12話 出発
カズスール山脈はかなり危険な地域だ。
高ランクの魔獣も多く生息し、なにより目的地にはドラゴンの縄張りもある。
また、山脈周辺には魔獣だけでなく、盗賊団の縄張りもあり、人攫いも横行していると聞く。
隣国との国境にあり、王都から場所も遠い。
この辺りは王国の支配が及びにくく、無法地帯と化している場所もある。冒険者でさえ足を踏み入れるのを躊躇する場所だ。今回の任務がいかに危険かがよく分かる。
最悪馬を何頭か使い潰さないといけないか。
そうなると途中街のあるルートを通るから、片道2週間はかかるかな?
「いつも悪いのぅ。馬車の手配とか諸々任せてしもうて」
「いえいえ、こういうの嫌いじゃないですよ」
「本当助かるにゃ。うちもこういう手続きとか苦手にゃ、計算できないから交渉も出来ないし」
冒険者には学がない者も多い。
文字や計算が出来ないと変な契約をさせられたり、お金をちょろまかされたりする。
実際、過去に計算ができずに法外な宿代を請求されたり、契約内容を理解せずに不利な条件で依頼を受けたりして困った冒険者の話は枚挙にいとまがない。
大抵はメンバーに1人は事務処理の出来る者がいるが、余裕がある所だと商人を雇うパーティもある。
うちのメンバーだと僕とエルノールさんとトモエさんが出来る(エルノールさんは頼んだら代わってくれるが、トモエさんは人見知りが激しいのでやりたがらない)。
「なんなら教えましょうか?」
「わ、ワシは遠慮しようかのぅ。シャルルは若いんだから覚えたらどうだ?」
「にゃ?うちもいいにゃ!勉強は苦手にゃ……」
「覚えたら役に立つのに。特にシャルルさんは斥候だから、依頼の詳細を正確に把握する必要があるでしょう?」
「うーん、でも数字見ると頭痛くなるにゃ…」
「最初は簡単なところからで構いませんよ。足し算引き算から始めましょう」
「……えっと、3+5は……にゃんこ!」
「答えが擬音に変換されてる!?どういう計算式なんですか!」
「にゃんこは正義にゃ!」
……先が思いやられる。
獣人族は基本的に文字を持たない部族が多い。シャルルさんも村を出るまで文字に触れる機会が少なかったのだろう。
「ところでシャルルさん、ギルドにカズスール山脈関係の依頼は来てました?」
「んにゃ、そんな依頼は来てなかったにゃ」
よかったまだ正式に依頼を出した人はいないみたいだ。
〜〜〜〜〜
荷物を入れ終え、といってもほとんどトモエさんのリュックサックに収納しているが、いざ出発!という時になると、
「せんぱぁ〜い!」
聞き覚えのある甘ったるい声が聞こえた。
先日教会で再会したステラだ。
「げっ!あいつは…」
と、トモエさんが呟く。
トモエさんの警戒心が一気に高まるのが分かる。女の勘というやつだろうか、ステラに対してだけは異様に敵対心を示す。
「ステラじゃないですか。どうしたんですか?」
「しばらく王都から離れるって聞いて…」
「わざわざお出迎えに来てくれたんですか?でもその荷物は…?」
ステラの背には大きなリュックが…“一角獣”も遠征に出かけるのかな?
「いえ、私もついて行こうかと思って」
「はぁ!?いいわけないでしょ!何考えてんの?」
トモエさんが突っ込むも、
「あぁ、アバズレさんですか、いたんですね。リーダーである先輩がいいって言ってるんだからいいでしょ」
ステラ……そんな事一言も言ってないよ。
っていうか、なんで僕らが遠征するって知ったの?教えてないよ?
