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聖女になる前に本編から離れようと思います

作者: パル

お読みいただきありがとうございます



m(_ _)m誤字脱字報告ありがとうございます。





「ぎゃぁぁぁー……何?何これ?」


 ドタドタドタ……

 私が鏡の前で悲鳴を上げると、急いで駆け寄って来る大きな足音。


「ヒーナ!どうした!何かあったのか!」


 ガチャリと、開かれたドアから現れた二人の人物に私は更に悲鳴を上げる。


「ぎゃぁぁぁー……誰?誰なの?」


「ヒーナ!」

「ヒーナ、どうしたのです?」


「???……父様?母様?」


――父様と母様と

  鏡に映っているのは……私だ



◇◇◇



 突然、鏡の前で前世を思い出すと私は自分の姿に驚愕する。

 その後でドアを開けて入室して来た父様と母様の姿を見ると更に驚いた。

 だって……髪の毛といい、瞳といい、日本人ではあり得ない色をしていたのだ。


 モスグリーンの髪色にアクアブルー色の瞳をした父様と、ストロベリー色の長髪を三つ編みにし1つに束ね金色の瞳を潤わせながら私の顔を覗き込む母様。そして、母様と同じストロベリー色の長い髪に父様と同じアクアブルー色の瞳をした鏡に映る私。

 

 直ぐに現在の自分の記憶が蘇ったことで、目の前の二人が父様と母様だと分かったけれど、私の脳内は思考が停止した状態になっている。


「ヒーナ?何かあったの?」


「あっ、えっと、そのー……」


 駄目だ。何て言っていいのか分からない。ここは、正直に今の気持ちを言葉にしよう。


「叫んでしまってごめんなさい。頭の中がグルグルしているので、少しベッドで横になっていたいの」


 両親は私が体調を崩したと思ったらしい。父様は急に私を抱きかかえるとそのままベッドへ運び、母様が布団を掛ける。


「ヒーナ。今日の魔力判定を楽しみにしていたのに、残念だけど……体調が悪いのだから今日は諦めて寝ていなさい。少ししたら、朝食を運んで来るわね」


「そうだな。魔力判定は、貴族学院へ入学してからでも遅くないから、今回は諦めてゆっくり体調を治した方がいいぞ」


 両親は心配そうな表情を浮かべると、そう言って部屋から出ていった。


 父様と母様の言った言葉を紐解いてみると、


――魔力判定

   そうだ。今日は神官様が領地にきて

   魔力判定を行ってくれる日だわ


――貴族学院

   1週間後に私は貴族学院へと

   通い始めるのだったわ


――ヒーナ

   前世は、鈴木雛

   現在はヒーナ・ガラージュが私の名前

   小説では聖女になるのだったわ



『ヒーナ?ヒーナ・ガラージュ?……ぎゃぁぁぁー……転生してたのー!』


 今更だけど、転生していたんだわ。それも、ヒーナ・ガラージュって言ったら『清き心聖女』の小説のヒロインじゃない!


 『清き心聖女』のヒーナといったら、大聖女として国のためだけに生きたようなヒロインだ。


 確か……ヒーナは貴族学院に入学する前の魔力判定のときに聖女であることが分かったのよね。そして、2年間の貴族学院在学中に王太子である第二王子のクレイナード殿下と恋に落ち卒業後に彼と結婚する。その後、二人の間に子供は授からず、王子は側妃を迎えていたっけ。側妃へと心変わりをした彼は、とうとうヒーナとの時間を持つこともなくなり、側妃が二人目の子供を宿したころには王城内で会うことも無くなるほどだった。それでもヒーナは王妃として聖女の力を国のためだけに使い、最後には最高位聖女の大聖女となって神殿で新聖女の教育をしながら余生を過ごした。そんな内容の小説だったと思う。


「無理!」


 私は国の為に生きるなんて無理。

 いや、そんな人生絶対に嫌だ。だって、要は旦那は好きな人と幸せに過ごしているのに、離婚もしないで奥さんを働きに出している?って、事じゃない?

