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16話 “地獄の番犬”

 信じられない。

 ドラゴンの身体は鋼鉄並みの硬度を誇る。その首をたった一振りで両断するなんて……

 トモエさんでも出来なかったのに……

 っていうかこのアダマンタイトの剣って、あの人がトルムルさんに依頼した物なの?


「あん?それ、お前の剣なのか?」

 獣人族(ビースト)の男が老人に問う。


「間違いねぇよ。ほら何ヶ月か前にドグマのダンジョンで見つけたアダマンタイトがあっただろ?すぐ剣が壊れるからよぅ、丈夫なやつが欲しくて王都にいるトルムルのジジイに依頼したんだよ。『久しぶりにアダマンタイトを扱う』って言うから多めに渡したんだが……」


「それで何でお前のだってわかんだよ?」


「ほれ、ここに俺のタグが付いてる」

 柄のところにタグが付いていた。依頼主が分かるように識別してるのだろう。


「……で、お前らはなんでこの剣を持ってるんだ?」

 只人族の老人が怪訝そうに睨む。


「トルムルさんが今回の遠征の為に貸してくれました」


「あの野郎、人が依頼したもんを勝手に……」


「待ってください!その剣は試作品って言ってました。今トルムルさんは完成品を製作中です」


「試作品ってもなんでお前らみたいなガキに渡すんだ?」


「そ、それは……並の剣では彼女が本気を出した攻撃に耐えられず壊れるからです」


「ヘェ、そこの小娘がジェイドと同じ悩みをねぇ」

「ほう……」

 ジェイドと呼ばれた男はトモエさんをじっと見る。


「あ、あの貴方たちは火竜討伐の依頼を受けた冒険者ですか?」


「ああ、ついでにヒヒイロカネとあいつが溜め込んでたお宝を手に入れるっつう依頼も受けてる」


 やはりこの人達が……そしてジェイドという名前はかなり有名だ。


「貴方達はもしかして、“地獄の番犬(ケルベロス)”の“剣聖(ソードマスター)”ジェイド・キース。そして“百獣の王(キングオブビースト)”レオ・ライアン……ですか?」


「ほう、俺らの事知ってるのか?お前、名前は?」

 レオさんが名前を聞いてきた。


「“闇鍋(シークレット・ポット)”のアルフ・ガーレンです」


「“闇鍋”?どっかで聞いた事あるなぁ。ジェイド、知ってるか?」


「知らん。雑魚に興味ない」


「だろうなぁ。お前下のやつ全然覚えねぇし…あ、思い出した!“闇鍋”っつったら俺らと同じ異種族で構成されたパーティじゃなかったか?」


「はい、そうです。他に魔人族(ジーニー)森人族(エルフ)土人族(ドワーフ)獣人族(ビースト)のメンバーがいます」


「うちのパーティ構成とモロ被りだったから覚えてたぜ。で、そっちにはうちにいない神聖術師(ヒーラー)がいるんだったな。アルフ・ガーレン……確か“性職者(ホーニィ・クラージー)”とかいうふざけた二つ名を付けられてた」


「神聖術師ねぇ、まぁワシらのパーティには必要ないな」


「どういう意味ですか?」


「ワシらは怪我をする様なヘマはしないから必要ないだろ?」


 普通は高ランクの依頼になる程難しくなるし、相手にする敵や魔獣など強くなるため、神聖術師の需要は高くなるが、“地獄の番犬”は攻撃特化のパーティだ。しかも全員が強すぎて傷を負う事自体が稀、わざわざ神聖術師を雇う必要がない。


「じゃあ、そっちは“破壊者(デストロイヤー)”のトモエか?Sランクの剣士の……」


 レオさんの問いにトモエさんが頷く。


「へぇ、通りでこのドラゴン、傷だらけだと思ったぜ」


「んなことはどうでもいいわい。問題はワシの剣を使っとったという事実。いくら試作品でトルムルの許可があったとしてもな……こんな格下に勝手に使われたなんて気分が悪い」