「誰がアバズレよ!私はトモエ・アキバ!いい加減覚えなさいよ!もしかしてずっと見張ってたの?」
「見張ってません!情報収集です!」
情報収集って、それを普通はストーカーって言うんじゃ……
「ストーカーじゃん……」トモエさんが呟く。
「なっ、誰がストーカーですか!」
「なんだトモエ、王都で友達ができたのか?」
「仲がいいのぅ」
「「どこが!」」
「友達って…この二人、犬猿の仲ですよ」
「でも息は合ってるじゃないか」
エルノールさんが苦笑いを浮かべる。
たしかに息ピッタリだ。ステラにも友達ができてよかったよ。孤児院出身者しか仲がいい子いないと思ってた。
「では行きましょうか?」
さりげなく馬車に乗り込もうとするステラ。
すると、
「見つけたぞ!こんな所にいやがった!」
「おいステラ!迷惑だからやめろ!」
「もう!アタイらも今から遠征に出なきゃなのに!」
「離してください!今から先輩と2人で旅行に行くんです!」
ステラ……いつそんな話になったのかな?僕の記憶にはないんだけど。
見覚えのある面々、“一角獣”のメンバーだ。
戦士のエレインさんと弓士のリーシャさん、それと先日会ったパルさんがステラを捕獲する。
エレインさんは相変わらず筋骨隆々で、リーシャさんは…うん、相変わらず胸が大きくて美人だ。
そして、
「悪いなアルフ、出発前の忙しい時に」
ギルベルトさんと精霊魔術師のクレアさんだ。
「いえ、そちらも遠征ですか?」
「ああ、ハライド公爵から直接依頼が来てな。今からサーペント領まで遠征だ」
「公爵様ですか。さすがSランクパーティ……」
睨んでくるクレアさんと目が合う。
「クレアさんも久しぶりですね」
「ふんっ、全くアンタに関わるとろくな事ない」
「まぁそういうなって、パルが世話になったろ?」
「……」
クレアさんはぷいっと顔を背ける。
残りのメンバーがこっちに来る。
ステラは縄でグルグル巻きにされ、パルさんに担がれていた。
「おぅアルフ、久しぶりだな」
「度々迷惑かける……」
「言っとくけど、アタイとクレアはアンタの事許してないからね!」
やはり女性陣は風当たりが強いな。
「おいアルフ、彼等がSランクパーティの……」
「ええ、“一角獣”です」
「こいつらがSランク……」
「アルフの元仲間か……」
「凄い貫禄あるにゃ……」
「……」
トモエさんは知らない人が増えたから黙っている。他人に興味のないリリスさんも流石にSランクのパーティは関心があるみたいだ。シャルルさんは完全に萎縮してしまっている。Sランクの威圧感は相当なものなのだろう。
「アルフの集めたメンバーか。噂通り多種族のパーティなんだな。俺は“一角獣”のリーダー、ギルベルト・キースだ。そしてメンバーのパル・ケインとエレイン・ロード、リーシャ・フーにクレア・エリーゼだ」
「ああアルフが迷惑かけたという……」
「かわいそうにのぅ……」
エルノールさんとブルーノさんは“一角獣”の女性2人に同情的な目を向ける。
「ほらやっぱり、アルフのせいでいつもこういう風に見られる!」
「いい迷惑」
リーシャさんとクレアさんの言葉が容赦ない。エレインさんも「全く、後始末が大変だったんだぞ」と呆れたような表情を浮かべている。
ひと通り交流を済ませると解散となる。
「先輩助けて下さい!」
「ステラ……行ってらっしゃい。お勤めを果たすのですよ」
僕達は“一角獣”と、別れた。
〜〜〜〜〜
王都を出発して数日。
「はぁ……」
「アルフさんどうしたの?」
「いえ、よく考えたら全然王都を堪能出来てなかったな。と思いまして……着いて早々に教会から依頼くるし、その後すぐに出発になっちゃいましたからね」
まだ王都の娼館すら堪能できてない……
「……そういえば私もだった」
「誰かさんは綺麗な奥さんと楽しく過ごされてたみたいですけど……」
隣にいる森人族をチラリと見る。
「……おまえ、まだ根に持ってたのか……」
忘れませんよ。僕だけ仲間外れにしたことはねぇ!