 なぜ私がこの世界に転生したのかは分からないが、私は好きに生きていきたい。人生を国に捧げるなんて全く以て考えられないし、考えたくもない。


 部屋へと遅い朝食が運ばれてくると、私はペロリと平らげる。食器を片付けに家に一人だけいる使用人のマリーが部屋へと入室してくると、家の玄関が外から叩かれた。マリーは食器を下げながら玄関へと向かう。マリーの両手が塞がっていたために部屋のドアが開かれたままだ。私はドアを閉めようとドアのノブに手をかける。


「私は、本日魔力判定のために遣わされた神官様のお供をしている者です。ガラージュ男爵当主様のご令嬢の姿がお見えになっていなかったとのことで、神官様が判定が終わり次第こちらにお越しになりたいとおっしゃっているのですが――」


 聞こえてきた声に私は聞き耳を立てると、玄関の扉を叩いたのは神官様のお供をしている人だった。父様と神官様のお供をしている人の話の内容に私は急いで着替えをする。その後で机の上に置かれているペンをとり「出かけてきます」置き手紙を残すと、裏口からそろりと家を出た。


 まさか神官様が直接訪問したいだなんて……有り得ないわよ。これが俗に言う強制力なのかな?ならば私がすることは――。


 家から少し離れた場所にある牧場へと向かう。そして、牧場を営んでいるオジサンに馬を借りて二つ先の伯爵領を目指す。

 伯爵領の中心にはリゾート地なだけあり商店街が建ち並んでいるのだ。


 商店街の手前にある教会で馬を預かってもらうと、近くの辻馬車乗り場から馬車に乗り換えて商店街へと向かう。

 そして私は、商店街にあるサロンへと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ」


「髪を染めたいのですが」


 ストロベリー色から焦茶色へ色を変えると腰下まである長い髪を胸の上に届く長さまで切ってもらう。それだけでも小説にはない展開にしたことで気持ちが軽くなった。


 帰りに馬を預けた教会に着いたのは空が茜色に染まりだした頃だ。来客中みたいだが神父様が扉まで出て来てくれたので、お礼を告げる。すると、神父様の後ろから男性が現れた。


 聖騎士団の団服を着ている彼は、この国では初めて見る白銀の長髪にルビーのような瞳をした美男子だ。こんなに見目が素晴らしいのに、小説の中には書かれていない人物だったような――。


 その聖騎士様にどこまで帰るのかを聞かれると、彼は空を見上げてから私に視線を戻す。


「ずいぶん日が傾いた。日が暮れてからの移動は危ない。今夜はここに泊まりなさい」


 次の街で宿を探す手間も省けるし、私はお礼を告げてお世話になることにする。


 夕食の席では教会裏にある孤児院の子供たちと一緒に食事を摂ることになった。興味津々で私に話しかけてくる子供たち。食事が終わり食器を洗う手伝いをしていても子供たちの話は尽きない。そんな子供たちに私は指で輪っかを作りシャボン玉を飛ばして見せる。子供達は大喜びで自分達でシャボン玉を作り出し遊び始める。


