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雨のち晴れ

翌朝、快斗がいつも通り学校に向かって歩いていると、背後から聞き慣れた声が響いた。

「快斗くん!おはようございます!」

驚いて振り返ると、そこには陽香留が明るい笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる姿があった。

「お、お前、なんでここに?」

快斗は思わず足を止めて尋ねた。

「何でって、登校中ですよ。一緒に行こうと思って。」

陽香留は自然な様子で快斗の隣に並ぶ。

「いや、一緒に行くって…家、方向違うだろ?」

快斗は眉をひそめながら少し距離を取ろうとするが、陽香留はそんな彼に構わず歩調を合わせてくる。

「そうなんですけど、たまにはいいかなって思って!昨日の感謝も込めて。」

そう言って屈託のない笑顔を浮かべる陽香留に、快斗は返す言葉を見つけられずに視線をそらした。

「…別に感謝されるようなことしてねぇよ。」

ぼそりと呟きながら顔を赤くする快斗に、陽香留は楽しそうにくすっと笑う。

「そんなことないですよ。快斗さん、結構優しいところありますし。」

陽香留は、まるで昨夜の出来事を思い出しているかのように意味深な笑みを浮かべた。

「だ、だから、それはお前が勝手に思ってるだけで!」

快斗は慌てて声を荒げるが、陽香留は全く動じない。

「じゃあ、これからもっと知っていけばいいですね。僕たち、まだまだ話したりないですし。」

陽香留は楽しげに言いながら、快斗に少しだけ身体を寄せた。

快斗はその無邪気さに呆れたような顔をしながらも、完全に否定することができない自分に気づいていた。朝の陽射しの中、二人の影が道路に並んで伸びていく。

「…勝手にしろ。」

結局、快斗はそれだけ言って足早に歩き出したが、その頬がわずかに赤く染まっているのを陽香留は見逃さなかった。

陽香留の表情は、また少しだけ柔らかくなる。

「はい、勝手にします。」

二人の距離は確かに縮まり始めていた。学校に着く頃には、これまで以上に快斗に近い陽香留の姿が自然になっているのだろう。

放課後の教室。いつもなら一人でさっさと帰る快斗だが、今日に限ってなかなか席を立てない理由がある。隣で陽香留が、これ以上ないくらいの笑顔で話しかけてくるからだ。

「ねえ快斗さん、今日の数学の問題、結構難しかったですよね。でも快斗さん、サラッと解いててすごいなって思って!」

「別に普通だろ。お前が苦手なだけじゃねぇの。」

快斗はぶっきらぼうに返事をしながらノートを片付ける。それでも陽香留は全く気にする様子もなく、今度は快斗の肩を軽く叩いてきた。

「そうそう、それが快斗さんらしいです!クールで頭が良くて、ちょっと意地悪だけど優しいっていうか~。」

「……。」

快斗は心の中でため息をついた。陽香留がここまでベタベタしてくる理由がまるでわからない。それどころか、今日一日中ずっとこんな調子で、どこへ行ってもくっついてくる陽香留に辟易していた。

「なぁ、お前…もう少し距離考えろよ。」

ついに快斗が口を開いたが、陽香留はあっけらかんとした様子で首をかしげる。

「距離?別に近くないですよ?」

その言葉に快斗の眉間がさらに深く寄る。

「いや、近いんだよ!朝からずっとだろ。登校も一緒、授業中も休み時間も、今も!お前、他に友達いないのかよ!」

快斗の語気が強まった瞬間、教室が一瞬静まり返る。周りに残っていたクラスメートも気まずそうに視線を逸らした。

陽香留は驚いたように目を見開いたが、次の瞬間には少し口を尖らせてむくれた顔をする。

「快斗さん、ひどいこと言うなぁ。僕はただ、もっと仲良くなりたいだけなのに。」

「だからって、限度があるだろ!俺だって、ずっとお前に構ってられるほど暇じゃないんだよ!」

快斗が怒りをぶつけるように声を荒げると、陽香留は一瞬言葉を失った。しかし、すぐにニヤリと笑って、顔を快斗にぐっと近づける。

「へぇ、そんなに僕と一緒にいるのが嫌なんですか?ふーん。」

「……!」

快斗はその挑発的な態度に完全にしびれを切らし、ガタンと椅子を引いて立ち上がった。

「勝手にしろ!俺はもう帰る!」

勢いよく教室を出ていく快斗の後ろ姿を、陽香留は慌てて追おうとするそぶりを見せたが、ふと足を止める。そして小さく笑みを浮かべながら、つぶやいた。

「ほんと、からかいがいがある人だなぁ。」

陽香留の表情には、少しの後悔も見えない。それどころか、この状況を楽しんでいるようにすら見える。

教室を出た快斗は、廊下を早足で歩きながら苛立ちを抑えようと深く息をついた。

(なんなんだよ、あいつ……。)

