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28話 緋色の刀

 約束の日が近付くとブルーノさんの使いの者が来た。ついにトモエさんの剣が完成したようだ。

 ジルさんも「ぜひ会ってみたいっす!」と前のめりに同行を希望。3人でトルムルさんの工房に向かった。


 工房に入ると奥から2人の土人族(ドワーフ)土人族が出てきた。“闇鍋(シークレットポット)”の重戦士(タンク)ブルーノさんとその鍛治の師であり5匠の1人、トルムルさんだ。


「ブルーノさん、トルムルさんお久しぶりです」


「おう、来たか!やっと完成したぞ!」


 ブルーノさんが朗らかに笑うと、トルムルさんは渋い顔でジルさんを見やった。


「……で、そっちのちっこいのが噂の新メンバーか?」

「ええ、こちら新しく入った錬金術師(アルケミスト)の……」

「は、はじめまして!ジル・パーカーっす。重戦士のブルーノさんですよね?」


ジルさんはやや緊張で声が裏返っている。


「おう重戦士のブルーノ・ガルバンだ。よろしくな」


「ワシはトルムル・ヘギンじゃ、ほう、錬金術師を入れたのか」


 白髭を撫でる仕草にジルさんは小さく悲鳴を上げた。


「あわわ、ほ、本物の5匠……」

 さすがにトルムルさんの名は知っているみたいだ。さすが5匠。



「そんな事よりほれトモエ、ヒヒイロカネの剣じゃ」

 ブルーノさんは布に包まれた一振りを差し出した。


「ひ、ひひひひヒヒイロカネ!?」


 ジルさんが叫び、机にあった器具をひっくり返しそうになる。


「伝説の金属ですよ!?これさえさえあれば一体どんな実験ができるのか……」

 とぶつぶつ言っている。さすが錬金術師、ヒヒイロカネの貴重さは分かってるらしい。でも自分の研究の事しか頭にないようだ。


  トモエさんが刀を手に取る。その剣は刀身が太陽の様に赤く揺らいでいる。


「……すごく軽い。これが私の剣……」

 その横顔は真剣で、胸の奥に熱が伝わってきた。


「この窪みは何か意味があるの?」

 柄の頭を覗き込むトモエさん。見ると柄の頭部分に窪みがある。


「あぁ、そこに魔石を嵌め込み魔力をこめると魔法が使えるようになる。お前さん以前から魔法を使いたいって言うとったからのぅ。ワシは魔石持っとらんから、自分が使いたい魔法を込められた魔石を探すといい。」


 “闇鍋”には優秀な精霊魔術師もいるし、ちょうど新しく錬金術師も入ったから、魔具を作ることは問題ないか。


「トモエさん、試しに僕の結界を切ってみてください」


「うん、わかった!」

 目が輝く。


「グレーターバリア」

「ベネディクション」


 僕は結界を張り、更にトモエさんの攻撃力を強化する。王都に到着してすぐ、教会で呪具に操られた時とだいたい同じ状況だ。

 トモエさんが剣を振るう。一振り目は軽い一撃。それで大丈夫と思ったのか、今度は力を溜め思いっきり振るう。


 しかし剣は折れることはなく、壊れたのは僕の結界だった。


「できはどうだ?」

 ブルーノさんが腕を組み、満足げに問う。


「これなら私の力にも耐えられるし凄く使いやすい!本当にありがとう、ブルーノさん!」

 トモエさんの声は嬉しさで震えていた。


「ふんっ、及第点といったところか……素材に救われたのぅ」


 トルムルさんはブルーノさんには辛口だな。そしてトモエさんにも助言する。

「おいトモエ、ヒヒイロカネを素材にしとるから他の剣に比べると頑丈だが、それでも無茶をすると限界はくる。でも加減はするな。お前さんはまだ発展途上じゃ。手を抜いてたらお前さんの成長は止まる。常、全力でいけぇい!そうすりゃいずれ“剣聖”を超える事が出来る……かもしれん」


