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29話 ドグマへ

「いい加減にしてほしいにゃ……」

 僕らが泊まっている宿、老猫亭の食事処で会うなりシャルルさんが呟いた。猫耳は力なく垂れ、尻尾も元気がない。よほど疲れているらしい。


「おはようございますシャルルさん。何かあったんですか?」


「トモエのことにゃ……剣ができてからやれ刀身の赤い輝きがどうだとか、他の剣に比べて軽いだとか、切れ味が今までと段違いだとか、振った時の風切り音が美しいだとか、熱伝導率がどうだとかずっと自慢してきて、おかげで寝不足にゃ……」

 自分専用の武器が手に入ったから嬉しくて自慢していたみたいだ。武器に興味のないシャルルさんにとってはさぞ苦痛だっただろう。トモエさんほどの怪力があれば武器の重さなんて関係ないだろうけど……


「今もああやって剣に向かってぶつぶつ言って……まるで新しい杖を買ったばかりのリーダーとエルノールみたいにゃ」


 言われて視線を向けると、席に着いたトモエさんがうっとりした顔で、抜き身のヒヒマルに語りかけ、隣にちょこんと座ってるジルさんは羨ましそうにヒヒマルを眺めている。しかし、給仕も他の客もドン引きしてるよ。

 ……待って、新しい杖を手に入れた時の僕とエルノールさんって、あんな感じだったの?気を付けよう……



「おう、揃っとるか?」

「おはよう」

「……」

 ブルーノさん、エルノールさん、リリスさんの3人が仲良く店に入ってきた。

「おはようございます。一緒に来たんですか?」


「すぐそこで一緒になってのぅ、老猫亭に来るのも久しぶりだのぅ……」

「トモエは何をやってるんだ?店の中で……」


「3人ともおはよう!それより見て見てブルーノさんが作ってくれた新しい剣だよ!」

 トモエさんは勢いよく立ち上がり、ヒヒマルを掲げる。


「ほぅ、これが……この辺では見ない形状の剣だな」

「ニホントウだな……」

 リリスさんが感心したように呟く。


「リリスさんよく知ってるね。ヒヒマルって銘にしたの!」

「「ださっ!」」

 エルノールさんとリリスさんの声が見事に重なった。

「だ、ださくないよ!それより聞いて、これね……」

「やめるにゃ!もうヒヒマルのことは聞きたくないにゃ!」

 どさくさでトモエさんがヒヒマルを自慢しようとしたがシャルルさんが止める。


「そういえばブルーノは宿には戻らないのか?」

 リリスさんがブルーノさんに尋ねる。

「おう、このまま師匠の工房で住み込みする事になった」

 ブルーノさんは元々老猫亭で僕と相部屋だったけど、剣作りの間はブルーノさんの工房に住んでいた。今後“闇鍋”の仕事がない時は、鍛治技術を向上させるためにそのまま工房に住む事に。

「リーダーは部屋を独り占めできるにゃ」


 エルノールさんは奥さんと暮らしているので、今は僕1人で部屋を借りている。少し寂しいけど、冒険者にとってトルムルさんみたいな大物鍛治師と繋がりを持てるのは光栄な事だし、ブルーノさんの鍛治技術向上は“闇鍋”の生存率向上にも繋がる。


「それで今日集まってもらったのは次の“闇鍋”の活動についてです。」 

 僕は一度、全員の顔を見渡した。

「ブルーノさんも戻り新しく装備も揃えました。それで腕試しも兼ねてダンジョンに潜ろうと思います!」


「……で、どこのダンジョンだ?」

 リリスさんが腕を組む。

「ドグマです」

 その一言で、場の空気が僅かに引き締まった。

「何でドグマなんだ?腕試しなら難易度の低い所があるだろう?」

「理由はいくつかありますが、皆さんも知っている通り“闇鍋(シークレット・ポット)”は“地獄の番犬(ケルベロス)”をモデルにしたパーティです。そしてドグマは“地獄の番犬”が拠点を置くダンジョン……そのドグマに挑むことで、どれだけ“地獄の番犬”に近付く事ができたのか評価しやすいかなと」



