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穏やかな秋雨

秋の風が心地よく吹く中、学校は文化祭の準備で賑わっていた。教室の中には、各クラスの装飾や準備に取り掛かる生徒たちの声が響き渡り、活気に満ちていた。その中で、快斗と陽香留はそれぞれ異なる係を割り当てられた。

快斗はクラスのカフェで店員を担当することになり、陽香留は裏方の係、つまり料理やドリンクの準備を担当することになった。お互いに同じクラスなのに、準備期間中は直接顔を合わせる機会が減るだろうと思っていたが、実際にはどこかで意識し合っている自分がいた。

初日、準備が始まると、陽香留は手際よく動き回り、忙しそうに働いていた。快斗はというと、クラスのカフェの店員として、お客さんを迎え入れる準備をしながら、ふと陽香留の姿を目で追っていた。陽香留は裏方の仕事をしているため、普段よりも一層、その姿が遠く感じられる。

(なんか、陽香留と一緒に過ごす時間が少ないな……)

そう思う自分に、快斗は驚く。だって、あんなにお互い距離を取っていたはずなのに、今ではあまりにも気になる存在になっていることに気づいてしまった。

その日の午後、準備の合間に軽く休憩を取る時間ができ、快斗は思わず陽香留の方を見た。陽香留も同じように休憩しているが、忙しそうに動いていた。快斗は一瞬、声をかけようとしたが、何となく言葉を飲み込んだ。

その時、陽香留が気づいたのか、快斗に向かって手を振った。

「お疲れ様です、快斗さん!」陽香留の笑顔が、何とも嬉しそうだった。

「お疲れ様。」快斗は少し安心したように息をついた。

「今日は忙しそうです、こっちは準備が進んでるけど、まだまだ時間がかかりそうです。」

「そうか……」快斗は軽く頷き、少し考え込んだ。

「俺も、こっちの準備が終わったら手伝いに行こうかな。」

陽香留はその提案に微笑んだ。

「本当? 助かります。みんなで協力して準備してるから、早く終わらせられますね。」

その言葉に、快斗は一瞬ホッとしたような気がした。やっぱり陽香留と一緒に何かをするのは楽しいし、彼との距離がまた少し縮まるような気がした。

その後、文化祭の準備が本格的に進むにつれて、二人のやり取りは増えていった。陽香留が裏方の作業をしている間、快斗が合間を見て手伝いに行くことが多くなった。時折、陽香留がカフェの注文を取っている快斗に差し入れを持ってきてくれたり、逆に快斗が休憩の時間に陽香留の作業場を覗きに行ったり。

でも、二人の間には少しずつ気になる違和感も生まれていた。それは、以前のように自然に接することができないという感覚だった。お互いに意識し合っているからこそ、無意識に距離を取ってしまうことが増えていた。

ある日、陽香留がドリンクメニューの準備をしている間、快斗がふと顔を出した。陽香留が何かを確認しているその隙に、快斗は声をかけた。

「おい、手伝うことあるか?」

陽香留はその声に驚いて振り返り、少し笑顔を見せた。

「ありがとうございます。でも大丈夫です。ちょっとしたことなので。」

「そうか……」快斗は少しだけ肩をすくめると、何か物足りない気持ちを感じた。

「それなら、ちょっとだけでも休めよ。」

陽香留は軽く頷き、作業を一旦止めて休憩を取ることにした。

「ありがとうございます、快斗さん。」

そして、そのまま二人は少し静かな時間を共有することになった。お互いに何も言わなくても、なんとなくその時間が心地よく感じられた。

文化祭当日、快斗は少し早めに学校に到着し、準備を進めていた。今日はクラスのカフェの店員として、制服の代わりに特別に用意された衣装を着ることになっていた。衣装は少し派手で、普段の快斗なら少し恥ずかしさを感じるかもしれないが、今日はなんだか心が少し高揚していた。

その衣装を着ることで、少しでも陽香留と接近できるんじゃないか、そんな気持ちがどこかにあったのだ。準備が整い、快斗は照れくさい気持ちを抱えながらも、衣装を身にまとった自分を鏡で確認していた。

「うん、似合ってるな…」と、つい小さく自分に声をかけながら、少し気恥ずかしくなった。

その後、仕事が始まり、快斗はカフェの店員として活発に動いていた。注文を取る際、訪れるお客さんに笑顔で接することができるようになったけれど、ふと気になることがあった。それは、陽香留がまだ姿を見せていないことだった。

(あれ? もう準備できてるはずなのに、どうしたんだ?…)

その時、突然、陽香留が遠くから見えた。だが、何かが違う。陽香留は快斗の方を見ることなく、どこか遠慮するように歩いていた。そして、すぐに他の方向へ向かっていった。

(…なんで?)

快斗はその場で少し驚き、陽香留の背中を見送りながら不安が胸をよぎった。あれだけ何度も話していたのに、今日はなんだか避けられている気がした。

昼過ぎ、シフトが終わった快斗は、陽香留がいるであろう場所へ足を運んだ。カフェの裏方を務めているはずの陽香留を探して歩きながら、ふと見上げると、校内の廊下に陽香留がいた。陽香留は校内の女子に囲まれて話していた。

女子たちは陽香留の周りを取り囲み、楽しそうに会話をしている。陽香留はその中心にいて、普段通りの笑顔で彼女たちの話に応じていたが、快斗はその姿を見て何かモヤモヤとした感情を抱くのを感じた。

(どうして、こんな気持ちになるんだ?)