「さぁ、洗い物が終わったからシャボン玉はまた明日にしましょうね!」


 私の言葉に子供達は「おやすみなさい」と笑顔で部屋へと戻っていった。


 次の日、朝早くから馬を走らせ帰路に就く。なぜか男爵領まで聖騎士様がついてくることになった。


 昨日、馬をお借りした牧場へ着く。


「オジサン!遅くなってごめんなさい。馬を返しにきたわ」


 厩舎で藁を広げているオジサンに外から大きな声をかけると、手を止めて扉まで出てきた。


「ん?ヒーナ嬢ちゃん?ど、どうした?髪の毛の色は違うし、髪の長さも短くなってるぞ!」


 誰だか分からなかったと言ってオジサンは驚いている。私は、今流行りの髪の毛にしてきたのだと笑顔で答えると、馬を借りたお礼を告げ自宅までの距離を歩き出した。


 2人で並んで歩いているとなんだか恥ずかしい気持ちになる。その為、家に着くまでの間に沢山の話をするこになった。


「騎士様。あちらに見えるのが私の家です。ここからは1人で帰れますわ」


 馬を連れて一緒に歩いてくれた彼に笑顔でそう伝える。


「いや、娘が一晩帰って来なかったのだ……私からきちんと説明する。それと、俺の名前はチューザルロだ。貴女のことをヒーナと呼んでもいいかな?」


 彼の美しい顔が柔らかく微笑む。その姿に私は断ることもできずに、家まで送ってもらう。


 家の玄関を開くと使用人のマリーが睨むように私の顔をまじまじと覗き込む。


「……え?えぇぇぇぇぇ?ヒーナお嬢様ー?」


 その叫び声に両親がドタバタとやってきた。


「ヒ、ヒーナ。無事だったのか?」

「ヒーナ、心配していましたのよ!……ところで、後ろにいるお方は?」


 母様は私の変わった容姿よりも後ろにいるチューザルロ様に目が釘付けになっている。扉の前では目立つので、ひとまず中に入り事情を説明することにした。


 話を終えると父様と母様は瞳を潤わせている。


「そうでしたか。チューザルロ様が娘を引き止めた為に今日の帰宅になったのでしたか。うちは田舎の男爵家です。少しのお金を持たせることしかできないのですが……」


「……お金?……お金などいりませんが?」


「チューザルロ様。ヒーナは16歳になったばかりで数日後から貴族学院に通います。親としては学院を卒業させてあげたいのですが……」


「彼女は貴族学院でたくさんのことを学ぶといいでしょう」


――話が噛み合っていない

  何やら両親は誤解しているらしい



 マリーが買い物に出ていったために私は席を立つとお茶の用意をする。湯を沸かしながら、やっぱりチューザルロ様を途中で帰すべきだったと後悔する。用意し終えたお茶を持って戻るとテーブルの上にカップを置き、私も両親の隣の席に腰を下ろした。


――チューザルロ様が帰った後で

  二人には私からもう一度話をするか



 そう思っていた矢先。父様の発言に耳を疑った。


「これで、婚約と婚姻の証書は完璧ですな。お互いに一部ずつ持っていると言うことで――」


「はい。私の家は海を隔てた先にある国ですので、私の国の婚姻届はヒーナに直接書いてもらいます」


「……は?……婚約と婚姻?証書、届?……な、なんの事です?」


 父様が手にしている書面に目を走らせると私の名前とチューザルロ様の名前が書かれた2枚の書面に驚いた。そして、チューザルロ様に視線を移す……彼は青い顔色をしており私から向けられた視線に気がつくと顔を背けた。


――どうして?

  なんで、あんたまで名前を書いてんの?



 そこからの私は、昨日に引き続き思考が止まる。昨日、前世の記憶を思い出したことでいっぱいいっぱいなのに、更に今日は婚約と婚姻?どうしてこんな事に?


 彼が帰るために席を立つ。とりあえず、二人で話がしたい。「領内まで彼を送ります」彼を睨むかのような私の視線に彼は眉を下げ柔らかな表情を浮かべた。


「チューザルロ様。どうして?どうしてこんなことになったのでしょうか?」


「昨夜私が引き止めたことで教会に貴方を泊まらせた。いくら教会だったからとはいえ、ひとつ屋根の下になる訳だ。色々な視点から見てみると……教会内での昨夜の出来事より外から見た、つまり外聞の方だな。そこから導き出された結果でこうなった。すまなかった」


「チューザルロ様は、私の危ない夜道の移動に声を掛けて下さっただけではありませんか。私の方が謝らなければなりません。この後で両親には私からきちんと話をしますので、今日のことは忘れて下さい。申し訳ございませんでした」


 チューザルロ様が持つ2枚の書面を、破棄するために返して欲しいと右手を彼の前に出す。すると、躊躇いを見せる彼の表情に私はもう一度頭を下げる。


「嫌な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」


「嫌ではない。嫌なら名前など書くわけがないだろう」


「はい?」


 下げていた頭を戻すと、彼の頬が赤く染まっている。そして、私と視線を合わせると話を続けた。


「一目惚れだった。孤児院の子供達と触れ合う姿に更に惹かれた。男爵家に着くまでの間の貴女との会話はとても和んだ。更に、私を気遣う思いをサラリと言葉にし、クルクルと変わる表情、そして笑顔が素敵だ。出会ったばかりだが、貴女を私のものにしたいという思いで名前を書いたんだ」


