20話 “高潔な血”
俺の名はセドリック・ハライド・サーペント。このランブルグ王国公爵家5男だ。父は栄誉ある王宮騎士団の団長でもある。
当然5男で妾の子である俺に家督を継ぐ権利はない。家督も団長の座も兄達の誰かが継ぐのだろう。
現在俺はウルキューレ王立学園に通っている。500年以上の歴史あり、王族・貴族が通う学校だ。そこでは13の年から6年間、剣術や魔法、この国の文化や歴史、社交界など様々なことを学ぶ。
才さえあれは一般家庭の子も通う事ができるが稀だ。一般人が我々貴族より優れた才を持つことなど滅多にないからだ。
学園内にも序列がある。王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順だ。そして同じ爵位でも嫡男と次男以下では扱いが違う。
俺は公爵家の血筋でありながら、5男という立場のせいで複雑な位置にいる。
卒業後は王宮で要職に就くか、王宮騎士団または貴族が運営する騎士団に配属される。後は出家して修道騎士となるか……又は冒険者となるか……
剣の腕には自信がある。剣術指導していた家庭教師談ではあるが学生の時の兄達より俺の方が剣の才はあると太鼓判を押してくれた。
でも俺は騎士団には入れない……兄より剣の腕が優れているなら尚更だ。騎士団のトップに立つ人間が、自分より下の者より劣っていては沽券に関わる。
つまり家督も継げない弟が家督争いをする兄より優れていてはいけないのだ。実力主義の者からしたら馬鹿馬鹿しい話だが。
まだ物事の通りが分からない幼き頃、父に剣の腕が兄より筋が良いとを褒められた事を報告したが返ってきたのは冷たい目と『そうか…』というただ一言だけだった。
あの時の父上の表情は今でも忘れられない。まるで厄介な問題を抱え込んだような、困惑した顔だった。
幼い俺には理解できなかったが、今なら分かる。優秀すぎる弟は、兄たちにとって脅威でしかないのだということが。
俺は家族に目をつけられないよう、冒険者を目指すことにした。冒険者は在学中でも登録する事ができる。貴族の間では下賎な者がなると言われているが高ランクの冒険者は別だ。
特にA〜Sランク……あれらは化け物だ。例え下賎な者だろうと尊敬に値する。
俺は学園で知り合った者とパーティを結成した。
チャック・アレックス・カーク。アレックス侯爵家6男で槍使い。
コネリー・エドモンド・クールソン。エドモンド伯爵家5男で重戦士。
マリエッタ・マファルダ・アスティン。マファルダ伯爵家令嬢で精霊魔術師。
そして剣士の俺。
パーティ名は“高潔な血”だ。
皆俺と似たようなな境遇の者達だ。チャックとコネリーは俺と同様家督争いにも入れず、上の兄達に目をつけられないために、そしてマリエッタは王族や有力貴族に嫁がせるための道具になる事を良しとせず自分の力で生きられるよう冒険者となる。
最初にパーティを組もうと提案した時、皆同じような表情をしていた。
「ようやく分かってくれる人に出会えた」そんな安堵の表情だった。
父上は俺が冒険者になった事を何故か喜んだ。意外だった……俺の事など興味ないと思っていたからだ。
後になって気づいたのだが、俺が冒険者になることは父上にとって一石二鳥だったのだ。
厄介な俺を貴族社会から遠ざけることができ、同時に高ランクの冒険者との繋がりを得ることができる。
父上らしい計算ずくの判断だった。
そして“一角獣”を呼び寄せる。
彼らはこの国に3組しかないSランクパーティの1つだ。彼らが王都に拠点を移してから、いや、もっと前から声をかけていたのだろう。
Sランクパーティとの繋がりは貴族にとってもアドバンテージになる。
高ランクの魔獣の素材、それらで作った武具、ダンジョンで見つかるアイテム。高ランクのパーティでないと手に入らないと物がたくさんあるのだ。
特に父上は魔法道具コレクターとしての一面もあり、ダンジョンアイテムや高ランクの魔獣素材を無事に持ち帰れる高ランクの冒険者との繋がりは、喉から手が出るほど欲しいものだ。