「な、格下って私もSランクなんだけど!」

 流石に格下扱いにはカチンときたのだろう。トモエさんが初対面の人に言い返すのは珍しい。

 その言葉にジェイドさんが殺気立つ。

「あ?同じSランクでもワシと貴様が同格だと思ってたのか?」


 現在この国ではSランクのパーティは3組、Sランクに認定された冒険者はトモエさんを含めて11人いる。しかし、同じSランクでも強さが一緒とは限らない。

 中でもこの“剣聖”ジェイドは頭一つ抜きん出ている。

 僕達が苦戦したドラゴンすら一太刀だったし、トモエさんと同じSランクの剣士だが格が違う。


 ジェイドさんは麻袋から一振りのショートソードを取り出すとトモエさんに投げる。そしてもう一振り同じ剣を取り出した。


「格の違いを教えてやる。そいつを貸してやるから、ワシと立ち会え」


 トモエさんは僕をチラリと見る。僕が頷くと剣を手にし、そして一気に間合いを詰めてジェイドさんを袈裟斬りにするが、受け止められる。しかし、剣は壊れていない。もしかして手加減したのか?


「トモエさん、本気を出して下さい!」


「出してるよ!でも手応えが……」


 トモエさんは何度か斬りつけるが全部受け止められる。それも余裕で。

 ドラゴンを苦戦させたトモエさんの攻撃を、まるで子供の遊びのように扱っている。


「な、なんで?」


 おかしい。トモエさんが力いっぱい何度も攻撃しているのに、無事に受け止められるなんて……しかも双方の剣も無事だ。

 まさか、トモエさんの剣の威力を殺しているのか?


「おいおい、この程度なのか?本当に力だけの小娘だな」


 その言葉にカチンときたのか少し離れ、上段の構えを取る。

 トモエさんの得意な型だ。


「めぇええん!」


 剣を振り下ろす。しかし刃はジェイドさんには届かない。いや、わざと手前に振ったのか?地面に当たる直前にさらに踏み込み剣の軌道を変える。

 フェイントだ。今度は下から振り上げる。


「燕返し!」


 ジェイドさんはそれでも受け止めるが、今度は威力を殺せず弾かれた。だが、トモエさんの方が体勢が崩れる。弾かれたのではなく、剣の威力を別方向に受け流したのか?

 そのまま回転しトモエさんに斬りかかる。トモエさんもなんとか剣で受けるも、

 ドォォン

「かはっ」

 吹き飛ばされ壁に激突する。

 ジェイドさんは歩いてトモエさんに近付くと剣を振り上げ、

「終わりだな」

 そう言うと振り下ろした。


 パキィィン


 しかし剣はトモエさんには届かない。僕の結界で防がれ、折れる。


「ほぉ、ジェイドの剣を折るかよ」


「小僧……タイマンに水を刺したんだ、テメェも覚悟できてんだろうな!」


 な、なんて殺気だ。ドラゴン以上……

 ジェイドさんは折れた剣を捨てアダマンタイトの剣を手に持つ。


「まさか結界如きで俺の剣を防ぐなんてな」


「もっと時間をくれればさらに硬い結界を作れますよ」


「はっ、お前は魔獣相手でもそうやって時間稼ぎする気か?」


 耳が痛い。ほんのついさっき呪文を唱える時間を稼げず、死にかけたばかりだ。


「光の神イーリスよ!慈悲と裁きの御手をもって、この地に絶対の守護を顕し給え。汝の光は刃を砕き、炎を凍らせ、雷を退け、闇を拒む。その輝きは夜を裂き、絶望を祓い、命を護る盾となる……」

 僕は急いで詠唱を始める。どちらにしろ魔力はもうほとんど残っておらず、魔法を使えるのはこれが最後だろう。

だが、生半端な結界ではジェイドさんの剣は防げないだろう。ここは僕が出せる最上級の結界を張るしかない。


「……我ら信徒の祈りを聞き届け、天の門を開き、あらゆる災禍を遮る絶対の壁を築きたまえ!」


 ジェイドさんはトモエさんの時とは違いゆっくりと間合いを詰める。まさか詠唱が終わるまで待ってくれているのか?