「さてブルーノ、そろそろ御者を交代しようか?」
「ん?おう、もうそんな時間か?悪いのぅ」
居心地が悪くなったかエルノールさんは退散する。
「しかし、エルノールばかり攻めておるが、お主も王都に着いてからトモエといちゃついておったろうが」
「えっ!?なっ、なに言ってるのブルーノさん!何で私がアルフさんと仲睦まじく、新婚夫婦の様にいちゃつくなんてそんな……もう……」
バシッと僕を叩くトモエさん。その衝撃でボキっと骨が折れる。「もう」は僕のセリフだよ。
「そこまで言っとらんのだが……」
トモエさん……変な事言われて怒るのはわかりますが、僕に突っ込むのやめてくれませんか?すぐ力のコントロールが乱れるんだから!ブルーノさんも余計な事言うのやめて下さい!折れるのは僕の骨ですよ!
「もう3日目か……おいアルフ、まだ着かないのか?」
「リリスさん、何度も言ってますが2週間はかかるって言ったでしょ?これ以上早くすると馬が持ちませんよ。明日にはガドルフの街に着きますからそこで馬を乗り換えます」
「どうしてもその街に寄らないとダメなのか?」
「そうするともっとゆっくりなペースになりますよ。もっと休憩も挟まないといけません」
「むぅ……」
リリスさんがこんなにそわそわしているのは珍しい。よほどドラゴンに会えるのが楽しみなのだろう。
カールちゃんも主人の気持ちを察してか、落ち着きがない。
「リーダー、そういえばどうして急に出発ってなったのかにゃ?」
シャルルさんが屋根の上から身を乗り出し聞いてくる。
「今回の情報はトルムルさんから教えてもらいましたが、その情報元はトルムルさんと個人的に取引してる冒険者です。今回その冒険者じゃ手に負えないので、ギルドに情報提供するわけですが、その情報を得た王族や貴族、お金持ちな方々はギルドに依頼をかけるでしょう」
「ドラゴンの討伐。もしくは……」
「ヒヒイロカネの入手。と言ったところかのぅ」
「その通りです。でも今回僕達は自分達でヒヒイロカネを手に入れたい。その依頼を受けた冒険者より先に動く必要があります」
「な、なるほどにゃ」
「ただ、その依頼を受けるのは俺たちより上のSランクかSに近いAランクのパーティだろうな」
御者をしていたエルノールさんも入ってきた。
「そういえば“一角獣”は公爵様から依頼が来たって言ってましたね。もしかしたらヒヒイロカネを入手して欲しいとかいう依頼を受けたのかもしれませんね」
「そんな!やばいじゃん!アルフさん、もっと急げないの?」
他の冒険者に狙われていると気付いたトモエさんが焦って馬車をスピードを上げろと言う。
……振り出しに戻っちゃったよ。
〜〜〜〜〜
ガドルフの街に着くと、馬を交換しすぐに出発の準備をする。
手続きの間、またシャルルさんにギルドに寄ってもらった。
今度は依頼が来ていたらしい。
『カズスール山脈に生息する火竜の討伐』
『火竜が守っているヒヒイロカネの入手』
情報を得た貴族や商人連中がこぞって依頼をかけたようだ。そして、Sランクパーティが依頼を受けたと噂になっていた。
「やばいにゃ!もう依頼を受けたパーティがいるって!」
「どこのパーティかわかりますか?」
「それはわからなかったにゃ。でも確実にSランクだって話にゃ」
「……早くいくぞ!ドラゴンが私を待っている」
リリスさんがそわそわしている。
「いや待ってないですよ!?出待ちなんかされませんって!」
こうして、ヒヒイロカネをめぐる競争が始まった。