「……えっ?」


「正直に言うと、私自身が一番驚いている。一目惚れなんて……こんなに一瞬で、まだ幼さが残る女性に心を奪われるとは思わなかった。これから貴族学院に通う2年間で貴女は更に美しくなるだろう。貴女の隣に立つ男が俺以外の誰かだと思いたくない。しかし、貴女が嫌なら……。いや。ヒーナ、私が貴女の夫となるのは嫌か?」


 突然の告白の嵐に、またもや私の思考が停止しそうだ。でも、彼の言葉はとても真摯であり、不安気に私を見つめてくる彼のルビー色の揺れる瞳を私もずっと見つめていたくなる。


「チューザルロ様、一生私だけを愛すると約束できますか?私を蔑ろにしないと約束できますか?」


「もちろんだ。私がこの地にいる間は聖騎士として誓うし、ヒーナが学院を卒業して一緒に国に帰れば、国の神の前でヒーナに永遠を誓うよ」


「……ふふっ。では、約束しましたよ。これから婚約者としてよろしくお願いいたします」


 そう笑顔で返すと、彼は満面の笑みを浮かべ私の唇に自身の唇を重ねてきた。


「は、初めての……キスなのに、田園風景の道端でだなんて……。もう!返して!私のファーストキス!」


 そう怒鳴りながら彼の胸を叩くと「分かったよ」と言ってもう一度……短いキスを返された。




 数日後、貴族学院へ入学した私は学院の寮生になるはずだったのだが……なぜか寮ではなく、王都の大神殿が私の寝泊まりする場所となっていた。チューザルロ様から「大事な婚約者様」を頼まれたのだと神官様らは言っていたが、私は気にすることはなく好きに大神殿にて毎日を過ごす。


 そうして新たな人生を謳歌しながら、デビュタントの日取りが決まった。年が明けてからの王家主催の夜会だ。


 入学した頃、学年集団の集まりの中で何度か王太子である第二王子のクレイナード殿下とすれ違ったことがあったが、恋に落ちるようなことは何もなかった。

 そもそもが、学院に入学する前にはチューザルロ様と婚約をし婚姻の書面まで発行しているし。住んでいる場所まで大神殿ということから、かなり小説の内容から離脱している。そうして、もう小説のことは大丈夫だろうと思って毎日を過ごしていた。




 年末の慌ただしい中、チューザルロ様が遠方から戻ってくることを神官様から告げられる。

 大晦日の5日前の予定だということだ。


 大神殿に来たときに、1年くらいは戻れないと聞いていたが、毎朝お祈りしていた甲斐があった。

 大神殿の裏庭に花壇を作ったこと。学院で二度の首席をとったこと。話したいことが山のようにある。約10ヶ月ぶりに会う彼のルビー色の瞳に、成長した私はどのように映るのだろう。




 夕食を済ませた後で就寝前に本を開いていると、扉を叩くノック音に顔を上げて返事を返す。

 その後で開かれた扉には、白銀の艶のある髪を1つに束ね細められたルビー色の瞳で微笑んでいるチューザルロ様の姿が現れた。


「ただいま。ヒーナ」


「お、おかえりなさい……チューザルロ様!」


 両手を広げて扉前に佇んでいる彼の胸に私は飛び込んだ。焦茶色からストロベリー色の髪に戻った私の頭上で小さなリップ音が鳴らされる。その後で大事な話があると言われ、彼が椅子に座ると私はお茶を淹れる。


「ヒーナが2ヶ月前に16歳の誕生日を迎えた日。一緒に祝うことが出来なくてすまない。……それで、誕生日のプレゼントがあるんだ。喜んでもらえるかどうか自信がないのだが――」


 彼は、そう言った後でテーブルの上に小さな箱と少し大きな箱を置く。彼は小さい方の箱の蓋を開ける。


「綺麗な石の指輪」


「一番下の石がオパール石、重ねて2つ目がルビー石、最後の一番上がブルートルマリンだ。指輪の石を横から見てごらん。3層になっているのがよく分かる」


 指輪の下にはチェーンが入っていて、今はネックレスのトップとして使い、学院を卒業したら指輪のサイズを合わせようと彼は微笑んだ。


「そして……これだ」


 次に彼は少し大きな薄い厚さの箱を開ける。羊皮紙のような紙の真ん中には封蝋で付けられたような紋章が押されている。その1枚目を捲ると……以前、彼と父様で結んだ婚姻証書。次に捲ると、また羊皮紙のような紙に婚姻書があった。