「かもかよ!そこは超えるって言ってやれよ」

 とブルーノさんが突っ込む。


「やかましい!そりゃトモエ次第じゃろうが!まぁそういうわけじゃからお前さんはその剣を壊す勢いで使っていけぃ!壊れてもこのアホゥがなんとかするわい」


「はい!」


「ち、ちょっとトモエ……本当に壊しちゃだめだぞ?この剣打つのにすんげぇ疲れたんだから……」


「なに情けないこと言っとんじゃ?オメーは……それでもワシの弟子か」


「師匠……まだワシの事を弟子と思ってくれてんのか?」



「そんなことよりまだお前さんらに渡すもんがある。ブルーノはヒヒイロカネの剣を打つのに手一杯じゃったからのぅ、これはワシからの餞別じゃ」


 トルムルさんは外套2つ、胸当てと小手、ナイフ、ショートソードを出した。


「火竜の翼膜で作った外套と革で作った胸当てと小手、牙で作ったショートソード、爪で作ったナイフじゃ」


 トルムルさんの言葉にジルさんが反応する。

「か、かかかかかかりゅりゅ?なんでそんな装備が?トルムルさんの工房では火竜素材も取り扱ってるんですか?」

「な訳あるかい!火竜の素材がまともに流通するわけなかろう。こりゃアルフ達が持ってきたもんじゃ」


 ジルさんが顔だけこっちに向け、血走っている目で凝視する。正直怖い。

「ど、どういう事っすか!?」

「このヒヒイロカネを火竜が持ってたんですよ。僕達は火竜の巣からヒヒイロカネを盗んだんですけどそれに火竜が怒って追ってきたので、僕とトモエさんが殿になって戦ったわけです」

「それで倒しちゃったと?」

「まさか、殺されかけましたよ。たまたま火竜討伐に来ていた他の冒険者に助けられたんです」

「アルフさん達でも敵わない火竜を倒したということはもっと上の?」

「ええ、Sランクパーティの“地獄の番犬(ケルベロス)”です」

 まぁ、彼らにも殺されかけたんですけどね……


「わ、わだしでも聞いたことがある伝説パーティ……あれ?でもなんでそれで火竜の素材を?倒したのは別の冒険者ですよ?」


「僕達との戦いでトモエさんが火竜を傷付けてたんですよ」

「それでその部位をおこぼれを貰ったんだよね。『これでもっとマシな装備を揃えろ』って」

「そ、それで火竜素材を分けてくれたんですか?ず、ずいぶん太っ腹ですね……ところでトルムルさんその、火竜の素材って余ったりなんか……血の一滴でもいいので!」

 机に額を押し付けて必死に懇願する。


「あん?もうないぞ?血とかはワシにゃ使い道ないし、武具に加工できるとこ以外は捨てたぞい」

 ドラゴンの素材はかなり貴重だ。しかも捨てる部位がないと聞く。血の一滴さえ高値で取り引きされるんだけど……みんなと話し合って火竜素材は武具以外の事に決めた。どうしても使う気にはなれなかったからだ。

 だからトルムルさんには余った部位は好きにしていいと伝えていた。


「そんなぁ、ドラゴンの素材ですよ?高額で取り引きされるのに……」


「まぁまぁ、次回ドラゴンと遭遇して倒す事が出来たら、ちゃんとジルさんにも分け前をあげますから」

「本当ですか?絶対ですよ?」


「おいおい、ワシは嫌だぞ?あんな化け物とやり合うの」

「私も出来ればもう遭遇したくないなぁ」


 トモエさんとブルーノさんが弱音を吐く。気持ちはわからなくもないけどドラゴンはいずれぶつかる壁だ。リリスさんがドラゴンを従魔にするという目標がある以上いつかは挑まなくてはならない。でも僕はなんとかなると思っている。

