父との話し合い
バルドナード邸で会議? 裁判? があった後の数日間、バレンシア家にはどことなく緊張感が漂っていた。それもそうだ。一家がこの世界から殲滅させられる恐れがあるのだから。例の会議に呼ばれていないミョージャでさえも、なんとなく物々しい空気を感じ取り、控えめな態度を取っていた。
俺は部屋に1人、魔法学読本を読み耽っていた。読み耽っていたといっても、その内容はほぼ頭に入っていない。読んでいるフリをしているだけだ。まったく、誰も見ていないというのに。誰かに見張られているような気がするのだ。いや、実際にはそんなことはないのだろうが、先日ロイド・バルドナードの残忍な殺人魔法を目の当たりにした後だと、自然と背筋が伸びきってしまう。ロイド・バルドナードは、それくらい恐ろしかった。
ドアがノックされる。
「失礼致します、パオロ様」
「どうした」
「お父様がお呼びでございます」
いよいよか。いよいよ「例の話」を切り出されるに違いない。胃が痛い。俺のヘナチョコでポンコツな精神力だけは、現実世界にいた時のものだ。
どうやらミョージャも、誰かからなんとなく話は聞いているみたいだ。今日は一切ふざけたりしない。あのミョージャが、だ。ミョージャくらいはいつものミョージャでいてくれないと、息が詰まるっていうのに。わかってないなあ。
胃をキリキリさせながら、俺はだだっ広い廊下を通り、父であるロベルトの部屋に向かった。あー、俺、バルドナード家の人間になってしまうのかしら。転生しただけの人間だからさほどバレンシア家に思い入れなんてないはずなのに、なんだか物凄いくやるせない気分になる。1番に悩ましいのが、メイドのミョージャに会えなくなるということだった。考えただけで、胸が痛む。涙が出そうになる。正直、寂しすぎる。
「父上殿、パオロでございます」
ドアをノックすると、しばらくの間、反応がなかった。あれ、いないのかな、と思っていたところ、いきなりカバっと、扉が開いた。驚いて声が出そうになった。
「パオロか、待っておったぞ」
「はい、遅くなって申し訳ございません」
深々と頭を下げてみる。顔を上げると、ロベルトは引き攣ってはいるが、笑顔で俺を部屋に招き入れた。
「パオロ、まずは先日の決闘の件。優勝おめでとう。見事な戦いだった」
「ありがとうございます」
「そして私は、パオロがやったことは少しも罪とは思わない。もっとも、ルイス君のことは気の毒に思うがな」
「は、はあ」
「そこでだ、ロイド・バルドナード様の、我々、とりわけパオロへの要求を覚えているか?」
「はい、もちろんでございます」
「私は一度、パオロの考えを聞きたい。パオロの意向は尊重してやってもいい」
「えっ」
おいおい。マジかよ。何も考えていなかった。でも争いごとはできるだけ避けた方がよくないか?
「私のことなどお気になさらず。バレンシア家を存続させることが、何よりも優先すべきことだと思います」
ロベルトはため息をついた。そして俺の考えに対する返答を行った。
「そんなことを聞いているのではない。私は、バレンシア家がどうとか、そんなことはどうでもいい。パオロ、お前の気持ちを聞いているのだ」
そうか、そうだよな。それなら答えはひとつだ。俺は、ミョージャを含むバレンシア家の誰とも離れたくない。
「私は、バルドナード家の養子になることを望みません」
俺が恐る恐る答えると、ロベルトの顔は少し、朗らかになった。
「よく言った。私は嬉しいよ。もちろん、父として私も、お前と同じ考えだ」
「父上殿、では…」
「うむ。我がバレンシア家は、バルドナード本家に対して徹底抗戦を行う!」
ー続くー