「この最後の婚姻書は、自国に申請するのに必要な書面だ。俺の名前の最後を見ると赤黒い点があるだろう。俺の血だよ。ヒーナの名前の最後にヒーナの血を垂らした瞬間に夫婦になるんだ。よく考えてからでいいよ」


 不安そうな表情を浮かべながらも彼は優しく微笑み、私の意思を優先してくれる。


「チューザルロ様。私はすでに貴方の妻であると思っているのですが?」


 眉尻を下げ困り顔で彼にそう答えると、彼は椅子から立ち上がり対面に座る私の額に唇を落とした。


 彼の持つ剣の先に触れ指先に軽く傷を付ける。少しだけ出た血を羊皮紙の名前の後ろに付ける。すると羊皮紙の束は瞬時に消えた。

 箱の中に残ったのは、彼と父様で結んだ婚姻証書の用紙が1枚。


「な、何?何が起きたの?」


 突然、目の前の書面が消え慌てふためく。

 私の慌てぶりを見て「転移魔法さ」彼はお腹を抱えて笑っている。ビックリするに決まっている。私は、このときに初めて魔法を見たのだ。


「だから言っただろう?血を垂らした瞬間に夫婦になると――」


 その後で彼のルビー色の瞳がキラリと輝くと美しく整った顔が甘いマスクに変わる。


「ヒーナ。俺の妻」上着を脱ぎながらポツリと呟くと、彼は私を抱きかかえベッドへと移動した。


 それは朝方まで続いた。

 日の光がカーテンの隙間から覗いてきたころにようやく眠りにつくことができた。


 それなのに、昼前に父様と母様が大神殿へと先触れも出せずにやってきた。

 神官様が部屋の扉前から両親が急ぎの用だと伝えてきた為に、眠い目を擦るとすぐに体を起こす……起き上がれずチューザルロ様に着替えを手伝ってもらってから、ソファーまで運んでもらう。


「こちらにご両親をお連れするから、大人しく待っているんだよ」


 彼も素早く着替えると私の額に唇を落としてから部屋をでる。なのに、静まり返った部屋で一人ポツンとソファーに座っていたのが悪かった。そのまま寝落ちしてしまった。


 それからどのくらいの時間が経ったのだろう。寝てしまってから、すぐだったのか?それともかなり寝ていたのか分からない。ボソボソと聞こえてくる声が心地良い。ん?誰かの話し声?ゆっくり持ち上げた瞼の先には父様と母様が並んでいる。


――そうだった。急ぎだと……



「ご、ごめんなさい。私ったら……」


 ガバリと起きると隣にいるチューザルロ様が優しい笑みを向ける。気がつけば私は彼に膝枕されていたようだ。更に毛布まで掛けられている。


「父様、母様。急ぎとは、何かあったのかしら?」


「まぁ、ヒーナったら。首元が隠れる服が必要ね」


 口に手を当ててクスクスと母様が笑う。その言葉に父様は私から視線をずらし、チューザルロ様は「申し訳ございません」苦笑いをし頭を下げる。全く、初めての夜だったというのに彼はどれだけ自分の印を付けたのだろう。


「寝起きで悪いが、ヒーナに聞きたいことがある。この国の王太子である第二王子のクレイナード殿下とは、どんな関係なんだ?」


 突然出てきた名前に私は驚いた。どうして今になって、その名前が?それも、チューザルロ様の口から発せられた。


「第二王子のクレイナード殿下ですか?学院で学年は一緒ですが、クラスも違いますし、関係と言われましても話をしたこともないのですが?」


 私の答えに父様が驚愕しているが、私のほうが驚きなのだ。その様子に、チューザルロ様は私に封書を手渡してきた。中を確認するように言われ、それを開き見る。


『年明けの夜会に着飾った貴女の姿と並んで立つことを楽しみにしています――クレイナード』


「……な、何これ?……気持ちわるっ」


 そう言って、ゴミ箱に投げ捨てる。

 それを横目に残念そうな表情を私に向けながら3人の深いため息が同時に吐かれる。父様はゴミ箱から手紙を拾い出し、ソファーの隣にある大き過ぎるリボンの付いた箱を指差す。