 新メンバーも入ったし、武具も新しいのに新調した。正直前回の火竜も全員で挑んでいればもう少し善戦できていたと思う。



「外套とナイフは2つありますね。もしかして僕の分も作ってくれたんですか?」

 僕は話を戻す。せっかくトルムルさんが作ってくれたからね。


「おう、それだけじゃないぞ。こっちもじゃわい」

 と言ってショートソードを渡してきた。


「このショートソードも僕にですか?トモエさんにじゃなくて?」


「アルフは神聖術師(ヒーラー)だぞ?」


「わかっとるわい。いくら補助職っちゅうても攻撃出来る手段を一つくらいは持っておけって事じゃ。さらに上に行くんならのぅ」


 確かに高ランクの依頼は何があるかわからない。想定外のことが起こり、僕1人になることもあるかもしれない。僕でも扱える武器の一つでもあれば生存確率が上がるかもしれない。


「分かりました。有り難く頂いておきます!」


「ありがとう。トルムルさん!」

 トモエさんも貰うんだ。てっきりブルーノさん作の武具しか使いたくないとか言うかと思ったけど。

「へへ、お揃い……」

 頬を赤らめニヤつきながら何か呟いている。まぁ嬉しそうだからいいか。


「ところでお金なんですが……」


 いくら素材はこちらの持ち込みとはいえ、あの5匠が作った武具だ。僕の杖より更にお高いだろう。白金貨何枚必要になるか……お金足りるかしら……


「心配せんでいい、所詮片手間で作った物じゃ。こんなので金が取れるか!それに残った素材を貰うからそれでチャラにしてやろう」


「いいんですか?」

 助かった。正直お金全然足りないところだったし……

「やっぱり余ってるっすか?お願いします!ほんの少しだけでも分けて欲しいっす!」

 ジルさん、まだ諦めてなかったんだ。

「コイツらの武具に使った分のあまりだからもう武具用に加工してあるのしかないぞ?」

 それを聞いてガッカリする。


「で、これからお前さん達はどうするんじゃ?」

 トルムルさんは椅子に深く腰を下ろし、顎ひげをわしわし撫でながら問いかけてくる。


「そうだった。武器作りが忙しくて“闇鍋”の活動に全く参加出来なかったからのぅ」


「それなんですが、ダンジョンに潜ろうかと思っています」


「どこのダンジョンだ?」


「“闇鍋”がAランクに昇格したのと装備も新調できたので、今回はブルーノさんが行きたがっていたドグマです」


「な……」

 ブルーノさんの肩が震え、今にも歓声をあげそうになる。


「なんじゃとぉ!?」

 ドン!トルムルさんが杖で床を叩き、立ち上がる。ブルーノさんが喜ぶと思っていたけどトルムルさんの方が驚いていた。


「ドグマっつったら世界で唯一酒をドロップするダンジョンじゃねぇか!?」

 さすが土人族……酒の事となると詳しいな。


「そうじゃ師匠!そこでしか手に入らない幻の酒、やっと挑戦できるのか……くぅー早く飲んでみたいのぅ!」

 土人族2人の目がギラギラと光り、頬も赤く染まってきた。


「そういえば“地獄の番犬”はドグマを拠点にしとったな?」


「“地獄の番犬”になんか用があるのか?」


「ばっかやろう!ワシがメインに取り組んどった仕事を忘れたんかい!」


 そうだった。トルムルさんは“剣聖(ソードマスター)”ジェイドの剣を作るという依頼を受けていた。


「ジェイドさんの剣も出来たんですね」


「当たり前じゃ!試作品より良く出来たはずじゃ!今度はお前さんの結界も切ってみせるわい」

 腕をぶんと振り上げ、ドヤ顔。僕は額に汗をにじませた。


 この人は自分で作った剣が僕の結界と相打ちになったのを根に持っているらしい。さらに出来の良い剣を作るために試行錯誤していたようだ。


「僕達がジェイドさんに渡してきましょうか?」


「それには及ばんわい。コレはワシが直々に渡す。試作品とはいえ依頼された物を勝手に別の奴に使わせたし……こんくらいのサービスはせんとのぅ。そうじゃ、どうせなら“闇鍋”にドグマまでの護衛依頼を頼もうか」