実の父に利用されているのはわかっている。しかしそれは貴族なら当たり前の事だ。
“一角獣”に依頼したのは“高潔な血”の護衛だ。俺達が安全に依頼を達成するための保険。彼らが後ろに控えている事で俺達は実力以上の依頼を受ける事ができた。
正直なところ、複雑な気持ちもある。俺たちの実力で勝ち取ったランクアップではないからだ。
でも、これも貴族の特権と割り切るしかない。一般の冒険者にはない環境を活用するのも、戦略の一つだろう。
“一角獣”の護衛付きで依頼を達成すること1年、そして学園を卒業する年、“高潔な血”はようやくCランクまで手が届く所まで来た。
今回の依頼は父上が出したもので我が領地サーペント領の鉱窟に住み着いたオークの集団を討伐すること。
この依頼を達成できれば俺たち晴れてCランクだ。
Cランクになれば、少しは周りの見る目も変わるだろう。
「貴族の坊ちゃん遊び」から「真っ当な冒険者」として認められるための、重要な一歩だ。
今回こそは、自分たちの力で依頼を完遂したい。
〜〜〜〜〜
俺達はサーペント領にある鉱窟に到着する。
「ここかセドリック?」
「ああ恐らく……俺も来るのは初めてだ。よし行こう」
「おい、平民!しっかりついてこいよ!」
と重戦士のコネリーが平民の神聖術師に言う。
「あの、冒険者歴はあなた方の方が長いですが、ランク的には私の方が上なんですけど」
しかしすかさず言い返される。
この神聖術師、なかなか気が強いな。普通の平民なら貴族に対してここまで堂々と物を言えるものではない。
確か"一角獣"に加入する前は教会の司祭だったと聞く。聖職者としてのプライドもあるのだろう。
「なっ!貴様無礼だぞ!」
「それに貴様が短期間でCまで上がれたのはSランクパーティの“一角獣”に入っているからだろう!」
「高ランクの依頼を高ランク冒険者と共にこなしてるんだから、短期間でランクが上がるのは当然よ!」
「あの、私にそれだけの能力があるから“一角獣”に入れたし、その高ランクの依頼もついていけてるって思わないんですか?それに、高ランクの冒険者にお守りをしてもらっているのは貴方達の方では?」
この平民……貴族の子息子女である俺たちになんて口を聞きやがる。
「おいステラ、その辺にしておけ」
さすがにギルベルトが止めに入る。
「お前達もやめておけ」
俺もメンバーを止める。
「うちの者が失礼いたしました。しかし、1つ訂正して頂きたい。ステラの言う通り俺はアイツにそれだけの能力があるから“一角獣”に入れた。そしてCランクとなったのもアイツの努力の賜物です」
「わかっている……ステラ・ノート」
「なにか?」
「失言だった。非礼を詫びよう」
俺はステラに向かって頭を下げる。ステラは俺が謝罪すると思ってなかったのか鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。確かにプライドの塊である貴族が平民に対し謝罪するなど稀だ。
メンバーたちも驚いている。特にコネリーは「セドリック様?」と困惑した表情を浮かべている。
だが重要なのは無事に依頼を達成すること、特に今回の依頼主は父上で、この護衛である“一角獣”も父上が連れてきた者たちだ。その父の顔に泥を塗るわけにはいかない。
それにSランクパーティが無能な者をメンバーに入れておくなどするはずがない。今の俺たちでは考えられないほど危険で難しい依頼をこなさないといけないのだ。そんな者がいれば文字通り命に関わる。
「お?セドリック様はきちんと謝罪してるなぁ……ステラさんはどうするのかなぁ?」
「う……わ、私こそ失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」
ギルベルト殿がパンっと手を叩く。
「よし、お互いわだかまりもなくなった事で先に進みましょう!」
ギルベルト殿が締めて、俺達は坑道の入る。
坑道は洞窟と違い人の手が加えられている。普通に歩いて通れる道ばかりだ。