「な、何これ?」


「クレイナード殿下から贈られてきたドレスとアクセサリーだ」


 私を見下ろしながら父様は泣きそうな顔で開けるようにと促す。


「いいえ。開けずに送り返します。タダでもらう物ほど怖いものはないので。それと、こんなことをされてまで、デビュタントには行かないわ」


 腕を組みながら父様を見上げてそう告げると、後ろからチューザルロ様が割って入ってくる。


「いや、行こう。私がヒーナをエスコートします。その時にこの封書とドレスを王家にお返しするということでどうでしょう。いくら何でも私の妻にこんな物を……腹だたしい」


「でも、こちらではまだ婚姻を済ませていないわよ」


 確かに昨夜、私達は結婚をした。しかし、自国での婚姻証書は消えなかったのだ。私の問いに母様が手にしていた書面をテーブルの上に置く。昨夜はなかったはずの承諾された印が押されている婚姻証書だ。日付けは父様と書類を作成した日のまま。いつの間に?


「ヒーナ。ここがどこだか分かっているよね」


「大神殿よ……あっ!」


 クスッと笑いながら彼は私の髪に唇を落とす。今では両親の前で恥ずかしいのだが、私達の仲の良い姿に目の前の二人は安堵しているようだった。




 澄んだ白いドレスは肌触りはシルクのように滑らかでデビュタントにはちょっと相応しくない体のラインが分かってしまう大人っぽい形をしている。光の当たり具合で彼の髪の色と同じ白銀色に変わり、所々に赤いラインが入っていることでふんわりした白色を引き締めていて襟元と袖元にはルビー色の石が散りばめられている。このドレスはチューザルロ様のご両親から婚姻のお祝いとして贈られた。そして、頭上にあるティアラも――。


「チューザルロ様。ティアラは必要ないのでは?」


「必要だ。絶対に外さないように。そのティアラを見れば、上位貴族であれば我が国へと嫁いだ証だと分かる」


 デビュタントに髪を結い上げている時点で私が独身ではないと分かるはずだが、チューザルロ様の国ではティアラは必須アイテムらしい。


 馬車が停車すると先にチューザルロ様が降りる。その後で彼のエスコートで私が馬車を降りると会場前からの視線が私達に降り注がれた。私達の護衛として二人の聖騎士様が後ろから付いてくる。ドレスの入ったリボン付きの箱を持たされて……。


 会場前で招待状を渡し受付を済ませてから扉をくぐる。


 大広間の天井には綺羅びやかなシャンデリアが光を放ち、壁面には色とりどりの生花が所狭しと立ち並べられている。大きな空間に緩やかに響き渡る優しい音色の演奏に扉をくぐるまでの緊張が解き放たれ、初めての夜会に胸が高鳴る。


「ヒーナ。浮気は許さないぞ。ダンスも他の誰とも踊らせない。それと、挨拶以外の長い会話も駄目だ。それから、よそ見もしないように。あとは――」


「チューザルロ様。大丈夫よ。浮気もしないし、ダンスも貴方と以外踊らないわ。ずっと私と一緒にいてね」


 二人でコソコソ話しているとライトが消える。この後で国王が登場するらしい。


 ライトがつくと華やかな演奏とともに王族が並んで登場する。そして、今日デビュタントを迎える5人の令嬢とその家族が並ぶ列の最後に私とチューザルロ様も加わる。

 次々と両陛下へ挨拶を終えていくと、最後に私の番がきた。

 チューザルロ様と二人で両陛下の前に立つと私は彼に言われた通り、膝を折らず立ったままで右腕を折り右手を胸の前に置くと頭を軽く下げる。チューザルロ様の国の習わしに沿った挨拶の仕方だということだ。彼と婚姻を結んだことでカーテシーを披露する必要はないらしい。