「げっ、師匠も来んのか?」

 ブルーノさんは肩をすくめ、子供みたいに縮こまる。


「なんじゃブルーノ、文句あんのか?」

「うっ、なんでもないわい……」

 頬をひきつらせながら、頭をがしがしかき回す。


「それでしたらギルドを通さずに行きますか?手数料や成功報酬を払わなくて済みますよ」


「アホか!ワシを誰じゃと思うちょる!その程度の金払えるわい!」


「いやそうでしょうけど、トルムルさんには色々お世話になってますし……」


「それじゃとポイントが入らんし、お前さんらはSランクを目指してるんじゃろぅが!それにワシの作った剣を折ったやつがSランクじゃないと格好つかんじゃろぅ。早く上に行かんか!」


「トルムルさん……」

 アダマンタイト剣を折れたの僕だけの力じゃないんだけどな……


「気にすんなアルフ、師匠もお前さんの事は気に入ってんだ。年寄りのお節介なんだから遠慮すんな」

 ブルーノさんが肩を叩いて笑う。


「誰が年寄りじゃ!じゃが、そういうことじゃ……それよりブルーノ!オメェもちろんわかってんだろぅな?」

「なにがじゃ?」

「こんだけ世話してやったんだからドロップした酒の100本や200本融通せいっつぅことじゃ!」

 トルムルさんは当然だと言わんばかりに腕を組み、ふんぞり返る。


 まぁ確かにトルムルさんには、アダマンタイトの武器を貸してくれたり、ヒヒイロカネの剣作成を手伝ってくれたり、トルムルさん作の火竜装備を譲ってもらったりとかなり世話になってる。酒で済むのなら安い物だけど、それにしても桁おかしくない?


「そりゃないぜ師匠!酒が出る確率なんてそんな多くないんだぜ?100本なんて何回潜ればいいんだよ?それにさっき金はいらねぇって言ってたろぅが!」


「嫌ならいいぞぃ、やっぱりオメェ等にツケてた貸しを金で回収しようかのぅ。白金貨何枚になるか……」

 指を一本一本折りながら数えるトルムルさん。その迫力にジルさんが顔を青くして震えた。


「ブルーノさん、今回は酒は諦めましょう……でもトルムルさん、ブルーノさんの言う通りお酒が確実に出るとは限りません。どうか出た分だけにまけていただけないでしょうか?」

 僕は両手をひらひらさせ、なだめるように必死に取り繕う。


「しょうがねぇなぁ、流石に高難易度のダンジョンを何回も周回させるのは気が引けるし、それで勘弁しちゃろぅ」


「ブルーノさん、すみません。楽しみにしてたのに……」

 僕が申し訳なさそうに視線を落とすと、ブルーノさんは大きくため息をつく。

「本当じゃわい!まぁいい、上納品をこっそりくすねてもバレないじゃろうて……」


「言うとくが儂の酒を飲んだらすぐにわかるからのぅ!オメェも飲みたかったら100本以上見つけんかい!」

 トルムルさんが指を突きつけると、ブルーノさんは肩をがくりと落とした。

「うぐ、そんなぁ……」


「ほれ、オメェにも餞別をやるわぃ。硬度の高い鉱石から作った斧じゃ。これ使って死ぬ気で頑張ってこい!」


 トルムルさんは幅広の刃がついた斧を取り出す。見るからに重そうで、僕じゃ扱えないだろう。

「よ、よかったじゃないですか!ほら、あの5匠の武器ですよ?トルムルさんもちゃんとブルーノさんの事を考えてくれてるって事ですよ」

 僕はなんとかフォローするが……


「ただ単にお酒を多く持って帰るための確率を上げてるだけじゃ……」

 コラ!トモエさん……余計な事は言わない!


「ところでブルーノさん、トモエさんの剣はどんな銘なんですか?」


「なんにも決めとらん、トモエがつけていいぞ?お前さんの剣だからな」


「私が付けるの?そうだなぁ……ヒヒイロカネの剣だから……『ヒヒ丸』で!」


「「「「だっさ」」」」

 僕達の声が揃った。

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