まず重戦士のコネリーが先行、その後ろに俺とチャック、最後にマリエッタとステラが控えている。
「セドリックすまない……平民に上下関係を分からせようとしたのだが、君に頭を下げさせてしまった……」
さっきの件でチャックが謝罪してきた。
「構わない、メンバーの不始末の責任はリーダーである俺がとる」
「セドリック……」
「それよりこの依頼に集中しろ。今回の依頼はCランクへの昇格がかかっている。それに父上の顔に泥を塗るわけにはいかない。」
「あ、ああ!」
オークはEランクの魔獣でもちろん俺達も討伐した事はある。だが、今回確認されたのは上位種のハイオーク、強さも知能もただのオークより数段上でCランクに相当する。
坑道には別れ道が幾つかあるが無視でいい、目撃情報は最深部の大広間だ。その他の道は行き止まりだが、地図があるので迷うこともない……はずだが、
「地図にはない道がある……」
「どうします?調べますか?」
「いや、まずは地図通り進もう」
坑道内は洞窟内が崩れないように坑木を使っている。しかし横穴にはそれがない。違う道のはずだ。
奥へ進むと広い空間があった。ここが1番奥か……
そしてここにいたのは3体のハイオークだ。奴らは食事をしていた。食べているのは人間だった。見ればその辺に人の死骸が転がっている。逃げ遅れた鉱夫のものだろう。
マリエッタが小さく悲鳴を上げる。貴族の令嬢には刺激が強すぎる光景だ。
俺も正直、胃の奥がむかついた。魔獣の残虐性を改めて実感する。
我々に気づくと下卑た笑みを浮かべ立ち上がる。まるで新しい獲物を見つけたかの様だ。
しかしハイオークが3体か……錆びた剣や鎧を着ている。
「広間を出るぞ!さっきの通路なら1体ずつ相手ができる」
広間を出ると当然ハイオークも追ってくる。そして1体目が通路に来た所で、
「グレーターバリア!」
詠唱を終えたステラが出入り口に結界を張る。これで確実に1体ずつ相手ができるだろう。
学園で習った基本戦術だ。敵が複数いる場合は結界や地形を利用して各個撃破する。連携されると厄介だからな。
広間に残されたハイオークはガンガンと結界を攻撃している。しかし本当に大丈夫なのか?
「ご安心を、ステラの結界は“破壊者”クラスの攻撃じゃないとびくともしませんよ」
俺の不安を察知したのかギルベルト殿が答えた。“破壊者”といえば、たった2年でSランクにまで上り詰めた冒険者だ。そのクラスでようやく壊れる結界ならさすがのハイオークといえど壊せないだろう。
「だが少し強くしすぎたな。魔力の無駄遣いだ。この程度の相手なら中級の結界で十分だろう」
「む、分かってますよ!少し慎重になっただけです!」
ギルベルト殿はステラにダメ出しをする。
分断されたのにに怒ったのかハイオークの笑みが消える。
「ぶひゃあっ!」
錆びた大剣を構えて襲ってる。やはりただのオークよりもかなり早い。
「コネリー頼む!」
オークの一撃を大楯で受け止める。かなりの衝撃だったが受けきった。金に物を言わせて有名な鍛治職人に作らせた業物の武具だ。簡単には壊せまい。
そしてチャックの突きで耐性を崩す。その隙に俺が鎧の隙間を斬った。
その間マリエッタは呪文を唱える。
「水の精霊よ、天を覆う凍てつく嵐よ、結晶となりて槍へと変じ、千の矢雨となって降り注げ。肉を貫き、骨を砕き、魂すら凍りつかせ、絶え間なき氷の雨で全てを穿て!グレイシャースピアレイン!」
複数の氷の槍がハイオークを襲う。鎧はひしゃげ、肉を抉る。ハイオークは大量の血を吐き出して生き絶えた。
よし、Cランクの魔獣でもちゃんと通用している。あと2体だ。
「次だ!神聖術師、結界を外してくれ」
ステラは頷き、ぶつぶつと次の呪文を唱える。
「光の神イーリスよ!汝の裁きの鎖を今ここに降ろし、邪を捕え、その歩みを止めたまえ。闇の力を封じ、動きを縛り、光の御手より逃れ得る者なし!ホーリーチェーン!」
ハイオーク1体が光の鎖に拘束される。
?もう1体はどこに行った?