「……ヒーナ・ガラージュ様」


 私の名を紹介されると頭を上げる。他の令嬢と違い、家の爵位の紹介はない。


 国王陛下は私の頭上をチラリと見た後で隣に立つチューザルロ様へと視線をずらす。


「ふむ。チューザルロ殿、これは何かの余興だろうか?」


「いいえ。今日は、私の妻であるヒーナ・ガラージュがデビュタントを迎え、こうして参上した次第です」


「……妻と?」


「はい。私は我が国の独特な決まり事により、まだ姓を名乗る資格がございません。ですので、貴族学院に通う妻には元の姓を名乗らせています。それを国王陛下はご存知ではないのでしょうか?」


「……チューザルロ殿、この後で時間をいただきたい」


「御意。では、御前を失礼いたします」


 苦虫を噛み潰したような表情をする陛下へチューザルロ様は満面の笑みを返す。


 国王陛下への挨拶時には、最後まで私に声が掛からなかった。彼との会話だけで終わったということは……皆から白い目で見られるだろう。そう思いながら陛下にペコリと頭を下げてその場から離れる。

 しかし、どうしたことか?上位貴族達の瞳がキラキラと輝きながら私に視線を送ってくる。皆の視線は私の頭上のティアラに向けられているようだ。


 ダンスが終わると別室に呼ばれた私達は護衛の二人に声をかけて一緒に移動する。

 用意された部屋へ通されると私は驚愕した。

 これぞまさしく貴賓室と言われる部屋では?そして、すでに国王陛下と王妃陛下が入室しているではないか。私は何となくチューザルロ様は凄い人物なのでは?と思っていたが、まさかのまさかで凄いを通り越している。


「国王よ。私は話をしに来たのではない。貴方の愚息が私の妻に贈りつけてきた物を返しに来ただけだ」


 チューザルロ様がそう言うと護衛騎士が持っているリボンのついた大きな箱を国王陛下の前へと置く。


「し、しかし、彼女は我が国で誕生した――」


「国王よ。彼女は私の妻だ」


 国王陛下の言葉を遮ると、彼は指をパチンと鳴らす。テーブルの上にフワリと落ちたのは、彼と私の婚姻証だ。前回はついてなかった紋章のような印がたくさん押されている。その後で内ポケットから小さく折り畳まれた書面をテーブルへと置く。この国での婚姻証書だ。


 国王陛下はプルプルと震えながら、チューザルロ様に謝罪の言葉を告げる。彼は謝罪の言葉を聞くと返事をせずに私の手を握り席を立つ。

 退室するために扉が開かれると、扉の前にはこの国の第二王子が瞳を輝かせて佇んでいた。軽く会釈をしてから前を通る。通り過ぎる際に左腕を掴まれると私は後ろへ倒れそうになったがチューザルロ様の腕が私を支えた。


 それと同時に護衛の二人が剣を抜く。第二王子の前にお互いの剣をクロスして静止した。


「我が妻の腕を掴むとは、お前は何様だ?」


 王子はその場で失神して床に倒れる。初めて見るチューザルロ様の怒りの顔に私も驚きが隠せない。私の様子にすぐに柔らかな表情に戻ると、彼は私を抱き寄せる。


「すまない。怖い思いをさせてしまった」


 耳元で小さく泣きそうな声でそう告げられ、私は首を左右に振る。


「突然腕を掴まれて、ビックリしただけよ。支えてくれてありがとう」


 そう言って彼を見上げると私の言葉に安堵したかのような表情を浮かべ私を抱き上げた。


 その後は早かった。スタスタと廊下を歩き、サッサと会場を後にする。馬車に乗り込むと彼は私を膝の上へと座らせぎゅっと抱きしめる。口を尖らせ先ほど掴まれた左腕に何度も『クリーン』の魔法をかけ続ける彼の姿は目茶苦茶可愛い。左腕だけピッカピカに光り輝いている……次回は全身をピカピカにしてもらおうと密かに思うと、今回は大目に見ることにした。






 今、私は船から先に見える光を放つ国に向かっている。夜会から数日後、彼と話し合い私は学院から去ることにしたのだ。


「ヒーナが卒業したいと言うのなら、俺は待つよ。でも、卒業しなくてもいいと思うなら俺と一緒に行かないか?」


「うん。そうね。どうしようかしら?」


 お預けをしているワンコのような彼の表情が、また私の前から居なくなるのは淋しい。

彼の国にある学校へ通うことができると言われると、私は別に学校へ行きたいわけでもない。しかし、魔法の授業もあると聞けば断然行くしかないでしょ!