「そういえばドグマってブルーノが行きたがっていたダンジョンかにゃ?たしか世界で唯一酒をドロップするって……」


「そうだの……」

「なんで念願のダンジョンに行けるのにそんなにテンション低いにゃ?」

「今回の旅にはブルーノさんにとってのお目付役がいますからね」

「お目付け役?」

「トルムルさんも一緒に行くんだよ」

「トルムルも?どういう事だ?」

「師匠もドグマに用があってのぅ、ほれ、“剣聖(ソードマスター)”への依頼の品を届けにいくために」


「ああ、確かアルフが折った剣……それも完成したのか」

「もしかしたらその完成品でリーダーにリベンジするつもりなのかもにゃ」

「リベンジなんてやめてくださいよ」

 不吉な事言わないでよね。実現したらどうするんだ。


 そんなやり取りの中、エルノールさんだけが終始、どこか緩んだ表情をしていた。

「エルノールさんはドグマへ行くのどう思いますか?」

「ん?いいんじゃないか?」

 と締まりのない顔で答える。


「どうかしたんですか?何か良いことでもありました?」


「実は……妻が妊娠したみたいなんだ」


「ほう……」

「子供できたんすか!?」

「そいつはめでたいのぅ」

「エルノールさんおめでとう!」

「だから新しい杖を買った時みたいににやけてたにゃ」


「でもいいんですか?ドグマへ行くことになったらしばらく帰って来れませんよ?」

 ダンジョン攻略には時間がかかる。前に攻略したダンジョンは低から中難易度、それでも攻略には低難易度は1〜2週間、中難易度だと1ヶ月はかかった。ドグマのダンジョンは超高難易度、それも攻略できたパーティも1組だけだ。僕達が挑むとなると数ヶ月は見た方がいいだろう。

 その間、身重の奥さんを一人にするのは不安だろう……


「それに関しては大丈夫だと思う。妊娠を聞かされた時に『しばらく休んだ方がいいか?』と聞いたら、『冒険者なんだから子供の分までしっかり稼いでこい』と怒られたよ……稼ぎが少ないとこの杖を売ると脅されたから、今回のダンジョン行きはありがたい」


 エルノールさんも意外と尻に敷かれてるようだ。


「ただ子供が産まれてからにはなるんだが、一度里帰りをしたいと考えている。その間すまないが休ませてもらう事になるがいいか?」

「もちろん!お子さんの顔をご家族に見せてあげてください」

 エルノールさんが抜けるのは正直痛いけど、しょうがない。


「それなら私達でエルノールさんの故郷まで護衛すればいいんじゃないかな?」

 とトモエさんが提案する。

「確かにララノアは元冒険者とはいえ、出産したばかりでさらに体力も落ちらだろうし、長旅には答えるにゃ」

「エルノールの負担も大きいからのぅ」

「いいのか?」

「アタシは別に構わない」

「わだしも森人族(エルフ)の里には興味あるっす!わだしの知らない錬金術の資料があるかも……」

「それは僕もです……森人族には綺麗な女性が多いと聞く、非常に興味がそそられる。ついに僕にも綺麗なお嫁さんができるかも……」

「今もの凄く不安になったんだが……」

 何が不安なんだこの森人族は、人がせっかく士気を高めているというのに……

「大丈夫だよ。エルノールさんの故郷でアルフさんが変な事しないように私が見張ってるし」

 トモエさん?いったい僕が何をすると思っているのかな?


「ともかく助かるよ。森人族の里は奥深い森の中にあるからな。道中には厄介な魔獣も多いからな」

「それでは年明けにはなりますが、エルノールさんの里帰りに護衛としてついていくという事でいいですね」

 こうして”闇鍋”の次なる冒険の目的地が決まった。超高難易度ダンジョンのあるドグマ。そこで僕達はどこまで成長できるのか。“地獄の番犬”に一歩でも近づけるのか。

 期待と不安を胸に、僕達は準備を始めることにした。

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