「ディヴァイン・セレスティアル・バリア!」

 そして詠唱が終わると同時に剣を振り下ろすも剣は途中で止まり結界は壊れない。


 何度か攻撃を仕掛けるも結界は無事だった。


 しかしジェイドさんは怒るどころか、新しい玩具を貰った子供のように笑顔になる。なんでこの場面で笑顔になるの?逆に怖いよ。


 そして刃先を後ろに向け、力を貯める。


「お?本気でやるのか?」


 レオさんの言葉に驚愕する。

 え?今まで本気じゃなかったの?でも足掻いてもしょうがない。魔力を使い果たした今僕に出来ることはない。魔力切れで意識を保つのがやっとだ。自分が貼った結界を信じるのみ。


「オオオオオッ!」

 ジェイドさんの渾身の一振りが放たれた。


 バリィッ


 本日何度も味わった結界が壊される感覚。

 そんな……残りの全魔力を使った結界だったのに……しかしいつまで経っても刃は届かない。

 まさか寸止めしてくれたのか?目を開けるとジェイドさんは確かに剣を振り切っていた。だけど刃は途中で無くなっていた。


「おいおい、試作品とはいえアダマンタイトの剣だぞ?」

 レオさんが呟く。


「…………」

 ジェイドさんも信じられないという表情で剣を見ていた。そして僕の方を見る。

「おい小僧……名前はなんて言ったか?」


「あ、アルフ・ガーレンです」


「覚えといてやる、そっちの小娘と一緒にな。えーっと“性職者”のアルフに“破壊者”のトモエだったな」


「「……その二つ名は忘れて下さい」」

 僕とトモエさんは同時に呟いた。


「珍しいな、ジェイドが他人の名前を覚えるなんて」


 そうこう話していると洞窟から3人出てきた。“地獄の番犬”の残りのメンバーだろう。

 森人族のサリオン・ソールロッド、土人族のドーリ・アーナッル、魔人族のカラ・ナベリウスだ。


「そっちは終わったか?」


「ああ、火竜の方は問題なく討伐出来た。お宝は見つかったのか?」


「お宝はあったがな、ヒヒイロカネが見つからなかった」


 僕達はドキッとする。ヒヒイロカネはカバンごとエルノールさん達に渡してある。今は持ってないけどよこせと言われるだろうか?