頭の中には陽香留の笑顔と、最後の「からかいがいがある」という一言がぐるぐると渦巻いている。

それから数日間、快斗と陽香留の間には微妙な空気が流れるようになった。陽香留は相変わらず快斗の近くにいることが多かったが、以前のようなベタベタした態度は控えめになっていた。放課後、陽香留がいつものように快斗に話しかけることもなく、静かに自分の席で本を読んでいるのを見て、快斗は思わず眉をひそめる。

(……どうしたんだ?)

普段なら「どうせすぐまた絡んでくるだろう」と思っていたが、陽香留が距離を取る様子は、意外にも快斗の心に小さな違和感を残した。

昼休み、快斗は珍しく一人で屋上へ向かった。誰にも邪魔されずに静かに過ごせると思っていたが、そこで陽香留の姿を見つける。陽香留はフェンスにもたれかかり、空をぼんやりと見上げていた。

「あれ、お前もここに来てたのか。」

快斗が話しかけると、陽香留は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑みを見せた。

「うん、たまには一人になりたい時もありますから。」

その返答に快斗は少し驚いた。いつも自分に構ってばかりの陽香留が、こんな風に一人の時間を求めるなんて想像もしていなかった。

「なんだよ、それ。らしくないな。」

そう言いながらも、快斗は隣に腰を下ろす。

「そう?でも、快斗くんが嫌がるのに無理に話しかけるのもどうかなって思っただけ。」

軽い口調で陽香留が言ったその言葉に、快斗は一瞬言葉を詰まらせた。

「……別に、嫌だとは言ってない。」

視線を逸らしながらそうつぶやくと、陽香留は驚いたように快斗を見た。

「え、ほんと?じゃあ、もうちょっと絡んでもいいってことですか?」

陽香留の目が輝くのを見て、快斗はあからさまに顔をしかめた。

「……程々にな。」

その一言に、陽香留は満面の笑みを浮かべた。それは以前と変わらない陽香留の笑顔だったが、どこか少しだけ控えめで、快斗にはそれが不思議と心地よく感じられた。

その後、しばらく無言の時間が続いた。快斗は何気なく空を見上げ、陽香留もまた静かに空を見つめていた。どちらも言葉を探しているようだったが、なかなかその口を開くことはできなかった。

やがて、陽香留が軽く息をついてから言った。

「ごめん、あの日のこと……からかったつもりじゃなかったんだ。ただ、快斗さんが反応してくれるのが嬉しくて、つい調子に乗ってしまったんです。やりすぎました。」

その言葉に、快斗は驚いたように陽香留を見た。陽香留は少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに視線を下ろす。

「いや、俺こそごめん。怒ったわけじゃないんだけど、なんかその……気を使わせるのが嫌だったんだ。」

快斗が少し照れながらそう言うと、陽香留はにっこりと微笑んだ。

「そんなに気にしなくていいです。でも、これからはちゃんと気をつけるから。」

その言葉に、快斗は少し安心したように肩の力を抜いた。

「うん、俺も気をつける。ちょっと面倒だと思ったけど、あんまり避けてばかりもダメだな。」

快斗の言葉に、陽香留は嬉しそうに笑った。

「やっぱり快斗さんが素直に言ってくれると、安心します。これからはもっとお互いに気を使って、うまくやっていきませんか。」

その言葉を聞いて、快斗は思わず小さく頷いた。

「うん、わかった。」

陽香留の表情が少しだけ真剣になり、しかしその目は優しさで満ちていた。

「快斗さん、ありがとうございます。お互いに少しずつ歩み寄っていければ、きっと今よりもっと楽しくなりますよね。」

快斗もまた、陽香留の気持ちを受け入れ、少し心が軽くなるのを感じた。

「そうだな、俺もそう思う。」

陽香留の微笑みが、快斗の胸に不思議な温かさを残した。二人の間にあった微妙な距離が、ほんの少しだけ縮まったような気がした。

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