……ゴゴゴゴゴ
震動音か?だんだん大きくなる。
バゴォッ
突如坑道の壁に穴が開く。そこからもう1体のハイオークが出てきた。
不意の事で反応できず、チャックが吹き飛ばされ、反対の壁に激突する。
これは魔法か?しかしハイオークが魔法を使うなど聞いたことがない。……とすると魔具か。
トドメを刺そうとするがコネリーが間に入る。
「光の神イーリスよ!刃を砕き、術を退けたまえ!
我らに汝の加護を!ホーリーバリア!」
ステラは新たに結界を張り、攻撃を阻まれたハイオークは体勢を崩す。
コネリーは大楯で突進し、今度はハイオークが尻餅をつく。
マリエッタは道具袋からポーションを取り出そうとするがステラが手で制する。
「光の神イーリスよ、我が祈りを聞き届け、傷を癒したまえ!ヒーリング!」
「す、すまない……」
無事回復できたようだ。
「マリエッタは拘束されてるオークを攻撃!こいつは俺とコネリーで足止め!」
「「了解!」」
魔具持ちのハイオークは攻撃を仕掛けるがコネリーの盾にいなされる。
「水の精霊よ、天を覆う凍てつく嵐よ、結晶となりて槍へと変じ、千の矢雨となって降り注げ。肉を貫き、骨を砕き、魂すら凍りつかせ、絶え間なき氷の雨で全てを穿て!グレイシャースピアレイン!」
氷の槍が2体目のハイオークに当たり、絶命する。
復活したチャックと俺で同時に攻撃、頚部を斬られ、突かれたハイオークはしばらく悶えた後絶命した。
「た、倒した!俺たちだけでハイオークを!」
「うぉおおお!」
「これで俺たちもCランクだ!」
ついにやった。俺たちの実力で、Cランクの魔獣を討伐できた。
もちろん"一角獣"の後ろ盾があってのことだが、直接戦ったのは俺たちだ。この達成感は何物にも代えがたい。
「天にまします我らの母よ、このさまよえる御霊を救い、願わくば貴女の元へ」
勝ち鬨を上げている俺たちの横でステラはオークに襲われ、亡くなった鉱夫たちを弔っていた。
そして終わると、
「はいはい、おめでとうございます。じゃあとっとと帰りましょう」
こいつ、少しは余韻にひたせろよ。だが、こんな所にずっと居たくないのも事実だ。亡くなった者には悪いがな。
帰り道にはオークの死骸が転がっていた。どうやら行き止まりの道に潜んでいたようだ危うく挟み撃ちになる所だった。
「ああ、雑魚だったので俺たちがやってしまいました。まあ俺たちは後ろの方に控えていたからどうしても先にこっちに向かって来るから仕方なく……」
雑魚といっても1体や2体ではない。しかもよく見るとハイオークも混ざっている。それを俺たちに気付かれずに倒すなんて……
やはりSランク……今の俺たちでは歯が立たない。
でもいつかは俺たちも、あのレベルに到達したい。そう思わせるに十分な実力差だった。
しかし、これらに後ろから襲われたと思うとゾッとする。
「俺たちがCランクになっても本当に大丈夫か?」
「まぁ大丈夫でしょう。Cランクの魔獣相手にしっかり立ち回れてましたし、後は数をこなすだけかと」
とギルベルト殿が答える。
念の為坑道内や新たに作られた横穴も全て見てまわるが魔獣の姿はなかった。全て倒したと思っていいだろう。
〜〜〜〜〜
“一角獣”は俺たちと別れ、父上に依頼達成の報告に向かう。俺たちはというと直接王都のギルドに向かう。
俺たちも依頼達成の報告をすると無事Cランクに昇格する事ができた。
「Cランク昇格おめでとうございます。こちらが報酬と新しいギルドカードです」
受付から更新されたギルドカードとパーティカードを受け取る。
長かった。冒険者登録して5年……ようやくCランクまで上がれた。これからさらに危険度は上がる。ギルベルトの言う通りもっと経験を積まねばなるまい。
「やったな、セドリック」
「ああ、みんなのおかげだ」
仲間たちの顔にも達成感と安堵の色が浮かんでいる。
「あ、そうだ。ギルマスが“高潔な血”に用があるそうですよ?部屋に来て欲しいそうです」
ギルドマスターが俺たちに?何の用だ?