 動揺したのに気付いたのか“地獄の番犬”の視線が集まる。


「もしかしてお前らが持ってる?」


「は、はい……」


「マジかよ!先越されてたのか!通りで巣の方にドラゴンいないと思ったぜ」


「宝を盗んだのがバレて追われてたのか」


「その通りです……あの、ヒヒイロカネだけは譲ってくれませんか?あれだけはトモエさんの剣を作るのにどうしても必要なんです!」


「あ?いいに決まってんだろ!依頼の納品は早い物勝ちが基本だろ?」

 とジェイドさんが言ってくれた。


「だが、この火竜は俺達が貰うがいいか?」

 サリオンさんがドラゴンの所有権を主張する。


「は、はい!構いません」


「本当にいいのか?お前らも大分痛めつけてただろ?途中で俺らが横取りした形になったのに」

 レオさんは横取りしてしまったと言っているが、こっちはレオさんが来てくれなかったら死んでいた。いくら傷を負わせたとはいえドラゴンの所有権など主張できるはずもない。


「ほう、この傷はお前達がつけたのか……やるじゃないか」


「ええ……でも僕達はやられる寸前でしたし、それに元々逃げる前提だったので……命があるだけ儲け物ですよ」


「待て……」


 ジェイドさんはドラゴンの片脚と片翼を切り取る。そしてトモエさんが折った角、牙と一緒に渡してきた。


「これでもっとマシな装備を揃えろ」


「いいんですか?」


「まぁ元々お前らが弱らせたもんだしな」


「今回はお宝で大分懐があったかくなったしのぅ」


「「ありがとうございます!」」


「そうだカラ、コイツら仲間の所に送ってやってくれ。最後の魔力をジェイドのせいで使い果たしたみたいだからな」


「ジェイド……また至らんことしたのか」


「いい年なんだから少しは自重しろよ」


「“剣聖”の名が泣くぞ」


「うるさいわい!しばくぞお前ら!」


「まぁいい、俺の従魔で送ってやる。ヴァナル、こっちに来てくれ」

 呼び声に応じ、銀色の毛並みを持つ巨狼が静かに姿を現す。その大きさは象に匹敵し、ただ立っているだけで空気が震える。

 こ、この狼はもしかして……

 息を呑む僕の隣で、トモエさんが「わぁ、綺麗……」と無邪気に声を漏らした。

「名前なんて言うんですか?」

 トモエさんが名前を聞く。


「フェンリルのヴァナルガンドだ」

 カラさんがそう告げると、巨狼はゆっくりと首を垂れた。威厳と知性を湛えた瞳が、僕達を見つめ返してくる。

 フェンリルといえばSランクの魔獣だ。それを従魔にするなんて、さすがSランクの魔獣使い(テイマー)だ。

 僕とトモエさんはフェンリルの背に乗せてもらう。


「ヴァナルちゃん、よろしくね」

 ヴァナルちゃんはコクリと頷く。

 こんな間近でフェンリルを見るのは初めてだ。その美しい毛並みと知性的な瞳に見とれてしまう。


「“地獄の番犬”の皆さん、今回は命を助けていただきありがとうございました」


「その後殺そうとしてたけどな」

 レオさんが茶化すが、本気ではなかったと信じたい。


「うるさいわい!……まぁ、次会う時はもっと強くなっとけよ」


「「はい!」」


「あとこれ、お前たちからトルムルに返しといてくれ」

 渡してきたのはさっき折られたバスターソードだ。


「は、はい」

 忘れていた。借りていた剣折れたんだった。怒られるかな?っていうかトモエさん、こういう時は返事しないの?まさかトルムルさんへの説明も僕がするの?


 そして、僕達は“地獄の番犬”に別れを告げ、“闇鍋”メンバーの元へ乗せていってもらう。


〜〜〜〜〜


 ワシは折れた剣の柄を拾う。トモエと斬り合った剣だ。素材こそアダマンタイトに及ばないが、トルムル作の業物だったんだが……


「しかしジェイドが神聖術師に興味を持つなんて珍しいな」

 カラの言葉に振り返る。


「アイツの結界、ワシの剣を防ぎやがった……結界なんざ役に立たないと思ってたんだが、アイツは今まで出会った神聖術師とは格が違う」


「実際これまで出会った神聖術師でジェイドの剣を防げる結界を作れる奴なんていなかったしな……」

「確かにのぅ、今まで結界なんて紙みたいにスパスパ切ってたからのぅ」

 サリオンとドーリも同意する。


「それにあの小娘も……まだまだ技は未熟だが力だけはワシを超えとった」

 ジェイドのセリフを聞き、巣の方に行ってた3人が驚く。

「お前、“破壊者”の剣を受け流してたもんな」

「ああ、あれはまともに受けていたらこのトルムル作の剣でもお釈迦になっていた……」

 久しぶりに興味深い相手に出会った気がする。


「“闇鍋”か……面白い奴らが出てきたな」


 トモエはヒヒイロカネで剣を作ると言っていたな。そして、アルフは魔力切れに近い満身創痍の状態でアダマンタイトの剣と相打ちだった。もうすぐワシの剣も完成する……

「ああ……次に会う時は、もっと楽しませてもらおうか」


〜〜〜〜〜


 流石にフェンリルに襲いかかって来る魔獣はおらず、何事もなくエルノールさん達の元に到着した。


 一同フェンリルに乗ってきた僕達を見て驚いている。


「ヴァナルちゃんありがとうございました」

「またね!カラさんたちによろしく」

 僕達がお礼を言うと去っていった。


「おい、今のはフェンリルか?」

「ドラゴンはどうしたんだ?」


「今から説明しま……っとと」

 ついに立つ力もなくなったようだ。僕は馬車で横にならせてもらう。

 帰りながら別れた後の顛末を説明した。


「“地獄の番犬”か……フェンリルを従魔にする奴がいるとは」


「すっごい強かったよ。全然勝てなかった」


「なんにしても無事でよかった」


「そうだ、ブルーノさんこれ」

 トモエさんはもらったドラゴンの素材を見せる。


「こりゃドラゴンの角、牙、翼、それに脚か?どうしたんだ?」


「トモエさんが傷付けた部位の素材を貰ったんですよ」


「これでまた防具作って」


「ワシ…鍛治職人じゃないんだけど…」


「あとこれも…」

 トモエさんが折れたバスターソードを取り出す。


「な、なんじゃあ?剣が折れとるじゃないか!アダマンタイト製だろこれ?またトモエが壊したのか?」


「いや……それは……」

 トモエさんは僕の方を指差した。


「ジェイドさんがそれで僕の結界を壊そうとしたんです。それで相打ちに……」


「あ、アダマンタイトの剣と相打ち?」


「お主の結界どうなっとるんだ?」


 しばらく雑談すると、僕は魔力切れと疲労から眠りにつく。


 今回の遠征では僕達の足りないものを知ることが出来た。“闇鍋”がSランクになるためにそれを埋めていかないといけない。

 帰ったら修行が必要だ。

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