた。
「えい!やぁ!」
父に教わった通りの型を繰り返す。この時だけは父がまだ隣にいるような気がした。
「もっと腰を入れて、巴」
そんな父の声が聞こえるような錯覚さえ覚える。
涙が頬を伝っていることに気づいたが、止めることはできなかった。
夜になり帰宅途中、横断歩道を渡っているとトラックが突っ込んできた。不意の事で避ける事も出来ず轢かれてしまう。
「あ……」
時間がゆっくりと流れているような感覚だった。これで全部終わるんだな、という諦めにも似た気持ちが心を支配していた。
もしかしたら、心のどこかでこんな結末を望んでいたのかもしれない。目が覚めると真っ白い何もない空間にいた。
「ここは?」
「神界へようこそ、アキバ・トモエさん」
声の方に振り向くといつのまにか綺麗な女の人が立っていた。
「私は“プリステラ”の神の1柱イーリス。貴方からいうと異世界の神といったところでしょうか。」
「異世界…?神…?」
女神イーリス様は本当に美しい方だった。まるで漫画やアニメから飛び出してきたような完璧な容姿をしている。これは、この流れはもしかして!異世界転移ってやつ?私だって中学生、この手の小説や漫画は一通り読んでいる。
「貴方の想像通りです。貴方がいた世界"アトラス"で貴方の生命は絶たれました。このまま亡くなるのは不憫に思い、"アトラス"の理に干渉して貴方の魂をここに呼んだというわけです。最近"アトラス"ではこの手の物語が多く出回っているそうですね。話が早くて助かります」
あの世界のことを"アトラス"って呼ぶんだ。そして異世界物の小説のことまで知ってるなんて。
「じ、じゃあこれから私は女神様の世界に行って魔王とかを倒したり、悪い奴をやっつけて世界を平和にすればいいのですか?」
「いえ、現在魔王や世界を脅かす存在はいません。特に貴方に頼みたい使命もありません。」
「それで私は何をすれば?」
「そうですね、私の創った世界をエンジョイしていただければいいと思っています」
「はぁ、エンジョイですか。」
「ではさっそく……」
「ちょ、ちょっと待ってください。」
「なんですか?」
「あの、転移されるにあたって何か能力か何か貰えないのですか?チートとか……」
「はて?チート?私が授ける事が出来る物は何もありませんよ?私に出来るのは見守る事くらいです。まぁ私の信徒には能力の一部を使う事が出来ますが、それも魔法の才能がないと出来ません」
え?チートないの?小説だと大体何かしらの特殊能力をもらえるはずなのに……。これじゃあ本当にただの中学生じゃない。
「そんな、私はただの中学生ですよ?剣道は習ってたけど戦いはおろかケンカすらした事ないし、なんの力もないのに。魔王はいないみたいですけど、魔獣とか盗賊とか悪い人もいるんですよね?」
心臓がドキドキしている。剣道で鍛えた体力はあるけれど、実戦なんて経験したことがない。竹刀で魔獣と戦えというの?絶対無理だ。
「ああなるほど、大丈夫だと思いますよ。これから貴方は私の世界へ召喚されるわけですが、転移されるのは貴方の魂だけ、肉体と所持している物は新たに作られるのですが、その時に何かしらの能力を授かる方もいます。かつて異世界転移された者にはその能力で、勇者と呼ばれた者もいるくらいです」
なるほど、それがチート……
「まぁ何も授からない方もまれにいますが……」
女神様はぼそっと言った。
「ちなみに私が授かる能力ってどんなのかわかります?」
「さあ、私が授けるわけではないので」
女神様でもわからないのか……戦いの役に立たない能力だったらどうしよう。それになにも授からない場合もあるみたいだし。
「そうだ、不安なら召喚先は私の信徒がいる所にしてあげましょう。性癖に難はありますが、なかなか面白い方です。きっと貴方の力になってくれる事でしょう。では今度こそ……」
女神様の信徒が手助けしてくれるのか、それなら……ん?性癖って言った?性格の間違い?いや、でも女神様がはっきりと「性癖に難がある」って……まさか変態?
「ちょっと待っ……」
今度こそ転送が始まってしまった。体が光に包まれていく。不安と期待が混じった複雑な気持ちのまま、私は新しい世界へと向かった。
そして気がつくと教会の中にいた。後ろにはさっきまで話していた女神様を模した女神像が、そして前にはその女神像にお祈りをしている私と年の近い少年がいた。