「連れて行ってくれる?」


「もちろんだ」


 そうして、父様と母様に会いに行った後で私達は出発した。

 そのときに父様から渡されたのは、見覚えのある封蝋がされた封書だ。夜会のドレスが贈られてきた次の日、両親が大神殿の私達の元へとやってきているときにマリーが預かっていたらしい。


『学院の身体測定後に聖属性の魔力保持者だと分かったことで私の伴侶となることが決まったのだ。嬉しいだろう?私の隣に並ぶ貴女の姿を楽しみにしている――クレイナード』


「……気持ちわるっ」


 グシャリと丸めてゴミ箱へと投げ捨てれば、それを横目に残念そうな表情を私に向けてくる両親とチューザルロ様。その後で3人の深いため息が同時に吐かれた。






 そうして出発した私達は、馬車の中で、船の上で、今まで話をしなかったお互いのことをたくさん話し合う。


 これから向かう先は、チューザルロ様の生まれ育った神聖国。そこでは国民全員が魔法を使えるということだ。しかし、魔法はちょっとした生活魔法しか使わないという。


「外の国で魔法が衰退の一途をたどるようになったのには理由がある。戦いで使うようになったことが一番の理由だな」


 神は、生きるための魔法を生み出したはずだった。しかし、人間は殺すために魔法を行使した。神は怒って国を捨てたのだとか。それでも神は全てを見放すことは出来ずに、神聖国に集結し世界に神聖国の魔法使いを派遣している。そして、チューザルロ様もまた、他国を見て回っていた。そんな中で私と出会ったのだという。


 彼の国には貴族制度がない。簡単に言うと私の国でいうところの国王は神様。人間のすべては国民というシンプルな国で上下関係がないのだという。ただ、神様の数だけ大聖堂があるため、婚姻証を全ての神様に報告しないと婚姻が出来ない。婚姻証にたくさんの押印がされていたのはその為だったらしい。姓が無いのはまだ魔力成長の途中だからで完全に成長すると神様から直々に姓を賜わるらしい。「ヒーナはどの神様から姓を授かるかなー」と聞いて、今からウキウキしている。だって、神様の生の声が聞けるだなんて。


 そうして私が告げたのは、転生してこの世界に生を受けたこと。チューザルロは私の話を頷きながら聞いていた。


「その小説の聖女とは、ヒーナと同じで転生して聖女となったのか?」


「いいえ」


「転生した聖女の話ではなかったのなら、ヒーナが転生してきた時点で小説の内容は違うものに変わったんだろう」


「あっ。確かに!」



 段々と近づいてくる神聖国を前に、彼が笑いながらそう言えば、私は大きく目を見開く。


――そうよ、私は小説の中の聖女じゃない

  私は『ヒーナ』と『鈴木雛』



 これから先の知り得ぬ未来を、私自身が作り上げていくんだ。








誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。

↓↓↓

小説を初投稿してから一年を迎えることが

出来ました。ありがとうございます。

ブックマーク、評価をたくさんの方に付けて

いただき、PVを見るとたくさんの方に読んで

いただけて1年を迎えられたと心より感謝し

ております。

そんな皆様に、心よりお礼をしたく

2本の小説を投稿しました。

↓↓↓↓↓

★断罪ざまぁからの恋愛★もの。

断罪された令嬢は報復する〜そっくりそのまま断罪を返した結果〜2話完結


★時空と種族を超えた恋愛★もの。

前世で婚約解消されましたが…〜種族の壁を超えて〜2話完結


立ち寄って読んでいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] チューザルロの国のがかなり格上なんですか? 「気持ちわるっ」と手紙を捨てるのを残念な目で見る3人の気持ちがちょっと分からない。
[気になる点] きゃゃゃゃ どう読むの?
[良い点] ヒーナが聖女と王妃として使い潰される小説のような未来を回避し、チューザルロというお互いを尊重できる相手と巡り会えたこと。 勘違い王子をはなから相手にしないのも爽快でした。 [一言] 最後の…
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