快斗はその場で立ち止まり、陽香留の姿をじっと見つめる。陽香留が楽しそうに会話をしているのを見て、快斗は心の中で何かが引っかかる。陽香留は以前よりも女性たちとよく話すようになり、その光景を目にする度に、快斗はなんとなくその距離感に違和感を覚えるようになった。

(別に、俺が口を出すことじゃないけど…)

快斗は無意識に唇を噛み締めながら、足を踏み出す。陽香留の元へ向かう途中、彼が歩いていく方向を変えて、少しだけその視線を陽香留から外す。

「雨晴くん、どうしたの?」その時、女子の一人が快斗に気づき、声をかけてきた。

「え、ああ…ちょっと。」快斗は少し戸惑いながらも、笑顔を作る。「何でもないよ。」

その言葉を口にしながら、快斗は陽香留と目を合わせることなく、少し遠回りして自分の場所に戻ることにした。しかし、その足取りはどこか重く、心の中に不安と疑問が広がっていくばかりだった。

(俺、何を考えてるんだ…。でも、なんだか心がもやもやして仕方ない。)

その後、快斗が自分の仕事を終えて店に戻る頃、また陽香留の姿を見かけた。今度はもう一度、目を合わせて話しかけようとしたが、陽香留はどこか避けるように視線をそらし、そのまま通り過ぎた。

その瞬間、快斗はまた胸が締め付けられるような気持ちになった。

(なんで、こんな風に避けられるんだ…)

その疑問がますます深くなり、快斗はどうして自分がこんなにイライラしているのか理解できなかった。陽香留が周りの女子と楽しそうにしているのは、普通のことだ。けれど、それがどうしてこんなに気になるのか、快斗自身も答えが出せなかった。

文化祭が終わり、いよいよ後夜祭の時間が訪れた。快斗は事前に陽香留と空き教室で待ち合わせをしていた。準備が整い、夜のイベントが始まる前に、どうしても気になっていたことを話さなければならないと思ったからだ。

準備が始まる少し前に教室に入ると、陽香留はすでにその場所で待っていた。彼の姿を見た瞬間、快斗は少しホッとしたような気持ちになる。しかし、それと同時に、どうしても心に溜まったモヤモヤを吐き出さずにはいられなかった。

「陽香留…なんで、俺を避けてるんだ?」

快斗は、思わず声を荒げながら聞いた。その声には、抑えきれない感情が込められていた。何度も自問自答してきたが、答えを出せなかった自分に苛立ち、ついに陽香留に直接ぶつけることにしたのだ。

陽香留は一瞬、驚いたように目を見開くと、すぐに穏やかな表情に戻った。

「え? 避けてるって…僕が?」

陽香留の顔に浮かんだ疑問の表情を見て、快斗は無意識に感情が溢れ出してしまった。

「そうだよ、ずっと前の俺みたいに話しかけてこないし、気づいたら他の女子とばっかり話してるし…なんだよ、それ。」

快斗は言葉を続け、気がつけば、自分でも何が言いたいのか分からなくなっていた。

「なんで、こんなにお前のこと気になるんだ…?教えろ、今日避けてたバツだ」

快斗は思わず呟くように言った。陽香留が女子たちと楽しそうに話しているのを見て、何故か胸が苦しくて、理解できない自分がいる。その気持ちを言葉にしようとしても、うまく表現できない。ただ、モヤモヤが溢れ出して、止まらなかった。

「…俺、陽香留が他の女子と話してると、なんか嫌なんだ。」

快斗は声を震わせながら言った。

「別に…お前が誰と話してようが、どうでもいいのに…でも、何か胸が苦しくて、どうしていいかわからなくて…」

陽香留は、その言葉をじっと聞いていた。快斗が思いのほか感情を吐き出しているのを見て、陽香留は少し驚いた様子を見せるが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。その笑顔は、以前のように無邪気で温かいものだった。

「快斗さん…」

陽香留は、ゆっくりと歩み寄り、軽く手を差し伸べるように快斗の前に立った。

「俺、快斗くんがどうしてそんなにモヤモヤしてるのか、わかるよ。」

陽香留は、優しく言った。その言葉には、どこか落ち着きと安心感があった。

「言ってくれたこと、すごく嬉しいです。」

陽香留は少し笑いながら続けた。

「実は、僕も…快斗さんに同じような気持ちを抱いてたんですよ?」

快斗はその言葉に驚き、目を見開いた。

「え…?」

快斗の中で言葉が上手く整理できないまま、陽香留が笑みを浮かべるのを見た。

「快斗さん、気づいてなかったんですか?まぁそうだろうなとは思ってましたけど」

陽香留は少し照れた様子で、ゆっくりと口を開いた。

「僕、ずっと前から、快斗くんのことが好きだったんです。」

その瞬間、快斗の胸に何とも言えない感情が込み上げてきた。頭が真っ白になり、心臓が鼓動を速める。信じられないような気持ちと、同時に何かが晴れたような、温かい気持ちが広がっていった。

「好き、って…」

快斗は信じられないという表情で陽香留を見つめる。

陽香留はその目を見つめ返し、優しく微笑んだ。

「うん、俺、快斗くんのことが好きだよ。」

その言葉に、快斗はどう反応していいのかわからず、一瞬黙り込んでしまう。しかし、陽香留の真剣な眼差しを見て、ようやく心が動き始めた。

「俺も、陽香留のこと…気になってた、、のか?」

快斗は小さな声で、ようやく答える。

陽香留はその言葉に少し驚いた様子を見せたが、すぐににっこりと笑った。

「そうだといいな…やっと伝わったんですね。」

その瞬間、快斗はようやく自分の気持ちを確かに感じ取った。陽香留が自分の心の中でどれだけ大きな存在だったのか、そのことを改めて実感した。

そして、そのまま二人は静かにお互いを見つめ合い、ゆっくりとした時間が流れた。夜の祭りの音が遠くから聞こえてくる中で、二人は言葉を交わすことなく、その時の空気を共有していた。


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